第25話 子連れ

 夕暮れの、赤く染まる、この道を、二人の足が、音鳴らす。

 決して揃ってはいないバラバラとした音の鳴り方だった。

 この二人は兄弟で、ちょっと背が隣より高いのが兄、その逆が弟となる。

 そろそろ誕生日だったような気もした。

 病弱な弟の手をしっかりと握っているつもりでも、兄の方が足が速いし、歩幅もちょっとばかし大きい。

 もう少し緩めてやればいいのだが、幼い二人にそういう配慮は中々思い付けないわけで。

 おのれが通る何時もの通学路を横断していくルートで、毎日ではないにしてもよく見掛けたのだから、大体中学が授業や部活を終えて帰る頃の時間帯ばかりを歩いているらしい。

 この当時は己とは何の関係でもなかったが、後で会った時にはなるほどと思わされた。

 道理で顔も雰囲気も似ているわけだ、と。

 弟の方は、今は何か病気と戦っているなんて話を兄の方からなんとなくだけ伝えられたが、気の利く言葉なんて思い付けなかった己はただありがちな応援の声を入れておいた。

 そんな兄弟の体験話だが、一応許可も二言返事だったが貰えたから話させて貰うとする。

 いつものルートで歩いて、また、同じように折り返し地点でクルリと向きを変えては家へと戻る。

 そんなちょっとした散歩を始めたのは、父のせいだった。

 一緒に散歩へ行こう、なんて誘われて三人で初めて散歩をして通ったルートがそれだ。

 たった一度通った、いや、往復しただけなのに何故よく覚えているかは、その父のせいだ。

 折り返し地点から、家までの間でいつの間にか手をしっかりと繋いでいたはずの父の姿がないのだ。

 その父を探してずっと折り返し地点になると泣き出す弟の手を繋いだまま繰り返し繰り返し散歩を続けているのだという。

 ある雨の降った後の夕暮れ、濡れた地面をじゃりじゃりと土の音を鳴らしながら歩いていると、フッと片手の感覚が薄れた気がした。

 隣を見ると、弟の姿がなかった。

 さっきまで、ついさっきまで、この手でしっかりと握っていたはずの手も残っていないし、本当に今さっきまで、居たのだ。

 それは折り返し地点を過ぎて家へと帰るまでのまだまだ途中。

 ポツンと一人が取り残されて、不安になって、怖くなって、弟を呼んだ。

 それでも、返事は来なかった。

 一瞬にしていなくなった弟も父も、決してそういったイタズラをするような性格でもないらしく、今までもまったくイタズラのようなことはされたことがない。

 だから、イタズラなわけがないという確信で、探した。

 あぁ、あるはずのない彼岸花が咲いている。

 ちょっと遠くを見れば、何かが列を成して進んでいく。

 彼岸花の向こう側を、その場から眺めていた。

 先頭には、大きな黒っぽい、服でいうならスーツかもしれないし、何かそんな色をした緩い私服なのかもしれない。

 いいや、あれは人なんだ。

 父と同じ眼鏡をしているように見えるから、そして大きいので、男の人なんだということがわかった。

 そうなると、その後ろをちょこちょことついていくのが、子供になる。

 明らかに小さいから、きっと自分と同じくらいの子供だ。

 花を持って、チロチロと歩いている。

 その最後尾で、真っ赤な花を持った自分より少し小さな子供がいた。

 あれは、、、弟だった。

 それがわかった瞬間走った。

 彼岸花を踏み潰して、土を蹴って走った。

 名前を何度も呼んで、弟に向かって走った。

 弟の手を掴んで強引に、折り返しで逃げるようにまた走った。

 弟が転けそうになるのにも、気付かなかったから、転けてしまっても止まる余裕なんてなくて、そのまま引きずるようにして走った。

 この手だけは離さない、と強く強く握って。

 後ろから、鬼のように先頭にいた男の人が追ってきている。

 家に、つくまでに捕まえられたらおしまいなんだと思っていたから、泣きながら走った。

 気が付くと、転けて膝から血を出し、引きずられて擦り傷や痣を作った弟と、泣いてぐちゃぐちゃの顔をした兄の二人だけが、彼岸花のない道を走るのでもなく歩いていた。

 疲れてしまって、走れなくなったのだった。

 それでももう、後ろからは何も来ない。

 弟の持っていた花は、消えていたし、あるはずもない彼岸花もなかった。

 弟は珍しく泣かないで、こんなことを言うのだ。

「お父さん、居たよ。皆も居たよ」

 弟の言う皆というのは、何かしらの原因、例えば災害で、事故で死んだ友達や知らない子供のことを言っていたらしい。

 兄はそこでやっとわかった。

 弟は、死にかけていて、自分が連れ戻したんだと。

 そして、父はもう、探しても帰っては来ないと。

 それからというもの、弟がもう一度というのにも断っておいて、それと行かせないようにして、その散歩はもうしなくなった。

 それから何年か経ってから、母に聞いてみた。

 すると、父はその当時にはもう既に死んでいたのだから、一緒に散歩なんてしてないはずだから、夢なのではないかという。

 何故、この兄弟は父の死を知らなかったんだろうか?

 あれは一体なんだったのか。

 一緒に散歩に言ったのは、父の霊だったのか、それとも?

 その答えは未だにわかっていない。

 けど、己の通学路には、真っ赤な彼岸花ではなく、真っ白な彼岸花が二輪咲いている。

 さて、兄が目にした彼岸花が赤か白か。

 これなのか。

 もしそうなら、雨の後の彼岸花の向こう側には、死んだ列が歩いていくのが見えるかもしれない。

 貴方の道には彼岸花はあるだろうか?

 さて、弟が死にかけていた理由は?

 何故、彼岸花なのだろうか?

 それは兄弟にも己にも知ることは出来ない。

 子を連れて行く理由も、わからないままに。

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