第22話 恐怖! ワニ男
キルケオーの街を襲う炎は、強風に煽られ、ますます勢いを増していた。更に、アウリア船団の兵士があちこちで略奪を働いているため、消火活動もままならない状態であった。
「ロットガルは市民の避難を急げ! ダンパン、南に侵入した敵を蹴散らせ!」
魔王は市庁舎前の広場に本陣を構えていた。炎が迫る中、魔王は的確に指示を出し、混乱を収めようとしている。
「陛下! ここは危険です、お下がりください!」
「構わん、火の手はまだ遠い!」
「しかし賊がどこにいるか……」
「このような夜襲をかける卑怯者が、余の本陣に来ると思うか?」
「吠えたなぁ、魔王!」
叫び声が彼女たちの頭上から降ってきた。
「何者!?」
「あそこだっ!」
兵士が指差した先は、市庁舎の屋上だった。燃え上がる黒煙と、赤く灼ける夜空を背に、女が立っている。
「貴様……サルオルの者か?」
「当然! あたしの名はアウリア! サルオル三騎士、
アウリアは手にした短剣を魔王へ突きつけた。
「ここで逢ったが百年目! 親父の仇、今こそ討たせてもらう!」
「サルオル三騎士……なるほど、あの海賊の娘か。顔を見るのは初めてだな」
アウリアの姿を認めた重装オーガ親衛隊が、魔王を守るように展開する。分散しているといっても、ここは魔王軍の本陣である。彼女を守る兵の数は多い。
「たった1人で余の軍の前に彷徨い出るとは。卑怯者ではないが、愚か者のようだな」
「誰が1人だって?」
「何?」
突然、市庁舎の窓から、人影が一斉に飛び出してきた!
「ヒャッハアアアァァァ!」
窓を破って現れたのは、アウリア配下の兵士たちである! 彼らは建物から建物へ放火と略奪を繰り返しているうちに、魔王の本陣を見つけた。そこで、煙と炎に紛れて市庁舎に潜入し、奇襲を仕掛けたのだ!
重装オーガ親衛隊は、現れた奇襲部隊と交戦を始める。その時、アウリアが屋根から跳んだ。
「この戦い、海神に奉るッ!」
アウリアは親衛隊を飛び越え、魔王の頭上を取った。そのまま落下、脳天めがけて短剣を振り下ろす! しかし魔王はアウリアから目を逸らしていなかった。手にした長剣でアウリアの短剣を受け止める。鋭い金属音が広場に鳴り響いた。
――
キルケオーの北の桟橋に、1隻の船が止まっていた。オークの大船だ。甲板上には、数人のオークたちが見張りについている。
「くあぁ……」
オークの1人が欠伸をした。
「おい、ちゃんとしろ」
「でもよお、敵が来ないんだぜ?」
火災は街の南側が中心だった。彼らがいる北側は、多少ざわめいてはいるものの、敵が来る気配はない。そのため、見張りのオークたちは存外暇であった。
「誰も来ないのに積荷の見張りだなんて、バカバカしくてやってられねえや」
「お前なあ、今、この街には魔王様が来てるんだぞ。もし今の話が聞こえてたら、死刑だぞ死刑!」
「そ、そうだな。魔王様に見つかったらやべえな……」
「空からドラゴンに乗って見てるかもしれねえぞ?」
思わず、オークは空を見上げた。当然何も飛んでいない。
「驚かせんじゃねえよこの野郎!」
「へへへ……」
ふと、オークは見張りの人数が1人足りないことに気付いた。よく見ると、見知った顔のオークがいない。
「おい、キザルムはどこに行った?」
「あれ? さっきまでそこにいたんだが」
オークは船縁の一点を指差す。当然、誰もいない。
「あのバカ、どっかでサボってんじゃねえだろうな」
「いや、あいつは真面目だからそんなはずは……」
「おい、探せ。魔王様に見つかったらただじゃすまねえぞ」
オークたちは船の上を探し始める。しかし、見張りオークの姿は影も形も見当たらない。
そのうち、オークの1人があることに気付いた。
「……おい、ベルメ?」
見張りがまた1人、姿を消していた。さっき、ドラゴンが空を飛んでいると脅かしていたオークだ。
「なんかおかしいぞ……」
「気をつけろ。2人1組になって行動しろ」
見張り長のオークが、船縁に立って指示を出す。
「いいか、怪しいやつを見つけたらすぐに声を」
そのオークの体が浮いた。
「を?」
そして、海に向かって放り出された。
「をおおおぉぉぉっ!?」
遠ざかる叫び声。そして水音。オークの見張り長を投げ落としたのは、水滴を垂らしながら甲板に上がってきた、正体不明の人影だった。
「なんだテメェは!?」
オークたちは武器を構えようとする。その前に人影が動いた。オークたちの真っ只中に踏み込み、殴り、蹴り、投げ飛ばす!
