第28話 真・サメ転生 STRANGE JAWS
「ぬぅんっ!」
「うわあああっ!」
ワニ男の腕の一振りで、5人の王国兵がまとめて薙ぎ倒された。先陣を切って、王国の船に乗り込んだのは、魔王軍リザードマン部隊の隊長、スコスであった。彼が敵陣を掻き乱している間に、部下のリザードマンたちが次々と船に飛び移ってきた。
「怯むなっ! 隣の奴を守りながら戦え! 壁を作って、敵を海に押し返してやれ!」
王国の船長らしき男が、大剣を振るってリザードマンを追い散らす。そこを中心として、敵兵が体勢を建て直し始めた。そうはさせまいと、スコスは大剣の男の前に躍り出た。
「魔王軍、デルムリン氏族のスコスだ。その首、貰い受ける」
「おおっ! 俺はナグトゥスだ! その度胸だけは買ってやろう!」
ナグトゥスは名乗るや否や、その大剣を振り下ろす! スコスは横に跳んでしてこれを避け、ナグトゥスの顔に拳を放つ。ナグトゥスは屈んで拳を躱し、膝立ちの状態から腕の力だけで強引に大剣を振り回す!
「おらっしゃあ!」
迫りくる刃に、スコスは左腕を掲げた。鈍い金属音が響き、衝撃がスコスの体に叩きつけられる。普通の兵士ならその勢いで吹き飛ばされそうなものだが、スコスの筋肉はこれを止めた。
「何っ!?」
「ふんっ!」
剣を受け止めたまま、スコスは右腕で正拳を繰り出した。拳はナグトゥスの鳩尾を捉え、彼の体を船外まで吹き飛ばした。
「船長ーッ!?」
「うわぁ、化物だ!」
周りの王国兵たちが隊列を乱す。
「今だ、かかれっ!」
そこへ、スコス配下のリザードマンたちが再度襲いかかった。魔王軍が一気に敵を押し込む。船長を失った今、この船の占領は時間の問題だろう。
別の王国軍の船の側で、水柱が上がった。海の魔女が呼んだサメが何かをしたらしい。王国の船は銛を機械で飛ばして対処しているが、サメはそれを弾き返している。サメの暴れぶりは圧倒的だ。
それから、他の船の様子を見る。他の船はどこも一進一退だ。数の上では魔王軍が勝っているが、相変わらずオークやドワーフといった山の民たちは海が苦手で、船の上では力を発揮できていない。その上、彼らの士気は低かった。
原因は魔王の不在だ。イーリスでの一戦の後、魔王は兵士たちの前に姿を見せていなかった。幹部に聞いても、仕事が忙しいだの、既に本拠地に帰還しただの、言うことがまちまちで要領を得ない。兵士の間では魔王がアウリアと戦って負傷した、あるいは死んだなどという不吉な噂も流れている。
魔王のカリスマが失われれば、魔王軍はこのように動きが鈍ってしてしまう。もし魔王が生きていれば、この戦場には倍以上の兵士と船が投入されていただろう。そうなれば王国海軍に決着をつけられたというのに。海の魔女からの情報を活かせず、スコスはただ歯噛みするしかなかった。
――
前方では、王国軍と魔王軍、それにサメが入り乱れた海戦が始まっている。ケイトの乗る船は後方に位置していたので、その戦いには巻き込まれていないが、それでも気を抜けるほど離れてはいない。
ケイトは船首に立ち、前線の様子を観察していた。王国軍が若干押されている。何しろ、魔王軍とサメを同時に相手しているのだ。頼みの綱のアドリーも、サメの装甲に弾かれて効果を発揮していない。
「思ったよりも上手くいっていないか?」
後ろからクトニオスが声をかけてきた。
「ええ」
ケイトは振り返りもせずに返事をする。
「最悪、って言ってもいいわ。サメと魔王軍を同時に相手するなんて」
「それが狙いだったんだろ?」
「なんですって?」
クトニオスに疑問を抱いたケイトが振り返ると、彼女はクトニオスと兵士たちに囲まれていた。
「……何のつもりかしら?」
「イーリスの時といい、今回といい、魔王軍はいつも先回りしていた。魔王は内通者がいるって言ってたが……アンタのことだな?」
「いきなり何を」
「ああ、それについては、私からも一言」
クトニオスの背後から声がした。彼が背中を見せると、そこには下半身を失ったままのヴィヴィオが背負われていた。
「王宮の資料を調べさせていただきました。ケイト監察官殿、貴方が解任した領主がいた街は、すべて半年以内に魔王軍に攻撃されています。今、占領されているイーリスもそうです。領主交代を魔王軍に知らせて、彼らが攻めやすくしたのでは?」
「それは偶然よ。魔王が内通者がいるって言ったのを真に受けてるの?」
「それだよ」
「え?」
再び、クトニオスが振り返って喋りだした。
「お前、あの時、倉庫にいなかっただろ? なのにどうして魔王が倉庫にいたって知ってるんだ? 俺たちがイーリスの内通者から聞いた話じゃ、あの街に魔王がいたなんて一言も言ってなかったのに」
