白い部屋

白い天井。

6つの四角く細長いシーリングライトが白く光り、辺りを清潔で無機質に照らしている。

「……ここは?」

声を発したときに違和感を感じた。

喉が借り物のような。

絞り出された声は、確かに自分のものだった。

寝かされていたベッドに手をついて起き上がる時、右手首に腕輪があるのに気づいた。

――いや、これは枷?

何にもつながっているようには見えないが。

触ると頭にもヘッドギアの様なものがついているのがわかった。

患者服の様なゆるい服の中を覗けば胸や腹にもセンサーの様な機械が吸着していたし、両の足首にも両手首と似た機械が取り付けられている。

それらの機械はしっかり固定されていて、ずらしたり外したり手枷を回転させて向きを変えることもできなかった。

部屋を見回すと壁も床も扉も白く、空気は病院の中のように消毒された匂いがする。

実際、病院なんだろうか?

部屋のサイズも病院の個室に近い気がするが、窓はない。

天井の通気口と扉だけが外につながっていそうだ。

扉の近くに鏡付きの洗面台がある。

頭をはっきりさせるため顔を洗おうと思い立ち、ベッドから降りてペタペタと裸足で歩く。

なんだか、身体全体に喉と同じ違和感を感じる。

新しい靴を履いている様な感覚を。

両足は確かに床についているのにフワフワとして落ち着かない。

洗面台の鏡を見ると間違いなく俺自身。

サァノ・アロフルィダに間違いない姿が映っていた。

レバー式の水栓を回して冷水で顔を洗い、洗面台の脇に置かれたタオルを手に取って顔を拭く。

さっきよりも意識がはっきりした。

違和感は消えてくれなかった。


その時、扉の向こうから足音が聞こえて、近づいてくるのに気づく。

俺はどうするべきか迷って、扉から離れた。

かといって、隠れようにもこの部屋には家具が少なすぎるし、逃げようにも他の扉や窓もない。

固唾を飲んで立ち尽くしていると、眼の前で扉が開き、ひょろりとした男が現れた。

ボサボサで白髪交じりの黒髪に白衣を着ている。

顔には顔全体を覆うガスマスク。レンズの向こうにはメガネを掛けているのが見える。

白衣の下のシャツのボタンはだらし無く開けられ、ネクタイは結び目が白衣の襟から少し覗く程度まで大きく緩められていた。

一見すると医者か研究者の様だと思ったが、左手にゴツゴツした籠手の様な機械をつけていて、この籠手だけ見ればチープな特撮映画のヒーローのようだった。

「あの」

「被検体SS-163に完全な意識が戻ったか」

声を掛けるも完全に無視された。被検体SS-163、は俺のことだろうか。

俺を観察しているかと思えば、ハエでも飛んでいるかのようにキョロキョロと空中を見つめている。メガネがウェアラブルディスプレイになっているのだと気づいた。

「有害な所見はなし。バイタルも安定している」

「あなたは――」

「処置は成功したと判断」

機械の様に抑揚も感情もない言葉に俺の問いかけは押しのけられた。

「ここはどこ――」

「最低限の器具を残し、被験体のデータ収集を完了する」

徹底して俺を無視しつつ、左手の端末を操作すると、ヘッドギアと手枷、足枷が外れる。

「おい、少しは話を――」

詰め寄りかけた瞬間にガスマスクの男が俺の方に左手をかざした。

「被検体SS-163を制圧します」

俺は勢いよく吹き飛び、扉と反対側の壁に激突していた。

「かはっ!」

まるで透明なバスかトラックにでも猛スピードで激突されたようだった。

その衝撃で俺の肺から空気が押し出され、全身の骨は折れ――ていなかった。何事も無かったかのように手足が動く。

立ち上がることもできた。

「我々は死に瀕した被検体SS-163に処置を施し、救いました。被検体にはこれから我々のために働いてもらいます」

「処置?働く?一体何を言って――」

ため息のような呼吸音をガスマスクから漏らした後、再び左手を持ち上げて俺の方に向け、手を開いてから握りこぶしを作ると籠手のスリットから3つの輝きが見え、3つの衝撃の後、俺はまた壁に叩きつけられた。

最初に衝撃を感じた眉間に手をやると金属の棒が刺さっていた。

なぜ俺は生きている?

震える手で棒を抜くとそれは長さ30cm程度の針で太い部分の太さは直径1cm程度あった。

針は深々と刺さっていたが、血は一滴も付いておらず、眉間からも流れ出ていないようだった。

視線を落とすと胸の真ん中、へその少し上にも同じ様な針が刺さっていた。

「私からの伝達事項は以上なので。仕事の際には連絡します」

ヘッドギアと枷を拾い上げ、袋に放り込むと、ガスマスク男は部屋から出ていった。

それに合わせて静かに速く扉がスライドして閉まった。


しばらく、呆然と針を眺めていたが、胸からも腹からも血は流れてこない。

針を抜くとジワジワと傷口が塞がり、瘡蓋かさぶたもできないままやがて跡形もなくなった。


わからない。

わからないことだらけだが、一つ間違いないことはってことだ。

フラフラとベッドまで戻って腰掛け、うつむき両のてのひらで顔を覆う。

「夢なら……醒めてくれ……」

こぼれた言葉は無機質な白い部屋に霧散むさんして消えた。

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