第14話 クローザー・フィールド -YABUSAME-

 鬱蒼と茂る森。日本でも、これほどの密林は中々見当たらない。修学旅行で訪れた、日光の山よりもずっと深い。森の中を歩きながら、フカノはそんな事を考えていた。

 今、フカノたちサメ調査隊は、エルフの森へと向かっている。船が壊されたので、王都まで陸路で進むことになったのだ。ただし、ハーピーのリンネルは空を飛べるので、先行して王都に向かい、イーリスの事件を知らせに行ってもらっている。

 先頭を歩くのは、イーリスの海岸で出会ったヘレネだ。フカノと偶然知り合ったこのエルフは、この先のエルフの村が故郷らしい。そこで、エルフの森を安全に抜けられるように、案内を頼むことになった。幸い、ケイトが高額な報酬を約束したので、ヘレネは道案内を快く引き受けてくれた。

 安全は確保されたが、しかし、一行の足取りは重い。


「なあ、一体何日歩けばいいんだ?」

「森を抜けるまでに3日、そこから歩いてもう3日だ。先は長いぞ」

「船だったらあっという間だってのによ……」


 兵士たちはたびたび愚痴っている。クトニオスは、初めは兵士たちをたしなめていたが、午後になってからは言うがままにさせていた。船旅に慣れている彼らにとって、森の中を歩くというのは気が滅入ることのようだ。

 フカノは頭上を見上げる。鬱蒼と茂る森の中では、陽の光はあまり入ってこない。ただ、昼に休憩を取った時よりも暗くなっているような気がした。日が傾いているのかもしれない。


「ヘレネさん、そろそろ村に着くんじゃないですか?」

「……そうだな、見えたぞ。入り口だ」


 その言葉に、一同は顔を上げた。そして、先にあるものを見て絶句した。

 道の先は広場になっており、その奥には行く手を阻むように何本もの杭が突き立てられていた。それも、ただの杭ではない。先端に頭蓋骨や生首が突き刺されている。中には今朝方殺されたかのような、新鮮な生首まで混じっている。腐りかけた目玉や虚ろな眼窩が、フカノたちをじっと睨みつけていた。


「ひえっ」

「あわわ……」

「なんだよ、これ……」


 口々に呻くフカノたち。中には、吐いている兵士もいる。彼らを差し置いて、ヘレネは平然と呟いた。


「まったく。久しぶりに来たけど、ここは変わっていないな」


 まるで、故郷に久しぶりに帰ってきたかのような口調だった。


「え、いつもこんな感じなんですか?」

「ああ。それじゃあ、私は先に行って、村長に話をしてくる。私が戻るまでは、絶対にこの場を離れるんじゃないぞ?」


 ヘレネはフカノたちに念押しして、杭を越えて森の奥へと歩いていった。誰も、彼女の忠告を破って動こうなどとは思わなかった。


「なあ、クトニオス」

「なんだ?」

「ヘレネさんって、エルフだよな?」

「ああ」

「エルフって、森の中に住んでて、弓が使えて、みんな美形の種族だよな?」

「ああ」

「じゃあ、なんでこんなことになってんだ?」


 フカノは眼前の晒し首たちを指差した。


「いや、そりゃあ……エルフだし?」

「いやいや。これ、どう考えたってエルフの仕業じゃないでしょ。晒し首とか時代劇じゃないんだからさ」

「えー、いや、でも結構有名だぞ? エルフの晒し首」

「えっ」

「エルフの村の入り口には、侵入者の首を晒しておくって。まあ、実物を見たのは初めてなんだが……」

「ああ、俺だって、それぐらいは聞いたことありますぜ」


 横で話を聞いていた兵士たちも、会話に加わってくる。


「そうそう。夜遅くまで起きてると、エルフに攫われるって、お袋によく言われたなあ」

「俺はエルフの傭兵に会ったぞ。魔王軍の騎士に飛びかかって、ナイフで首を切り落としてた」

「それは嘘だろ。でも、弓でコボルトを2人まとめてぶち抜いた奴なら、見たことあるぞ」

「そっちの方が嘘なんじゃねえのか!?」


 エルフのとんでもない話がどんどん出てくる。どうやら、この世界のエルフは一筋縄ではいかない、危険な人たちのようだ。思えばフカノも、ヘレネと初めて会った時は、背中からボウガンを突きつけられていた。エルフは全員、そうなのかもしれない。

