第32話 メカシャークvsゾンビシャーク
魔王軍最左翼。海戦の只中であるが、ここに配置されたゴブリンの高速艇は、戦闘どころではなかった。戦闘中に発生した竜巻に飲み込まれそうになっていたからだ。その原因は、嵐の女神ケートーが癇癪を起こしたからであるが、ゴブリンたちには知る由もない。
「漕げーっ!」
「せーのっ!」
「せーのっ!」
ゴブリンたちは一丸となってオールを漕いでいる。少しでも手を緩めれば、竜巻に巻き込まれてしまうからだ。幸いにも、王国軍の船はこの危険地帯に近寄ってくる度胸は無いようで、ゴブリンたちは操船に集中できた。
「なんなんだよこれぇ!?」
「海怖ェ!」
「口を動かすな手を動かせっ! 飲み込まれるぞ!」
幸い、竜巻はゆっくりと魔王軍から王国軍の方に動いており、ゴブリンたちの船からは少しずつ離れていた。
「……あれ?」
ふと、ゴブリンの1人が竜巻を見た。
「どうした?」
「いや、竜巻の中に何か飛んでたような……」
彼は巨大な水竜巻の中に、黒い大きな影を見た気がした。
「そこ! 手を止めるんじゃねえ! 死にたいのか!」
「へ、へいっ!」
しかし、気にしている余裕はなかった。彼はすぐにオールに集中して、影のことを忘れてしまった。
――
「なんで……?」
「なんで……?」
フカノとケイトは、呆然とした表情で同じ言葉を呟いた。だがその理由は違う。フカノは目の前の混沌とした状況を理解できなかったからだが、ケイトの方は無敵のはずのペンプレードが倒されたからだ。
「貴方……どうやってペンプレードを倒したの……?」
「え……あ、ロボザメ? 口の中に電撃を流し込んで……」
動かなくなったペンプレードは、ガクガクと痙攣しながら黒煙を吐いている。完全に故障している。その様子と、フカノの言葉で、ようやくケイトは現実を理解した。
「……何ッ、しるのよ、バカぁ!」
そして、キレた。
「あいたっ!?」
ケイトの振り下ろした杖が、フカノの頭を打った。サメの驚異に比べれば、ケイトの腕力など微々たるものだが、それでも痛いものは痛い。
「せっかく! 頑張って! 造ったのに! 台無しじゃない!」
「ちょ、ま、なんだよ!?」
フカノは杖を腕で防ぐ。それでもケイトは殴り続ける。
「やめろ! 痛い、やめろ!」
数十回ほど殴ったところで、ようやくケイトは動きを止めた。同時に、ケイトは不気味なぐらい静かになった。
「……ケイト?」
「……ぐ」
緑色の目から、大粒の涙がこぼれた。
「ふええええ! びええええ!」
子供のように泣き喚くケイト。普段の冷静な態度からは想像もつかない様子を目の当たりにして、フカノは呆然とするしかなかった。
彼にしてみれば完全に訳のわからない状況であった。サメ退治に行こうと思ったら、なぜかアウリアの船に乗せられた。そして、いざサメ退治に来てみれば、出てきたサメはロボだった。それをなんとか倒したと思ったら、ケイトが海の上に立っていて、フカノを殴るだけ殴ったら大泣きし始めた。もはや理解が追いつかず、フカノは立ち泳ぎのまま思考停止していた。
「ケートー!」
フカノがようやく我に返ったのは、マイアの声を聞いた時だった。マイアはケイトに駆け寄ると、彼女の頭を抱え込むようにして抱きしめた。
「ごめんね、本当にごめんね……! ケートーは悪くないの、悪いのはお姉ちゃんだから! だから、そんなに頑張らなくていいの!」
「びええ……えっぐ……」
マイアに抱きしめられ、ケイトの泣き声は徐々に小さく、しゃくりあげるようなものになっていった。
「今度からは2人で一緒に、海を造っていきましょう? 王様たちには私からちゃんとお話するから、大丈夫、ね?」
「……ほんと?」
「ええ、本当よ。だから安心して」
マイアに抱き締められたケイトは、泣き止んでじっとマイアの顔を見た。2人はしばらくそうして見つめ合っていたが、やがて、ケイトの方から離れて真っ直ぐ立った。
「大丈夫?」
ケイトは無言で頷いた。
「それじゃあ、一度、船に戻りましょう」
「じ、自分で戻れる……」
腕をとって歩こうとするマイアから少し離れて、ケイトは自分の足で歩き始めた。マイアもその後に続く。
「おーい」
しかしマイアは、声をかけられて立ち止まった。振り返ると、海に浮いているフカノがいた。
「何がどうなってんだ」
彼は相変わらず思考停止状態だった。
「ええとですね」
マイアは今の状況を、一言で説明しようとした。
「仲直りです!」
「さっぱり! わからん!」
当然、フカノに伝わるはずがなかった。
