第17話 ダブルのジョーズは二度死ぬ
サメの死体は見つからなかった。どうやら、銛を受けながらも泳いで逃げていったらしい。
「あれを受けても胴体が千切れ飛ばないとは、驚いたぞ」
ヘレネが持つボウガン・アドリーは、硬い岩盤に銛を撃ち込むためのものだ。動物や人間に撃ち込んだら、普通は胴体が破裂する。そんなものを受けてなお、原型を留めていたサメの耐久力は驚くべきものだ。しかし、驚かされるのはもう終わりだ。腹に銛が刺さった以上、もう助からないだろう。
サメの捜索が打ち切られた後、村では被害者の弔いと、壊された家の後片付けが始まった。フカノたちもそれを手伝うことになった。
「しかし、どうしてサメはここまで追いかけてきたんだ?」
木材を片付けながらフカノは呟く。サメがわざわざフカノたちを狙ってきたことを、彼はずっと不思議に思っていた。サメが食べる魚は、海のほうがずっと多い。いくら川や土の中を泳げるといっても、こんな山の中にまで来る理由はないはずだ。
フカノの疑問に答えたのは、一緒に瓦礫を片付けていた、エルフのメニングだった。
「きっと、お主らを食いかけのエサだと思ってたんじゃろ」
「食いかけの、エサ?」
「山の獣は、食いかけのエサを奪い取ると、どこまでも追ってくるんじゃ。お主ら、あのサメに一度会ってるんじゃろ? それで、お主らを食いかけのエサだと思ってここまで追いかけてきたんじゃないかのう」
「食べかけって、ひょっとして私の……」
「俺だ」
マイアの口を遮って、フカノは言った。
「何しろ一度殴り合ってるからな。きっと、俺を追ってきたんだろう。……すまない、こんなことに巻き込んじまって」
少なくない死者が出た。壊された家の中に泊まってた兵士が6人、エルフたちに至っては20人以上が死んだ。怪我人はもっと多い。恨まれるだろう、とフカノは思った。
「何を謝る必要がある? 矢も刀も通じない、異世界の化物を相手にできたんだ。これほど名誉な死に方はないだろう?」
ところが、エルフたちはほとんど気にしていなかった。簡単な葬式は挙げていたが、仲間が死んだことを特に悲観してもいなかった。それどころが、夜には宴会をあげようという話まで上がっていた。フカノもサメ退治の立役者ということで呼ばれていたが、流石に参加する気にはならなかった。そもそも、彼らは王都に向かう身なのだ。サメはもう倒したとはいえ、無駄な時間を使う訳にはいかない。
「おーい、フカノさん! ちょっと見てくれーっ!」
フカノが顔を上げると、エルフの1人が千切れた上半身を抱えてこちらに向かってくるところだった。上半身は、人間やエルフのものではない。人形だ。最初にサメに襲われた、ヴィヴィオの遺骸だった。彼も犠牲者の一人だ。エルフの村を実際に見れて、あれだけ喜んでいたのに、フカノの前でサメに食われてしまった。悲しさと申し訳無さに、フカノは顔を伏せた。
「フカノ!」
ヴィヴィオが喋った。
「うえぇっ!?」
「よくやった! あのサメに一撃をくれてやるとはな! しっかり見ていたぞ!」
「いや、あの……無事なんですか!?」
「ああ。もう少しで泥に浸かるところだったが、なんとかなった」
ヴィヴィオの上半身は、巻物をしっかりと握りしめていた。すっかり忘れていたが、ヴィヴィオの本体は人形ではなく、あの巻物だった。
「サメを退治する策も考えてはいたが……無駄になってしまったな! ハッハッハッ!」
呆気にとられるフカノの前で、ヴィヴィオは楽しそうに高笑いをあげるのであった。
――
片付けの後、フカノたちは大勢のエルフに見送られてエルフの村を旅立った。それから、盗賊や魔王軍に襲われることも、もちろんサメに襲われることもなく、フカノたちの旅は順調に続き、無事に王都に辿り着いた。
およそ一週間ぶりに帰ってきた王都は、以前見た時よりも、少し活気が失われたように見えた。サメ対策で船の出入りを制限しているので、それも当然かもしれない。早く吉報を持っていかなければ、とフカノは思った。
彼らが王宮に辿り着くと、すぐに謁見の間に通された。久しぶりに見る国王の顔は、少しやつれたように見えた。
「陛下、サメ調査隊、ただいま帰還いたしました」
代表として喋るのは、王族であり、この旅の名目上のリーダーであるケイトだ。
「おお……ケイトよ、よく戻った。女神様も、皆、無事で何よりだ」
「既に報告を受けていると思いますが、4日前、我々はエルフの村でサメと戦闘しました。その際、サメに重症を与えました。死体はまだ見つかっていませんが、今後、サメの被害は無くなるでしょう」
「うむ。そのことなのだがな……」
