最終話 サメと共に去りぬ

 必要なものはただひとつ。爆発オチだ。


「ケイト、爆発する魚は出せないか?」

「いないわよ、そんなの」


 流石の異世界も、爆発する魚は存在しないらしい。となると、別の爆発物を探さなくてはならない。


「クトニオス、何か知らないか?」

「爆発……あ、あれはどうだ?」

「なんだ?」

「魔石だよ。前に行っただろ? 思いっきり叩いたら爆発するって」

「それだ!」


 まさに、この状況にうってつけな性質だ。


「なるべく大きいやつがいい。誰か、魔石持ってないか?」


 クトニオスたちは顔を見合わせ、そして首を振った。魔石は魔法使いが杖に仕込むものだ。彼らのような普通の兵士たちが持つものではない。

 だが、ここでケイトが恐る恐る手を上げた。


「……魔石なら、一応」

「あるのか!?」

「あるにはあるけど、その……サメに食べられちゃったんだけど」

「食べられた?」

「ええ。ペンプレードの動力源に240エーテラの魔石を使っていたの。それがあれば凄い爆発になると思う。だけど、さっきサメに食べられてしまったから、まずはサメの中から取り出さないと……」

「いや、いい。すげえ丁度いい」


 つまり今のサメは、爆弾を飲み込んでいるのと同じだ。思いっきり叩けば爆発する。いろいろな手間が省けた。


「よおっし! それじゃあ、行ってくる!」


 気合を入れ直し、フカノは再び海に飛び込んだ。サメが暴れる前方の艦隊に向かって、一直線に泳いでいく。その後ろを泳いでついてくる人影があった。マイアだ。


「どうした!?」

「私も行きます! フカノさんを転生させた責任がありますから!」

「大丈夫だ! 子供じゃないんだ、一人でできる!」

「でも、これから危ないことをするんですよね!?」


 フカノは返事に詰まった。図星だからだ。


「だから私も行きます! 万が一があっても、私は女神ですから!」

「……勝手にしろ!」


 フカノとマイアは、戦場の真っ只中に飛び込んだ。サメの殺戮は未だ止まず、艦隊の半分が餌食となっていた。逃げようとする船も多いが、周りを囲む竜巻のせいで、舵が効かない。そこに、竜巻に乗ったサメが降ってきた。サメの巨体に船が押し潰される。


「おらっしゃあああっ!!」


 フカノは泳ぐ勢いのまま、着水したサメに飛び蹴りを食らわせた。サメの横腹にフカノの足が突き刺さり、そして弾かれた。跳ね返されたフカノの体は、近くを漂流していた船の残骸に叩きつけられた。


「どわあっ!?」


 腐ってもサメ、巨大な有機体である。巨体を包む肉はクッションの役割を果たし、生半可なカンフーは弾き返してしまう。サメが飲み込んでいる魔石まで、十分な打撃力が届かない。

 となると、サメの外側からではなく、直接魔石を殴るしかない。文字通り虎口に飛び込む、いや、鮫口に飛び込む必要がある。

 だが、サメは戦場を縦横無尽に飛び回っている。しかもフカノが泳ぐよりもスピードが速い。どうにかして、サメにフカノを狙わせる必要があった。だが、手当たり次第襲いかかるサメの注目を集める方法など、フカノには思いつかない。


「どうすりゃいいんだ……!?」


 必死になって考えるが、血の匂いが気になって考えがまとまらない。その事実にイライラして、ますます頭の中が散らかってしまう。


「どうにかならねえのかよ、この匂いは!」


 怒りに任せて、足元に転がっていた血塗れの剣を蹴り飛ばした。足に軽い金属の感触が伝わる。その時、フカノの脳裏に閃くものがあった。


「……血だ」

「どうしたんですか、フカノさん?」


 フカノは答えずに、その辺に転がっていた剣を掴むと、マイアに詰め寄った。


「ど、ど、待って、どうしたんです!?」

「マイア! 頼む! 魚を出してくれ!」

「ええ?」


 困惑するマイアをよそに、フカノはまくしたてる。


「血だ! サメも俺も、血の匂いが気になって仕方ないんだ! だから新鮮な魚の血でアイツを引きつける! そこにカウンターだ、それなら、サメの野郎に一泡吹かせられる! だから魚を出してくれ! なるべく活きのいい、脂の乗った魚を頼む!」