「話すと長いので、船の上で話します。まずは戻りましょう、フカノさん」
マイアはフカノに手を伸ばす。釈然としないながらも、フカノはその手をとった。フカノが見上げると、曇り空をバックに、晴れ渡るようなマイアの笑顔があった。マイアは少し疲れていたが、心の奥で強張っていた何かが晴れたかのようだった。
その背後の空に、サメが飛んでいた。
「マイアッ!?」
「えっ?」
振り返る暇も無かった。超高速で飛んできたサメが、マイアを飲み込んだ。同時に、マイアと手を繋いでいたフカノの左腕も食い千切られた。遅れて、着水したサメが上げた飛沫が、フカノの顔にかかった。
「サ」
フカノは絶叫した。
「サメだああああっ!」
最初に動いたのはケイトだった。彼女は振り返り、腕を失ったフカノと、銛が突き刺さったサメを見て、驚愕に目を見開いた。
「姉さん!?」
そして、彼女の叫びに対して返事がないことを知ると、すべてを悟った。
「……ッ、ペンプレードォォォッ!」
感情が爆発するままに、彼女はあるだけの魔力を機械のサメに流し込んだ。ペンプレードはそれに応え、再起動した。敵を目の前に現れたサメと認識、すぐさま杭を撃ち込む! 狙いは外れることなく、サメの巨体に数本の鉄の杭が刺さった。しかしサメはひるむことなく、ペンプレードに襲いかかる! サメが噛み付くと、ペンプレードの鉄の装甲がいとも簡単にひしゃげた。
ペンプレードは火花を散らしながらサメを振り払う。背ビレと胸ビレのチェーンソーが唸りを上げた。
「死ね! サメめ、死ね!」
ケイトの叫びに呼応し、ペンプレードは突撃する。交錯と共に、チェーンソーがサメの喉に深々と突き刺さった。致命傷だ。削り取られたサメの肉片が海面に飛び散る。しかし、サメはあろうことか反撃し、ペンプレードの頭を噛み潰した。
「なっ……!?」
腹を抉られてまともに動ける生物などいるはずもない。異様な光景の中で、ケイトは気付いた。サメの体から血が流れていない。いくらサメとはいえ、生物ならば血が流れるはずだ。ならば、なぜ。考えたケイトは、ある可能性に思い至った。
「死者蘇生……そんな、まさか!?」
死者の蘇生。それは世界の法則に反した、禁断にして究極の魔法である。魂を新たな肉体に入れる転生とは違い、死を迎えて一度切り離された魂と、役目を終えた肉体を再度結合させる蘇生は、莫大な魔力が必要で、女神ですら不可能だ。そのような奇跡を起こせるのは、創造神だけだ。そこまで考えて、ケイトは気付く。サメが纏う魔法の気配。彼女やマイアのように神々しく、しかし彼女たちとは比べ物にならないほど強力な気配を。
「まさか……そんな、あれは……!?」
サメはペンプレードにさらなる追撃を加える。機械の尾を咥え、振り回す。すると、胴体との結合部が破壊された。体のバランスを崩したペンプレードは、懸命に体勢を立て直そうとする。その腹にサメが食らいついた。けたたましい音を立てて、遂に、ペンプレードの鋼鉄の体が食い千切られた。内部の動力炉を引きずり出すと、サメはそれを飲み込んでしまった。
「嘘……」
ケイトはその光景をただ見ていることしかできなかった。3年の月日をかけて開発したゴーレム、ペンプレード。父の造ったおとぎ話をそのまま現実にした機械人形。絶対に破れないと思っていた、無敵の使い魔。それがサメに食われて、彼女はどうすることもできなかった。
サメが向かってくる。ケイトは動けない。足がすくんでいる。サメがケイトに飛びかかった。
「バカ野郎っ!」
突然、足を引っ張られ、ケイトは水中に沈み込んだ。頭上をサメが通過していく。ケイトが視線を下に向けると、片腕を失ったフカノが、もう片方の手で彼女の足首を握っていた。
「何ぼさっとしてるんだ! 食われるぞ!」
「でも、でも、姉さんが……ペンプレードが……」
「いいから! 逃げるぞ!」
フカノはケイトを抱えて泳ぎだした。まずはケイトの安全を確保しようと、クトニオスの船を目指した。
一方サメは、取り逃がしたケイトを追うことなく、ある場所へ向かっていた。それは猛烈に吹きすさぶ海上竜巻だった。サメがその中に飛び込むと、巨体が風で浮き上がった。サメは泳ぐように竜巻の中を移動し、そして遠心力と共に自らの身体を撃ち出した。
その向かう先は、クトニオスの船よりもずっと多くの血と餌が溢れている場所。王国軍と魔王軍の戦場であった!
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