第21話 スター・ジョーズ

「突っ込んでくるぞ!?」

「海上の部隊はどうしたぁ!」

「投石隊、前に出ろ! あの船を止めろ!」


 予定外の事態だった。陽動であるはずのアウリア船団が、港へと現れたのだ。

 海上に敵が現れることを事前に察知していた魔王軍は、これを迎撃するために、港内の軍船を出撃させていた。もちろん、陽動であることも知っている。そのため、少し離れた岬に船団を隠し、アウリアの退路を断つつもりであった。

 しかし、囮であるはずのアウリア船団は、逃げるどころか魔王軍の船の間をすり抜け、キルケオーに突撃してきた。


「放てーっ!」


 桟橋の上からゴブリンたちが石を放つが、船は止まらない。


「まずい、逃げろ、逃げろーっ!」


 ゴブリンたちが逃げる間もなく、船は桟橋に突撃、これを破壊した。続いて、船に乗っていた兵士たちが火矢を放つ。火矢は港の建物や荷物に突き刺さり、そこかしこで火の手が上がり始めた。


「火矢だとっ!?」

「自分たちの街だろうが!」


 キルケオーは、今は魔王軍に占領されているが、元はと言えばサルオル王国の領地である。そこに火を放つなど、魔王軍でも思いつかない暴挙であった。

 火矢を放った兵士たちは、弓を投げ捨て、剣や斧を持ち出し、船から飛び降りる。そして雄叫びを上げて守備兵に向かってきた。


「ド畜生が! 返り討ちにしてやるっ!」


 守備兵のワーウルフたちが、爪を構えて迎え撃つ。先頭を走る赤いシャツの女に、鋭い爪が振り下ろされる! だが、爪が届く前に、彼女の正拳突きがワーウルフの鳩尾に突き刺さっていた。ワーウルフの体が逆方向へ吹き飛ばされる。女は更に踏み込み、後続のワーウルフたちへ後ろ回し蹴り、裏拳、ボディーブローを流れるように叩き込む!


「なんだい、囮にされるっていうから覚悟してきてみたけど……」


 彼女の後ろで、ワーウルフたちが地面に倒れ伏した。


「ザマあないねえ。スッカスカじゃないの」


 サルオル三騎士、大海嘯のアウリアは、あざ笑うような溜息をついた。


「姐御、本当に大丈夫なんですかい?」


 斧を持った兵士が問いかける。


「夜明け前まで敵を引きつけるって約束だったのに、陸に上がったらまずいんじゃないですかね?」

「何言ってんのさ。囮ってのは派手にやるもんでしょう? 相手がこっちを見つけられないんだから、こうして見つけやすくした方がいいでしょうが」


 囮として出撃したアウリアだったが、ただ囮になるだけのつもりはまったく無かった。高速の別働隊を魔王軍の海上部隊に見つけさせ、それに気を取られている間に本隊を港へ突入させていた。闇夜であった上、魔王軍が水上戦に不慣れだったことも幸いし、アウリア本隊は海上の魔王軍にまったく気付かれずに港に入り込むことができた。

 ただし、アウリアはただ敵を撹乱するためだけに上陸したのではない。わざわざ部隊を二分してまで、キルケオーの街に入った理由。それは。


「野郎共、よく聞きなっ!」


 アウリアは拳を振り上げる。船から降りた兵士たちは、その声に耳を傾けた。


! 金銀財宝男女、好きなモノを好きなだけ、持っていっちまいな!」

「うおおおおっ!」


 兵士たち、いや、海賊たちが、略奪を告げる号令に、湧いた。



――



「野蛮人共めっ!」


 伝令からの報告を受けた魔王は、驚愕と焦燥に歯ぎしりした。


「テッサロス!」

「はっ!」


 背中に銀の羽飾りを付けたオークが進み出た。


「この場は貴様に任せる。奴らを城の牢に入れておけ」

「かしこまりました!」

「残りの者は余に続け! 港に入り込んだ敵を殲滅する!」


 魔王はフカノたちに背を向け、倉庫から出ていった。倉庫を取り囲んでいた軍勢も、それに続いて港に向かったようだ。周りを囲んでいた気配が遠のいていく。

 後に残されたのは、フカノたちと、それを捕らえようとするオークだけだった。


「よし……大人しくしろよ、お前ら。でないと、この銀羽飾りのテッサロス様の、大斧の餌食だかんな」


 テッサロスは手に持った斧をギラつかせて、フカノたちを威嚇する。そして、部下のオークたちが、縄を持ってフカノたちを取り囲む。

 すると、フカノが口を開いた。


「なあ、あんた。テッサロス、って言ったか?」

「おう。なんだよ?」

「あんた、知り合いにゴブリンがいないか? そんな感じの、羽飾り背負ってる奴」

「ひょっとして、アルゴロスのことか? 奴は俺の義兄弟よ」

「ああ、なるほど。俺も知ってる。あいつとあんた、どっちが強いんだ?」

「そりゃあ俺様よ! ……と言いたいところだが、互角なんだよな。30回勝負して、14勝14敗2分、ってところだ」

「なるほど、互角か……そうか」


 フカノの手に縄をかけようと、オークが近づく。その腕を、フカノは掴み返した。


「えっ?」

「だったら……」


 オークの腕を掴んだまま1回転、2回転。オークの体がハンマー投げの要領で浮き上がる。3回転目でフカノはオークを投げ飛ばした。飛んでいったオークはテッサロスに激突!