「それは後から話を聞いて」
「いや、俺が船に戻ってきた時、最初に言ってた。フカノは魔王にやられたのかって。よーく覚えてるぜ」
ケイトは俯き、口を噤んだ。反論できなくなったということだ。それはつまり、ケイトが魔王軍のスパイだと認めることを意味する。
「ケイトさん……どうしてこんなことをしたんですか?」
兵士たちの後ろにいたマイアが、ケイトに話しかける。
「ケイトさん、確かに私には辛く当たってましたけど、そんなに悪い人には見えなかったです。この前も、私のことを叱ってくれましたし。そんな優しい人だと思うのに、どうして魔王軍なんかに?」
「どうして、ですって?」
ケイトが顔を上げた。どろりと濁った緑色の目に射抜かれ、マイアは肩を震わせた。
「私を封じたその口で、理由を訊くの?」
「え……?」
ケイトは右手を掲げた。そこに光が集まり、1本の杖の形を成した。
「まずいっ、取り押さえろ!」
クトニオスは先手を取って、兵士たちを差し向ける。しかしケイトは後ろに向かって跳躍し、海に落ちた。
「えっ!?」
「おいっ!?」
クトニオスたちは欄干に駆け寄り、海面を覗き込む。ケイトは海に落ちずに、海の上に立っていた。
「なんだ……どういうことだ!?」
「私が貴方に逆らう理由が聞きたいのなら、教えてあげる。貴方が私に何をしたのか、思い出させてやる!」
ケイトは杖を掲げる。にわかに空が曇りだした。更に強い風が吹き荒れる。波が高くなり、クトニオスたちが乗る船が大きく揺れる。
海の様相が激変していた。竜巻が巻き起こり、海水を吸い上げ、巨大な水柱が何本も戦場に出現した。黒雲から降り注ぐ雨は、強風と相まって人々を横から殴りつける暴風雨となった。これだけの気象変動は尋常のものではない。人間の魔法にできる範囲を超えている。それをやってみせた彼女が、高らかに名乗りを上げた。
「我が名はケートー! 海の魔女! 嵐の女神! 毒魚の主! マイア、貴方が4000年前に封じた、妹よ!」
ケイトは手に持った杖を、マイアに向かって突きつけた。
「妹……!? 女神様、妹がいたんですか!?」
「は、はい……そうなんです……」
「……古い文献で見たことがある」
ヴィヴィオが語りだした。
「『海の女神マイア・ケートー、シャメイオルの海を往く』『マイア・ケートーはイーリスに船を寄せる』私が覚えているのはこれぐらいだが、ケートーという言葉は確かに古文書で出てくる。しかし、女神を称える称号か何かかと思っていた。それがまさか、女神の妹の名前だったとは……」
「ていうか女神様、名前を聞いて妹だって気付かなかったんですか?」
「よくある名前じゃないですか!」
「まあ、確かに……でも顔は?」
「顔も全然違うんですよ!」
「そうでしょうね! だって私、人間に転生したんだもの!」
ケイトが海上で叫んだ。
「転生!?」
「そうよ。封印されて眠りについた後、気がついたら私はサルオル王クリュウ16世の四男、エウルスの三女ケイトとして生まれ変わっていた。
自分が女神の生まれ変わりだって気付いた時、本気で頭にきたわ。海はうんざりするほど穏やかで、貴方は私を封印したことなんか忘れて、のうのうとブリを配っているんだもの!」
ケイトは怒りに顔を歪めて、マイアを睨みつける。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
それに対して、マイアはただ謝ることしかできなかった。
「今更謝ったって遅いわよ!」
当然、それは火に油を注ぐことになる。
「この海は、貴方と私、2人で造ったものよ! なのに自分1人で女神をやるなんて、ずるいじゃない!」
ケイトの絶叫に応えるかのように、竜巻がますます強く吹き荒れた。強風に煽られ、波が高くなり、クトニオスたちが乗っている船が大きく揺れ始める。
「っと、やべえ……お前ら、漕ぐのを止めろ! 振り落とされないように踏ん張れ!」
前方では、サメがまた1隻のボートを沈めていた。小型の船は波に翻弄されて上手く動けない。逆に、大型で鈍重な魔王軍の船は、波や風の影響をそれほど受けずに戦うことができた。戦況が魔王軍の方に、大きく傾きつつあった。
「――来たぞ!」
だが、戦況の天秤は、ヴィヴィオの叫びによって動きを止めた。
クトニオスたちの方向、サルオル王国の方角から、1隻の船が迫ってきていた。それは魔王軍が使っているオークの大船だ。しかし、その船が掲げているのはサルオル王国の旗だ。
「ようやく来たか、女神の勇者よ!」
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