第18話 ムラサメ海賊の娘
クラッケ。王都北方にある港街である。それほど大きい街ではない。しかし、今、サルオル王国で最も重要な街だ。なぜなら、北から攻めてくる魔王軍に対する最前線の街だからだ。
ケイト、マイア、クトニオス、そしてフカノは、今、このクラッケの街にいる。サメ退治に必要な魔石、それをキルケオーから奪還するためには、ここにいる騎士アウリアの力を借りなければならない。そこでケイトたちが王からの命令書を持って、クラッケを訪れることになった。
「そういや、さ」
アウリアの居場所へ向かいながら、フカノは前々から思っていたことを口にしてみた。
「人だけじゃなくて、他の神様の力を借りるっていうのは、できないのか?」
「他の神様?」
「そうそう。マイア以外にもいるだろう、神様?」
マイアは海の女神だ。海に関することは色々できるが、他のことはできない。裏を返せば、他のことができる神もいるということだ。例えば、この島を作った神や、人や動物を作った神もいるはずだ。そうした神の力を借りれば、サメ退治はもっとスムーズになるのではないか。フカノはそう考えていた。
ところが、マイアは首を横に振った。
「ええと……ごめんなさい。私以外に、この世界に神はいないんです」
「マジで!?」
思わぬ返答に、フカノは声が裏返ってしまった。
「神自体は沢山います。でも、この世界は創造神様から私が管理するように預かった世界なんです。他の神は他の世界を管理しています。だから、サメ退治に他の神の力を借りることはできないんです」
「そういう仕組みだったのか、この世界……」
思わぬところで世界の成り立ちを知ったフカノであった。もっとも、横で話を聞いているケイトやクトニオスは驚いていないので、この世界にでは常識なのかもしれない。
納得したところで、もう一つの疑問に思い当たる。
「うん? それじゃあ、その、創造神様ってのは力を貸してくれそうにないのか?」
神を作り出した神なら、他の世界に干渉もできるはずだ。ところがマイアは、またしても首を横に振った。
「いえ……私の方から創造神様に呼びかけても、答えが返ってきたことはないんです」
「反応してくれないのか」
「ええ。ですから、私と、この世界の力だけで、サメを退治しないといけないのです」
そう述べるマイアの目には、強い責任感が宿っていた。普段は外に見せないが、その肩にかかる責任は、相当重いものなのだろう。なにしろこの世界には、たった1人しか神様がいないからだ。
そう考えたところで、フカノはあることを思い出した。以前、イーリスの海岸で見たあの石像。マイア以外の神のものだと思っていたが、今の話を聞くと違う気がした。だが、あのデザインがただの像とも思えない。
「なあ、マイア。イーリスでさ……」
「着いたわよ」
フカノの問いかけは、ケイトの声によって遮られた。彼らはいつの間にか、大きな酒場の前に到着していた。ここにアウリアがいる。フカノたちは口を閉じて、酒場の扉をくぐった。
店の中は、沢山の客で溢れかえっていた。全員、屈強な男だ。恐らく船団の兵士なのだろう。
「親父ぃー! 酒ー!」
「それでな、俺はそいつにこう言ってやったんだよ」
「3枚交換だ」
店の中は騒々しい。目的のアウリアがどこにいるか、見当もつかない。ケイトは手近な兵士に声をかけた。
「ちょっと、貴方。王都からの使者なのだけど、騎士アウリアはどこにいるの?」
「王都からの? お疲れ様です! 団長なら、奥のソファにいますよ」
「わかったわ。ありがとう」
ヘレネを先頭に、一行は酒場の奥に進んでいく。すると、すれ違った兵士が声を上げた。
「あ、女神様!」
「本当だ! 女神様じゃないですか!」
「何ィ!?」
その声を聞きつけて、周りの兵士たちが群がってくる。
「お久しぶりですー!」
「ありがてえ、ありがてえ……!」
「ああ、どうも皆さん、こんにちは。はい、お魚です」
マイアも慣れた手付きでブリを生産し、兵士たちに配り始める。しかし、集まってくる人数は多い。大勢の兵士に囲まれて、フカノたちは動けなくなってしまった。
「あの、ちょっと、通してください……」
「フカノ、こっち」
ぐっと手を引っ張られて、フカノは人混みを抜け出した。引っ張ったのはケイトだった。