「わ……わかりました!」


 マイアはフカノの言うことを半分も理解できていなかったが、その勢いに押されて魚を生み出した。今回、マイアが生み出したのは、脂の乗った大きなマグロだった。甲板に転がったマグロに、フカノは容赦なく剣を振り下ろす!


「ゴボボーッ!?」


 マグロの頭が悲鳴を上げて吹っ飛んでいった。そして、断面からは魚の血が噴水のように吹き出した。フカノは首なしマグロ死体を持ち上げ、頭から血を被る。キツい匂いが鼻を突き、フカノは思わずむせた。しかし、我慢する。

 やがて、マグロの血が止まる頃には、頭から爪先まで新鮮なマグロの血に染まったフカノができあがった。


「よしっ!」


 血に塗れた拳を打ち合わせ、フカノは気合を入れ直す。そのころサメは、竜巻に乗って次の獲物を探している最中だった。


「サメ野郎ーッ! こっちを見やがれーッ!」


 竜巻に向かってフカノは叫ぶ。聞こえているかどうかはわからない。そもそも、聞こえていたところでサメは言葉を理解できないのだが。大事なのは、匂いが届いているかどうかだ。すると、サメと目が合った。サメはフカノを見て、怒っていた。それを感じて、フカノは直感した。サメはこっちに飛んでくる。


「来るぞ! マイア、下がっててくれ!」

「頑張ってください、フカノさん!」


 そう言うと、マイアは甲板の端まで下がって伏せた。ここから先は、フカノとサメの一騎討ちだ。

 サメが竜巻から飛び出した。思った通り、その軌道はフカノを一直線に狙っている。真正面から見たサメの顔は、血の匂いを漂わせるフカノに激怒していた。


「何、怒ってやがる」


 怒りたいのはこちらの方だ。相討ち気味に殺され、転生したと思ったらその先の世界でも散々に振り回され、めちゃくちゃにされた。挙句の果てに田んぼまで追いかけてきたことは一生忘れられそうにない。

 フカノは細く息を吐いて、拳を構えた。ここで決着をつける。前世から続く因縁をここで断ち切る。サメに前世との因縁があるという、ヒロイックなのかくだらないのかよくわからない状況を終わらせる。いや、やっぱりヒロイックじゃない。くだらないの一点張りだ。そう考えると、なんだか笑えてきた。

 再び、サメを見返す。こちらは笑顔、相手は怒り顔だ。このくだらない、B級映画そのものの状況で、怒っているのはあまりにも勿体なくて、バカバカしかった。だから、フカノは言った。


「笑えよ、畜生」


 サメが眼前に迫る。甲板を踏みしめ、フカノは飛んだ。大きく開いた口の中に向かって、拳を突き出す。サメの口の中に飛び込み、視界が一瞬、闇に包まれた。直後、拳が硬いものにぶつかり、そこから光が生まれた。


 サメは爆発四散した。



――



 次に目を覚ました時、フカノの体は船の上だった。ぼんやりとした青空が、頭上に広がっている。体を起こそうとしたが、指先ひとつ、動かすことができなかった。何日も眠り続けていた感覚があるのに、体が疲れ果てている。

 何もできずに青空を見上げていると、視界にマイアの顔が入ってきた。マイアはブリを持っていた。しかし、フカノと目が合うと、動きを止めてブリを取り落とした。


「フカノさん!?」


 ああ、と返事をしようとしたが、掠れた吐息が漏れるだけだった。するとマイアはブリを拾い上げ、フカノの喉に押し付けてきた。ブリで首を絞められ、息ができなくなったが、ブリが光り出してフカノの体と同化すると、そんな苦しさはなくなった。