 そうしてしばらく、本当か嘘かわからないエルフの噂を話していると、ヘレネが杭の向こうから戻ってきた。


「あ、ヘレネさん。どうでした?」

「ああ。問題あらへん」

「えっ?」


 酷い訛りが聞こえた。ヘレネは途端に真っ赤になって、咳払いし、言い直す。


「……問題ない。進んでいいぞ」

「あの、今のは」

「聞くな!」

「はい」


 フカノたちは立ち上がる。すると、ヘレネが周りの藪に向けて言った。


「それと、メニング! いつまでも隠れてないで出てきたらどうだ?」


 すると、ガサガサと音を立て、藪の中から人影が姿を表した。弓を持ったエルフたちだ。


「隠れるとは人聞き悪い。ワシらは見張っとっただけやで?」

「私たちは普通にしてても、人間は気付けないんだ。それぐらいわかっているだろう?」

「まあな」


 とても近くに居たのに、フカノたちは誰一人として彼らの存在に気が付かなかった。恐るべき森の狩人たちである。もしもフカノたちが怪しげな行動を見せていたら、あのエルフたちの矢で、一瞬にして全員ハリネズミにされていただろう。


「驚かせてすまない。村まで案内する、ついてきてくれ」


 エルフたちに案内され、フカノたちは杭を越えて村へと向かう。その途中、メニングが話しかけてきた。


「おうい、さっき、コボルト2枚抜きしたとか言ってた奴ー?」

「はいっ!?」


 噂話をしっかり聞かれていた兵士は震え上がる。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけどよ」

「た、食べないでくださーい!」

「いや、食べねえよ。それより、さっき言ってたエルフは、どんな格好してた?」

「か、格好? ええと、バカでかい弓を持って、背中に旗を背負ってて……」

「旗はどんな染め方だったか?」

「染め方? 確か、青と白の縦縞だったと思いますけど……」

「ベルキだ!」


 別のエルフが叫んだ。


「間違いねえ、ベルキだ! 三つ又木のベルキだ!」

「あの野郎、外でヨロシクやってやがった!」


 エルフたちは喝采を上げる。どうやら、兵士が出会ったエルフは、彼らの知り合いらしい。


「良い知らせを持ってきてくれた! あとで旨い酒を奢ってやる!」

「はは……どうも……」


 エルフに肩を叩かれた兵士の笑顔は引きつっていた。



――



「おいおい、どういうことだよ……」


 エルフの村に辿り着いたフカノは、信じられない光景を目にして、呆然と立ち尽くしていた。

 エルフの村は山間に流れる川沿いにあった。木々が生い茂る森の中で、村の周りだけは切り開かれ、畑や牧場が作られている。ところどころに残されている大木の下には木造の家があり、それがエルフの家だということは想像がついた。

 だが、フカノが驚いたのはそんなありきたりな点ではない。彼が驚いたのは、初めて見るエルフの村なのに、あまりにも既視感がありすぎることだった。


「田んぼじゃん……」


 エルフの村には、青々とした水田が広がっていた。ここが日本かと見紛うほどの、見事な水田だ。フカノはまるで、日本に帰ってきたかのような錯覚に陥っていた。


「ほう、タンボを知っているのか?」


 既視感に立ち尽くすフカノに、ヴィヴィオが話しかけた。


「人間やゴブリンといった人々は小麦や豆を食べるが、エルフはタンボでコメを作って食べるそうだ。書物では見たことがあるが、こうしてタンボを目の当たりにするのは初めてだ」


 日本の田舎ならどこでも見れそうな景色を前にして、ヴィヴィオは感嘆の声を上げていた。



――



「すげえ……」


 夜になると、今度はフカノが感嘆の声を上げることになった。予定通り、村に泊まることになったのだが、そこで出された食事がいい意味で予想を裏切るものだったからだ。

 今晩の食事は、お椀一杯の米に、鶏肉と野菜のスープ、マイアが出したサンマの塩焼き、ほうれん草のおひたし、数種類の果物、以上だ。味噌汁がないのが惜しいが、おおむね、懐かしい日本の食卓であった。


「いただきます」


 挨拶もそこそこに、フカノは夕食をもそもそと食べ始めた。何しろ、転生してからこの方、パンと魚ばかり食べていたのだ。米は一種のご馳走だった。毎日食べていた魚も、米と一緒に食べると一味違う気がした。流石に、日本のものと比べるとパサパサしているし、甘みも薄いが、この際贅沢は言わない。存分に米を頬張る。


「ああ、フカノ。ほうれん草には、これを使ってくれ」


 ヘレネは注ぎ口のついた小瓶を差し出した。


「これは?」

「ガルムだ。しょっぱいから、少しかけるだけでいい」


 言われるがままに小瓶を傾けると、黒い液体が流れ出た。それからほうれん草のおひたしを口に含む。濃厚な塩味とうま味が口の中に広がる。まるで醤油だ。


「うまい」


 心の底から、自然と声が染み出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る