「もたもたしない」
「マイアはいいのか?」
「放っておけば、そのうち終わるわよ。先にこちらの用件を済ませましょう」
マイアを囲む船員たちを後にして、ケイトたちは先に進む。店の一番奥には、ソファがあり、その上にはマントを頭から被って寝ている人間がいた。
「これが?」
「そうね」
ケイトは遠慮なくマントを引き剥がした。
「起きなさい、アウリア」
「んあー?」
マントの下から現れたのは、癖っ毛の女性だった。黒髪黒眼、口の端からはよだれを垂らしている。寝起きだからか、かなりけだるげな表情だ。赤い長袖シャツは胸元をはだけていて、見事な胸の谷間が露わになっている。脚にはベージュのズボンを履いていて、それを留めるベルトには短剣が提げられていた。
「誰ぇ……?」
「王都監察官、ケイトよ。陛下からの指令を持ってきたわ」
ケイトは巻物を取り出した。
「これから、このフカノとクトニオスがキルケオーに潜入するわ。あなたは船団を率いてこれを援護しなさい。
作戦は、貴方が沖合で敵の注意を引きつけているうちに、フカノたちがキルケオーから物資を強奪する。そういう算段よ。無理に交戦はしなくていいから、程々のところで引き上げなさい。
詳しい内容はこの書簡に書いてあるわ」
ケイトは巻物をアウリアに差し出す。しかし、アウリアは受け取らない。
「……アウリア?」
俯いたアウリアの顔を、ケイトは覗き込んだ。
「くー」
寝ていた。
「起きろ!」
間近で叫んだケイトの叫びに、アウリアはビクッと肩を震わせた。あまりにも間抜けなその様子に、フカノは思わず呟いた。
「これ、ただの酔っぱらいじゃないのか?」
「いや……騎士なんだよ……一応」
隣のクトニオスは、肩を落としてうなだれながら、彼女の成り立ちを説明し始めた。
――大海嘯のアウリア。旋風槍のゲイル、魔術百般のディオメテウスと並ぶ、サルオル三騎士の1人である。彼女は父親の跡を継いで騎士になった。アウリアの父親は元々海賊で、近海の海でも名の知られる猛者だった。
王都と魔王軍との戦いが始まると、彼は王国に自らの海賊団を売り込みに行った。戦争で交易船が少なくなると、海賊商売が成り立たなくなるから、その前に自分たちを高く買い取ってもらおうという目論見だったようだ。
彼を受け入れるかどうか王宮では散々揉めたが、結局、目の前の戦争のために必要な戦力を見逃すことはできず、多額の報酬と騎士の立場を与えて、アウリアの父親を雇い入れた。
ところが、その父親は魔王軍との戦いであっさりと戦死してしまった。元は海賊だった船団をまとめられる人間はどこにもいなかった。ただ一人、彼の娘であるアウリアを除いては。
「それで、アウリアさんが騎士になったってわけだ」
「いろいろ大丈夫なのか、それ」
「わからねえ」
クトニオスがそんな解説をしている間に、ケイトの作戦説明は3週目に突入していた。ここになってアウリアはようやく目が覚めたようだ。ケイトの言葉にうなずいて、相槌を打つようになった。
「とにかく協力しなさい!」
「あー、だいたいわかった。それで、誰を乗せればいいの?」
「乗せるんじゃなくて援護よ。彼らがキルケオーに入るの」
そこで初めて、アウリアの目がフカノとクトニオスを見た。アウリアは、疑うような、あるいは値踏みするような目でフカノたちをジロジロ見ると、言った。
「やらない」
思わぬ返事に、一瞬、ケイトの動きが止まった。
「な……何言ってるの!? これは命令よ!?」
「だって、見るからに貧弱そうじゃん、その子たち」
ケイトの抗義に対して、アウリアは平然と言い放つ。
「そんな子たちがキルケオーに潜入なんてできっこないし。ましてや、魔石を取ってくる? 無理でしょ、無理無理」
「バカにしてくれるわね。言っておくけど、魔法なんかに頼ってる貴方よりも、ずっと強いわよ?」
「……あ?」
アウリアの声が低くなった。
「あたしよりも、こんなモヤシが強いって?」
「ええ」
アウリアはフカノとクトニオスをしばらく睨みつけてから口を開いた。
「あんた、あたしと勝負しなさい」
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