「フカノさん、大丈夫ですか!?」

「げほっ……ああ、なんとか。目が覚めたよ」


 治った喉が声を発した。どうやら、さっきまで喋れないほど損傷していたらしい。


「今、何曜日だ?」

「風曜日です」


 聞き方を間違えた。何日眠っていたか聞きたかったのに、曜日を聞いては答えがわからない。何しろここは異世界だ。


「ごめん。俺、何日寝てた?」

「2日です」

「サメは、どうなった?」


 マイアは真剣な顔で頷いた。


「爆発しました。こっぱみじん、です」

「そうか……よかったあ……」


 作戦は成功だ。これで、世界がサメに脅かされることはないだろう。


「フカノさんもこっぱみじんでしたけど、治ってよかったです」

「うん、なんて?」

「いえ、なんでもないです。無事で良かったなあ、って」


 なんだか不穏な言葉が聞こえた気がするが、マイアの声が小さかったのでよく聞き取れなかった。


「フカノ! 起きたのか!?」


 別の声が聞こえたかと思うと、今度はクトニオスが上から覗き込んできた。それに続いて、ヴィヴィオや、他の兵士たちも視界に入ってくる。


「よう。全員、無事だったか」

「バカ野郎、お前が無事なのが一番だろうが! よくやったなあ、ホント!」


 クトニオスたちはフカノを囲んで賑やかに騒いでいる。その中に、1つ顔が足りないことに、フカノは気付いた。


「ケイトは?」


 フカノが問うと、クトニオスが船の一角を指さした。フカノがそちらを見ると、うずくまったケイトがこちらから慌てて目を逸らすところだった。


「マイア」

「はい?」

「ケイト、呼んできてくれ」

「わかりました」


 マイアは立ち上がり、ケイトの側に言った。そして、二言三言交わす。ケイトは最初、俯いていたが、やがて諦めたように立ち上がって、フカノの側にやってきた。


「……何よ」

「サメは倒したぞ」

「だから何よ」

「安心しろ」

「……何を安心しろっていうのよ。私は王国の裏切り者よ。明日からどうなるかわからない身で、安心なんてできるわけないじゃない」

「いや、でもほら、裏切り者っていっても、具体的になにかしたわけじゃないし……」

「ペンプレードを使って、沿岸の船を襲ったり、海軍の邪魔をしてたりしてたんだけど」

「それさあ……」


 フカノは率直な感想を呟いた。


「サメよりマシだと思うんだけど」


 しばしの沈黙。


「……気にしてるんだから、それは言わないで」

「あっ、そうか……」


 人生を賭けて作り上げた大反逆劇が、横から割り込んできたサメ映画に賞をすべて掻っ攫われたとなったら、それは実に不憫なことだ。そっとしておいた方がいいだろう。


「まあ、とりあえずあれだ。先のことより今を祝おう。もう2度とサメに会わずに済むんだ。な、めでたいだろ?」

「そうね、それは確かに、いいことね」


 明日からはまたそれぞれに色々なことがあるのだろうが、とにかく、サメの恐怖から解放された今日は、誰にとっても嬉しい日だった。


「B級映画なら第2、第3のサメが……ってなるんだけど、異世界じゃそうはならないだろうしな」

「え、またサメが来るんですか?」


 マイアが驚いてフカノに問いただすが、フカノは笑って答えた。


「ないない。映画の話だ」

「ですよねー」


 笑い合う2人を見て、ケイトは声を上げられなかった。嵐の女神である自分が転生したことで、海に危険な魚、特にサメが戻りつつあることを。

 そして、2人が笑う向こう側の海に、うんざりするほど見てきた黒い三角形の背ビレが、波間から覗いていたことを。

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