第27話 スター・ジョーズ エピソード2/サメの攻撃
「アドリー、構え!」
船の上の射手たちが、魔導ボウガンを構えた。
「撃てーっ!」
号令と共に、ロープを括り付けた銛が大量に発射された。銛は宙を飛び、そのうちの1本が海に浮かぶ樽に命中した。1本だけだ。
「どうした貴様ら! そんなもんでサメをチェストできると思うとんのか!?」
エルフ訛りで射手たちを厳しく指導するのは、対サメ用魔導ボウガン・アドリーの発明者、エルフのヘレネである。本当なら彼女は作り方を教えるだけだったのだが、弓の腕を買われて射撃教官も務めることになった。
「まず基本がなっとらん基本が! 両足を肩幅に開いて、左腕はまっすぐ、右腕は手が顎の下に来るように構える!」
自分のアドリーを構えて、ヘレネは水上の樽に狙いをつける。
「右目と銛と的が一直線になるようにして、狙いをつけたら、息を止めて、引き金を引く!」
息を止めて2拍後、ヘレネのアドリーから銛が放たれた。銛は宙を一直線に飛び、樽の真ん中に突き刺さった。
「これだけじゃろがい!」
「お言葉ですが教官殿! 波で船が揺れるので、そんなに上手く狙いは付けられません!」
「阿呆、そんなもん風と同じじゃ! 読め! 本番じゃ船もサメも動くんじゃぞ、今のうちからそんぐらいでけんと、話にならんわ! ええか、今言ったことを意識して、もう1回撃ってみい!」
厳しい訓練であるが、これもサメ退治のためである。王国選りすぐりの射手たちは、黙ってアドリーの準備を始めた。
――
ケメトは王都につながる川沿いの街である。街道にも近い交通の要衝で、街には結構な活気がある。その中でも特に賑やかな建物は、傭兵や日雇い労働者に仕事を紹介する公営酒場だ。ここ、ケメトの公営酒場は、交通の便がいいということで、下流の王都や上流のオーメロンからの依頼も流れてくる。おかげで連日、旨味のある仕事を探す人々で溢れかえっていた。
その公営酒場を目指して、1人のハーピーが飛んでいた。彼女の肩には、紺色の生地の上に黄色い剣を描いた肩章が掛かっていた。王宮直属を示すものだ。
ハーピーは公営酒場の尖塔に止まると、備え付けのベルを鳴らした。少しすると、下の階から従業員が上がってきた。
「こんにちはー」
「こんにちはッス。ディオメテウス船団所属のリンネルッス! 王宮から緊急のお仕事ッス!」
リンネルは肩に掛けたカバンから羊皮紙を取り出し、従業員に渡した。
「緊急? 魔王が死んだって噂が流れてますけど、もしかしてそれと関係が?」
「違うッス、サメ退治ッス」
「サメ? ちょっと確認しますね」
従業員は中の文章に目を通す。途端に、その顔色が変わった。
「あの、これ、報酬のところ間違ってません?」
「いいえ。サメ討伐船団の水夫、傭兵募集。雇用期間は1月。水夫はアスリト銀貨15枚、傭兵はアスリト銀貨20枚! 間違いないッス!」
相場の三倍である。よほどの大事であることは、従業員にも理解できた。
「わかりました、すぐに募集します!」
「お願いッス! じゃあ私は、次の街に行くので、これで!」
そう言うと、リンネルは次の街の公営酒場を目指して飛んでいった。従業員も、この緊急案件を事務長に伝えるために、階段をすっ飛んでいった。
――
サメ討伐船団の噂は、瞬く間に王国全土を駆け巡った。何しろ高額報酬の仕事が、この世で最も信頼できる王宮から出されたのだ。各地の公営酒場には問い合わせが殺到し、その後、水夫や傭兵たちが王都を目指してあちこちの街から出発した。
そして、イーリスの街にもサメ討伐クエストがやってきた。だがこの街の反応は他とは違った。
「サメ退治だって……!?」
「冗談じゃねえ、あんな怪物、倒せっこねえだろ!」
「いくらアウリア三騎士っていっても、サメが相手じゃあ……」
住民の大半の反応は、このようなものだった。サメ襲撃からまだ1月も経っていない。サメの恐怖はまだ記憶に新しい。