「うわあっ!?」
10人ほどいたオークたちは、全員、あっという間に船から叩き落とされた。残りが居ないことを確認すると、人影は船の外に向かって呼びかけた。
「よしっ、上がってこい!」
人影はフカノだった。彼の呼び声を受けて、隠れていたクトニオスたちが姿を現し、船に乗り込んでいく。
「すまねえ、フカノ」
「気にするな、余裕だった。それより魔石は?」
「多分、こっちだ」
フカノとクトニオスは階段を下り、船倉に入った。ロープや武器が乱雑に置かれている中に、1つ、頑丈そうな箱があった。開けてみると、透き通った緑色の石が詰め込まれていた。
「これが?」
「ああ、魔石だ。やっぱり港に隠してあったか」
港に魔石があると言い出したのはクトニオスだった。フカノは半信半疑だったが、他にできることもないので港に向かってみることにした。すると、1隻だけ残っている船を見つけたので、フカノが水に潜って船に近づき、見張りのオークを片付けた。そして乗り込んでみると、クトニオスの予想通り、魔石を見つけたというわけだ。
「でも、なんでここにあるってわかったんだ?」
魔石を手にとって、しげしげと眺めながらフカノが問う。
「さっき、カキが入った箱があっただろ? 他は山からの荷物なのに、あれだけ海の荷物だったじゃねえか。だから、あれの代わりにあの倉庫から港に何かが運ばれたんじゃないかって思ったんだよ」
「そしたら、港の倉庫とかにしまっておくものじゃないか? どうして船にあるってわかったんだ?」
「ああ、それはな、他の船は出撃してるのに、この船だけ残ってたからだよ。高級な魔石は、強い衝撃を受けると爆発するからな」
フカノの動きが止まった。手の中で弄んでいた魔石を握りしめると、そっと箱の中に戻した。
「そういうの……先に言ってくれ……」
「大丈夫だって。落としたぐらいじゃ爆発しねえよ。……あー、お前の力で本気でぶん殴ったら爆発するかもだけど」
「先に言ってくれよ!?」
思わぬ危険物を前にして、フカノは後ずさった。
「隊長! 準備ができました!」
甲板で出航準備をしていた兵士が声をかけてきた。クトニオスは船倉から外に出る。フカノもその後に続く。オークの大船は、クトニオスたちが使っていた船に比べると、非常に大きい。甲板がスカスカで、漕ぎ手が足りないように見える。
「動かせるのか?」
「勢いさえついちまえば、なんとかなる。お前ら、気合い入れろ! 生きるか死ぬかの瀬戸際だ、ここを乗り越えて、絶対に帰るぞ!」
「おおっ!」
「行くぞーっ! せーのっ!」
「せーのっ!」
「せーのっ!」
「せーのっ!」
兵士たちがオールを漕ぐと、船がほんの少し動いた。一度動けば、その後は漕いだ分だけ加速がつく。やがて船は、滑るように動き出した。
「よっしゃあ!」
「いいぞ、そのまま漕ぎ続けろ!」
「この後はどうする?」
「女神様とケイトさんたちを拾う!」
「……そういやそうだった!」
キルケオーの街の外では、マイアとケイト、それに十数名の兵士が脱出用の小舟と共に待機している。本当なら、魔石を奪って街を脱出した後、その船に乗って王都まで戻る予定だったのだが、魔王に作戦を見抜かれてすっかり忘れていた。彼女たちを回収しないと、敵地に取り残されてしまう。
「海岸沿いに船を走らせて、なんとか……」
「おい、待て! そこの船、止まれ!」
岸から怒鳴り声が聞こえた。見ると、松明を持ったリザードマンの群れが岸にいた。恐らく、魔王軍だろう。
「貴様ら、軍の者か!? 止まらんと撃つぞ!」
「まずい、体を低くしろ! 矢に当たるぞ!」
クトニオスたちは船縁に身を隠す。間もなく、数本の矢が飛んできたが、幸い当たることはなかった。船が止まらないと察したのか、群れのうち大柄な1人が海に飛び込んだ。そのまま、器用に泳いで船に近付いてくる。
「追いつかれるぞ!」
「1人だけだ、返り討ちにしてやる!」
クトニオスは甲板に落ちていたオークの槍を拾って意気込む。やがて、船尾から泳いだリザードマンが這い上がってきた。その体躯は船の上から見るよりも大きく見え、筋骨隆々としていた。その上、顔も普通のリザードマンとは違う。鳥のクチバシのように、顎が前に突き出ている。
「ワニ……?」
トカゲ男というよりワニ男だ。ワニ男は、フカノとクトニオスを睨み据えて、口を開いた。
「貴様ら……軍の者ではないな? さては、魔王様がおっしゃられていた、サルオルの盗賊か」
2人は返事をせず、顔を見合わせた。言い訳が通じる状況ではない。拳と槍を構えて、じりじりとワニ男の横に回り込む。ワニ男も、それで状況を察して、拳を構えた。ワニ男は、両腕に金属製の篭手を身に付けていた。
やがて、2人はワニ男を挟み込んだ。一言も漏らさず、2人と1人は機を窺う。
最初にクトニオスが動いた。ワニ男の顔に向け、槍を突き出す。しかしワニ男は体を反らしてそれを避け、逆に槍の柄を掴んだ。
「ぬうん!」
ワニ男は腕に力を込め、槍ごとクトニオスの体を投げ飛ばした。
「おっ、わあああっ!?」
叫び声が弧を描き、着水音。クトニオスが海に落ちた。
「クトニオスッ!」
フカノは彼の無事を確かめようとするが、そこにワニ男が立ちはだかる。彼を倒さなければ、クトニオスを助けることも、ここから無事に逃げ出すこともできない。フカノは諦めて拳を構えた。
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