国王は、サメの撃退を聞いてもまるで喜ばない。それどころが、思わぬことを口走った。
「3日前、ゲイルがサメと戦い、重傷を追っているのだ」
「そんなバカな!?」
思わずフカノは声を上げてしまった。そんな事は有り得ない。
「確かに見たんです! サメの腹を銛で撃ち抜いたのを!」
「だが現に、ゲイルのガレー船が3隻、サメと戦い、2隻が沈んでいる」
「それでもおかしいでしょう!? 1日で森から海まで戻って、怪我したまま船を沈めるなんて、サメ映画じゃあるまいし!」
そう口にしてから、フカノはある事に気付いた。
「サメ映画だ」
「なに?」
兄に見せられた様々なサメ映画。その中で、よく見たお約束。
「サメは、2匹いたんだ」
――
フカノが兄に見せられた数々のサメ映画の中には、いくつかのお約束がある。水着の美女は食われる。海祭りを無理矢理開こうとすると大惨事になる。銃は当てにならない。サメが2匹いるというのも、一番最初のサメ映画から使われているお約束の1つだ。この世界にもサメが2匹いると考えれば、神出鬼没のサメの行動にも納得がいく。なぜサメが2匹もいるのかという謎は残るが、推理は退治してからすればよい。
そういう訳で、サルオル王宮では緊急サメ対策会議が開かれた。サメをどうにかする作戦は、下半身をサメに食われたヴィヴィオが練っていた。
「現時点で、我々がサメに対抗できる武器はただ1つ。ヘレネ氏の銛撃機、アドリーだけです。そこで、これを王国の工廠を総動員して量産します」
緊急サメ対策会議に参加するのは、国王、ヴィヴィオ、マイア、ケイト、クトニオス、ヘレネ、そしてフカノだ。更にゲイルの副官や、王宮の大臣など、多数の人間が参加している。
「銛にはロープを結びつけ、船とつなぎます。銛が刺されば、船がサメに引っ張られる」
「クジラ漁と似たようなものですか?」
クトニオスの問いに、ヴィヴィオは頷いた。
「ああ。ただ、クジラ漁はクジラを逃さないことが目的だが、今回は相手に船を引っ張らせて、体力を消耗させるのが目的だ。
では次に、ヘレネ殿。アドリーを作成するには、どれだけの材料が必要ですか?」
ヘレネが立ち上がる。彼女は道案内の報酬をもらいに来ていたのだが、サメに唯一対抗できる武器を作った発明家ということで、この会議に参加させられていた。
「まず、銛の長さは1ペーキュス。クリュソニス産の鋼を使ってください。次に、銛を支える軸として、3ペーキュス以上の杉を。最後に、発射機構に60エーテラ以上の魔石が必要です。この魔石で衝撃を起こし、銛を発射します」
聞き慣れない単語がいくつか出てきた。フカノは隣のマイアにささやく。
「なあ、女神様。ペーキュスとか、エーテラとかって、なんだ?」
「あれ、翻訳されてませんか?」
「ああ」
「単位は上手く伝わらないんでしょうか……ええっと、ペーキュスは長さの単位です。指先から肘までが1ペーキュスですね」
フカノは自分の腕を使って、3ペーキュスを作ってみた。
「結構長いな」
「ええ。それで、エーテラっていうのは、魔石に含まれている魔力の単位です」
「60エーテラっていうと、高いのか?」
「高いです、はい」
「この銛撃機を少なくとも30基用意、3隻の船に10基ずつ用意します。そしてサメを誘い込み……」
「集中砲火、という訳か」
国王は、ヴィヴィオの作戦の趣旨をすぐに理解したようだ。
「問題は、その……アドリー、だったか? その材料だ。大臣、物資は十分かね?」
大臣と呼ばれた、太った男が顎に手を当てて考え込む。
「杉は十分あります。鋼も、クリュソニスから買い付ければ用意できるでしょう。ただ……問題は魔石です」
「やはりか」
どうやら、60エーテラの魔石というものは相当に貴重らしい。
「王都中に供出令を出して、それでも集まるかどうか……」
「あの、すみません」
そんな中、クトニオスが手を挙げた。
「何だね? 発言を許可する」
「ありがとうございます。王都に魔石が無いなら、他の街から持ってくればいいと思います。私が聞いた話だと、キルケオーの街には、山から運んできた大量の魔石が保管されていると聞きました。そこから持ってくれば良いのではないでしょうか?」
「……キルケオーだと? 何を言っている。あそこは魔王軍に占領されているではないか」
「ええ、ですから」
クトニオスは拳を握りしめた。
「盗んでくるんです。そのためには、アウリア船団の力が、どうしても必要です」
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