「ブギャアッ!?」

「だったら、楽勝ってことだな!」


 魔王には敵わないフカノだったが、オーク程度なら怯える必要はなかった。ましてや、初めてこの世界に来た時に戦って、余裕で蹴散らしたゴブリンと同じ程度の強さなら、負ける理由がない。


「てめえこの野郎!」


 別のオークが棍棒で殴りかかってくるが、フカノはこれを回避、すれ違いざまにボディーブローを叩き込む。更に後ろのオークに飛び膝蹴りをお見舞いする。


「クトニオスッ!」

「お、おうっ! お前ら、反撃だ!」


 フカノの声に、クトニオスも気を取り直し、兵士たちを鼓舞する。たちまち乱戦になった。不意を突かれたオークたちは、反撃もままならず兵士たちに叩きのめされる。


「貴様らぁ!」


 ようやく起き上がったテッサロスが、大斧を振り上げた。フカノはその手首に回し蹴りを放ち、大斧を弾き飛ばした。更に回転、2発目の回し蹴りで、テッサロスの腕を打つ。テッサロスの体勢が崩れる。そこに、ジャンプしながら3発目の回し蹴りを叩き込む!


「でりゃあっ!」

「ぐえっ!」


 頬骨を蹴り砕かれたテッサロスは、無様な悲鳴を上げて地面に転がった。残っているオークたちは、その有様を見て一目散に逃げ出していった。


「ヴァンダホー……」

「どうした、フカノ?」

「なんでもない。それより、どうする?」

「魔石だ。魔石を見つけないと、逃げるにも逃げられねえ」

「でもどこにあるんだ?」


 魔石を盗み出す作戦は筒抜けだった。この倉庫ではなく、どこか別の場所に移動させられているのだろう。しかし、どこにあるのか見当もつかない。

 だが、戸惑うフカノと違い、クトニオスはヒントを得ていた。


「多分……港だ」


 彼の視線は、カキが入った箱に注がれていた。



――



「あー、派手にやってんねえ、あっちは」


 燃え上がるキルケオーの街を眺めながら、アウリア船団の副官は呟いた。別働隊の指揮を任された彼であったが、心ここにあらず、といった様子であった。当然だ。こんなところで素人水軍の相手をするよりも、略奪に参加した方が実入りがずっと良いからだ。


「敵さん、ついてきてるかい?」

「はい、なんとか、って感じっすね」


 後方には、松明を掲げる魔王軍の船団が見える。彼らは今まで、副官に翻弄されっぱなしで、ロクに戦闘できていない。闇夜である上に、キルケオー周辺は潮の流れが強いため、操船がままならないからだ。おかげで副官は、魔王軍が自分たちを見失わないように、速度を緩めて気を遣う羽目になった。


「あ!」

「どうした?」

「敵軍、回頭を始めました! キルケオーに戻るみたいっす!」

「おやまあ」


 どうやら、後方の惨状に気付いた敵は、キルケオーに戻るつもりのようだ。


「おじさんもナメられたもんだねえ。全艦に通達、火矢の準備」


 当然、それを見逃す副官ではない。伝令係が松明を振ると、すべての船が向きを変え、魔王軍に向かっていく。艦隊は魔王軍の左翼を掠めるように進む。副官の目には、回頭中に懐に飛び込まれ、呆気にとられているオークの顔が見えた。


「撃ちなっ!」


 火矢が放たれ、敵の船に突き刺さった。あっという間に火は燃え広がり、船全体を包んでいく。50隻以上ある艦隊の、ほんの2、3隻しか燃えていないが、それでも魔王軍全体が動揺していることは明白だった。

 これで、別働隊を追いかけ直すようなら、逃げる。なおもキルケオーに帰ろうとするのなら、再度攻撃する。


「さあ、どちらにするかね?」


 敵艦隊の出方を副官がのんびりと伺っている、その時だった。


「兄貴! 前の海に、何かいる!」


 見張りの叫び。そちらを見ると、確かに巨大な何かが海の中にいた。暗くて見えづらいが、三角形の背びれが海面に突き出ている。


「ありゃあ……ひょっとして、サメって奴か?」


 副官はアウリアからサメの話を聞いていた。当然、その驚異も。


「どうします?」

「避けろ避けろ、俺らが束になっても敵わんぞ」


 副官の命令を受け、別働隊がサメを避け始めた、その時であった。

 サメが水面から顔を出し、口を開けた。その口の中が、淡い桜色に光っている。


「んん?」


 訝しむうちに、光は徐々に大きくなり、突如、一条の光線となって海を割いた。すぐ横を通り抜けた光線は空気を焼き、副官の肌に熱を与えた。


「ま……魔法か!?」


 もし、ここにフカノがいたならば、「ビームだ! サメがビームを撃った!」と言ったことだろう。しかし、異世界人はビームを知らない。そのため、サメが何かの魔法を使った、としか考えられなかった。どちらにせよ、予想外の脅威であることには変わりない。


「サメが魔法を使うなんて聞いてないぞ……逃げろ逃げろ! サメから離れろーっ!」


 別働隊は魔王軍への追撃を諦め、その場を離れることしかできなかった。

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