機動鎧鮫ペンプレード 第30話 『イグニッション』
「フカノ……アイツまさか、ここに来てるの!?」
戦場を猛進するオークの大船を見て、ケイトは驚いていた。この戦場にフカノが来たら、何が起こるかわからない。だから無理を言って王都に残らせたのに、その命令が無視されるとは思わなかった。
「ケイト殿が間者だと言うことはわかっておりましたからな。アウリア将軍に頼んで、密かに連れてきました」
これはヴィヴィオの作戦だった。サメ退治船団の情報は、ケイトによって魔王軍に伝わっている。ならそこに、ケイトが把握していない増援を送り込めば意表を突ける。更に、ケイトが頑なに拒んでいたフカノも、遠慮なく戦場に送り込んだ。彼の力なら、戦況をひっくり返すことも可能だ。
「女神様直々にお連れになったサメ退治の勇者だ! 負けるわけがねえぜ!」
クトニオスは作戦が上手く行ったことに意気込んでいる。しかしケイトは、裏を搔かれたにも関わらず、それほど追い詰められているようには見えなかった。
「……バカ。出てこなければ、助かったのに」
「負け惜しみか、おい?」
「何言ってるの。ひょっとして、あれがただのサメだと思ってるの?」
「……え?」
ケイトは杖を構え直した。
「あれはサメだけどサメじゃない。生き物だけど、生き物じゃない。あれこそは、私が3年掛けて造り上げた、エリュテイア史上最強最悪の災害。伝説のタロスを真似て造った鋼鉄の猛魚!」
ケイトは杖を高く掲げる。その背後で、稲妻が海に落ちた。
「
――
ケイトの命令を受け、海中から鋼鉄の塊が姿を現した。その姿はサメに似ているが、サメよりも遥かに大きく、人間をゆうに50人は乗せられそうな大きさだった。背びれと横びれには細かな刃がついていて、唸りを上げて回転している。横びれの上には円筒状の物体が設置されており、不吉な丸い穴が幾つも空いている。ギザギザの鉄の歯の奥には、淡い赤色の光が輝いていた。
その姿を見たフカノは、思わず叫んだ。
「ロボだこれー!?」
フカノの感覚で見ればサメ型ロボットにしか見えないペンプレードは、咆哮を上げると船に向かって突進を始めた。
「ええい、くそっ!」
フカノは半ばヤケクソになりながら海に飛び込んだ。突進してくるペンプレードの前を通り過ぎると、ペンプレードは船からフカノへ狙いを移した。体もひれも微動だにせず、その場で旋回し、フカノに顔を向ける。やはりロボだ。生き物の動きではない。
「サメ型ロボットってなんだよ、B級映画じゃねえんだぞ!?」
悲鳴を上げながらもフカノは泳ぎ、ペンプレードの突進を躱す。すれ違いざまに殴りつけてみたが、相手は鋼鉄だ。鈍い金属音と共に、拳を弾かれるだけに終わった。
フカノは武器になるものがないか、海の中を見回す。海底に船の残骸が見つかった。その中に、一抱えもある木材が紛れている。まるで丸太だ。フカノの脳裏に、サメをホームランした記憶が蘇った。
「こりゃいい木材だ!」
フカノは全速力で泳ぎ、海底の木材を掴む。ペンプレードは追ってくる。力を振り絞って木材を抱え、槍のようにペンプレードへ突きつける。そしてペンプレードへ向けて、跳んだ! 狙うは正面衝突!
だがペンプレードは、その木材を背びれで受けた。背びれが弾け飛ぶかと思いきや、背びれについた刃が唸りを上げて回転し始め、木材を削り切り始めた。
「チェーンソーかよ!? バカか!?」
フカノが驚く間に、ペンプレードは木材を切り進みながら突進してくる。フカノは木材を手放し、とりあえず距離を取ろうと海面に向かって泳ぎ始めた。頭上には船がある。海中からでは王国軍か魔王軍かわからない。
フカノは振り返りペンプレードを見た。ペンプレードはその場で旋回し、既に顔をフカノへ向けている。だがそこから動こうとしない。嫌な予感がして、フカノはとっさに横に動いた。直後、ペンプレードに取り付けられた円筒状の物体から何かが発射された。凄まじいスピードで放たれたそれは、さっきまでフカノがいた場所を通り抜けて、頭上の船底に突き刺さった。
それは鋼鉄の杭だった。あんな物を身食らってはただでは済まないだろう。更に距離を取って、フカノは水上に上がった。浮上地点は、王国軍の船の前だった。そしてペンプレードも、フカノから少し離れた所に浮上した。今度は何をしでかすのか。フカノは固唾を飲んで様子を見る。
突然、ペンプレードの口から桜色の光線が放たれた。光線は後ろの王国軍の船に直撃、爆発炎上させた。燃え上がる船を見て、フカノは叫んだ。
「ビームだ! サメがビームを撃った!」
ペンプレードは再び前進、機械の口を開けてフカノに向かって突撃してくる。たまらずフカノは逃げ出した。
「ちくしょう本当にいい加減にしろよ! ビームを吐くロボシャークとか、B級どころかZ級じゃねえか!」
とても歯が立たない。ただのサメですら手一杯だったというのに、鋼鉄の体を持ち、チェーンソーとハープーンガンを装備し、ビームまで撃つロボシャークなど、相手にできるものではなかった。
「っていうかロボってなんだよ!? ファンタジー世界じゃなかったのか、ここ!?」
悲鳴を上げながらフカノは逃げ惑う。波が高く、泳ぐのも一苦労だ。嵐はさらに強まり、雷も鳴り始めた。頭上の黒雲の間から、稲光が見える。その光景を見たフカノの脳に電流が走った。
「……ロボ?」
――
「ケイトさん! サメをすぐに止めてください!」
一方、後方では、マイアがケイトに必死に呼びかけていた。だが、ケイトは聞く耳を持たない。
「止めてって言われて止めるわけがないでしょう!」
「このままだと、みんな死んじゃいますよ!?」
「だからどうした! 誰が死のうと知ったことじゃないわよ!」
「お願いですから! 悪かったのは私ですから! 謝ってほしいなら、いくらでも謝りますから!」
「……このッ! ふざけるなあっ!」
ケイトは足元の水を蹴り上げた。
「いい加減にしなさいよ! さっきから自分のことを棚に上げて! 私が封印される時、どんなに謝っても貴方は止めてくれなかったじゃない! あんなに怖くて、惨めで、寂しい思いをしたのに、貴方は助けてくれなかったじゃない!
それなのに、自分が困ったら、頭を下げれば済むと思ってるの!? ふざけるんじゃないわよ! もういい、姉さんが泣いて謝っても絶対にペンプレードは止めないから!」
怒りのままにケイトは叫ぶ。とうとう、マイアは掛ける言葉を失ってしまった。
「姫様! ……いえ、女神ケートー様!」
代わりに、今度はヴィヴィオが話し始めた。
「どうか怒りをお鎮めください!」
「うるさい!」
「神殿を造ります! 女神マイアのものに負けないぐらい立派な、いやそれ以上のものを! ですからどうか止めてください!」
「いらないわよそんなの!」
「祭りも開きます! 女神ケートーを讃えて、沢山の貢物を捧げます!」
「いらないわよ! 王宮の食べ物の方が美味しいもん!」
「……なら、王国軍を撤退させます! 魔王軍に有利になりますよ、これなら!」
「私の知ったことじゃないわよそんなの! 戦争やってる人間同士、勝手に決めればいいでしょ!」
ヴィヴィオの様々な譲歩案もすべて蹴り飛ばされた。最後に、意を決してクトニオスが話し始めた。
「ケイトさん! こんな事やったら、王様や親御さんが悲しみますよ!」
「……そんなわけないでしょ!」
「ありますって。ケイトさんが誕生日になる度に、親御さんの屋敷で宴会してたじゃないですか! あんなことしてたの、ケイトさんのところだけですよ?」
「えっ、そうなの?」
「はい。あと、誕生日は軍のメシもちょっとだけ豪華になってました。給仕長に聞いたら、ケイト様の誕生日だから豪華にしろって、王様からの命令だったそうです」
「……本当に?」
「本当です!」
クトニオスは声を張り上げる。
「だから、やめましょうよこんなこと! 可愛い娘が裏切って魔王軍になったら、親御さんは泣きますし、可愛い孫娘がサメを操ってたら、王様はぶっ倒れますよ!? ケイトさんだって、そりゃあ、昔は女神だったかもしれないけど、でも転生したんでしょう? だったら、家族は大切だと思わないんですか?」
「……思ってるわよ」
そう言ったケイトの声は、震えていた。
「お父さんも、お母さんも好きだし、お爺ちゃんも、おじさんおばさんたちも好きだって、思ってるわよ! 当たり前でしょう!?」
「だったら!」
「でもね、私は海の魔女なのよ! それと同じぐらい……いや、それ以上に! 封印された時のことが辛いのよ! こんなのどうしろっていうの!?」
「ケイトさんはどうしたいんですか! 女神様に謝らせたいんですか!?」
「違うわよ!」
「それじゃあ、魔王軍に王国を滅ぼしてもらいたいんですか!?」
「違うわよ!」
「じゃあ、自分を女神だって認めて……」
「うるさーいっ!」
ケイトが絶叫した。それに呼応して、波がクトニオスの船を大きく揺らした。
「なんなのよ! 悪いのはお姉ちゃんでしょ! どうしてわたしが怒られなきゃいけないの! わたしだって女神なんだから、頑張って造ったペンプレードを動かしたっていいでしょ! 私を封印したお姉ちゃんの方が悪いんだから、バカーッ!」
海と同じぐらい、ケイトは荒れ狂っている。その様子を見て、クトニオスは悟った。ケイトが暴れていることに理由などない。ただ、姉妹喧嘩で妹が駄々をこねているようなものなのだと。
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