その一方で、話を聞いた途端に顔色を変えるものもいた。
「……サメ退治、か。親の仇だ、俺は行くよ」
「サメがどこかに潜んでいる。見つけ出して、殺す」
「どの道このままじゃ商売上がったりだ、やってやるぜ!」
「ワシも、行ったるでー!」
サメに家族を殺された者、住んでいた家を壊された者、サメのせいで商売ができない者、あるいは、単に命を惜しまない者、そうした連中は、知らせを聞くなり王都へと旅立っていった。
――
傭兵を雇い、船団を作り、訓練を重ね、ようやくサメ討伐の準備が整った。出撃するのは5隻の大型船と、数十隻の小型ボートによる大船団だ。女神マイアが同行して応援するということで、船団の士気は最高潮に達していた。船団を率いるのは、怪我から復帰したゲイルである。更にクトニオスやヴィヴィオも船団に加わっている。
だが、フカノはここにはいなかった。彼はサメ討伐船団のメンバーから外されていた。理由はいろいろあった。まず、貧血がまだ回復していなかった。次に、今回の作戦はアドリーを中心に使うので、格闘しかできないフカノができることが少なかった。だが、一番の原因は、ケイトがフカノを同行させることに強行に反対したからである。
「ふう……」
女神の戦士を船から降ろした張本人ケイトは、海を見つめて溜息をついていた。彼女は、マイアやクトニオス、ヴィヴィオと共に後方の船に乗っている。航海は順調に進み、クラッケを超えたところだ。今までの目撃情報から分析すると、サメはこの先にいる。王国は、ここでサメを仕留めるつもりだ。
「ケイトさん、どうしました?」
ケイトが振り返ると、マイアが心配そうに近付いてくるところだった。
「別に。なんでもないわよ」
ケイトはニシンを抱えたマイアを邪険に追い払おうとする。
「ひょっとして、フカノさんがいないから不安なんですか?」
「なんでそうなるのよ」
「だって、フカノさんを外すように言ったのはケイトさんですし。それで何か責任を感じてるかも、って思ったんですけど」
「そんなわけないじゃない。やることのない病人に頼るようなマネをしたら、王国海軍の威信が地に落ちると思っただけよ」
"魔術百般"ディオメテウスは死亡、"旋風槍"ゲイルは一時負傷、"大海嘯"アウリアも、先日の魔王との戦いで手傷を負った。将軍が立て続けに倒れる事態は建国以来初めてで、民衆の間では魔王軍に負けるのではないかという不安が広がっている。
「この戦いは王国の力だけで行う必要があるの。……本当なら、貴方にも来てほしくなかったのよ」
「そう、ですか……」
ケイトにそう言われて、マイアは少しショックを受けた様子だった。彼女はトボトボと船の後方へと歩いていった。
ケイトは前方の海に視線を戻す。前を進む船団が騒がしい、やがて、敵の接近を知らせる鐘が鳴り響いた。敵。サメではない。前方に現れたのは、5隻の大型船と、無数の小型船で構成された魔王軍の船団だった。
「魔王軍だと!? 死んだんじゃなかったのか!?」
「おいおい、なんだあの数は……? 迎撃準備急げ!」
鐘の音を聞いたクトニオスは、前方を見てすぐに指示を出した。前方の船団も、サメ退治から魔王軍との海戦に切り替えている。
その時、1隻の船を赤い閃光が貫いた。閃光を受けた船には大穴が空き、そこから炎が噴き上がった。
「なんだ今のは!?」
クトニオスは閃光が飛んできた方向を見る。波間から突き出ているのは三角形の背びれ。彼には嫌というほど見覚えがあった。
「サメだあああああっ!?」
魔王軍と交戦する瞬間を狙って、サメが襲いかかってきた。ここにきてクトニオスは、ある話を信じざるを得なかった。
「まさか……魔王とサメは本当に協力していたのか!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます