第24話 秘密

 床に背中を付けた人間一人。

 首には両手が置いてある。

 その両手の持ち主は、顔を歪ませていた。

 なんの感情を浮かべているのか、外野のおのれは予想して問わないのがその場で生き残る方法となった。

 いや、この場にいるのはまだガキが指で数える程でもない数だけ。

 その親指が喉仏を潰して締めていく。

 息が出来ずに苦しみながら、痛いんだろうそのいた両手で抵抗している。

 寒い部屋だった。

 夜に、扉一枚の向こう側を覗いて己は睨んでいた。

 見つかればその時は生き残れても、次はないとわかっていた。

 見つからなければ、己が明かさない限り次は何度でも来るだろう。

 恐怖が浮かぶよりも、緊張が走った手は震えるわけでもなく床に置かれているし、逃げる準備はしていなかったけれど、なんとなく面白い気がしていた。

 ここで、このまま殺すのか。

 このまま己は見殺すのか。

 どちらも悪いが、被害者の人間の非はゼロでもない。

 殺される程の何かを持っていたのだとしたら?

 己はそれを知れない。

 ただ、殺意が浮かぶ前の声くらい、己の耳には既に入り込み、記憶されていた。

 声を入れ込んだのは、彼方である。

 己は背後に気配を感じ、床から後ろを伺った。

 明かりがついているのだから、背後に居れば影は当然己の近くに落とされる予定になる。

 己の影が、部屋へ入らないようには、注意はしていたが背後の影が部屋に入ることは、どうにも出来ないだろう。

 そこには誰にも居なかったし、勿論影がそこではないところに落ちていただけかもしれない。

 己はそれを話す相手はいない予定で、それを聞く予定もなかった。

 それを目撃してでも生き残れたのは、バレた相手がなんとも面白味のある謎を抱えていたからだろう。

 幼い己でも、脳ミソがわかっているのだからその人間らしくもない人間に、人差し指を立てられたなら今の今までは約束を残していた。

 本当に消えたから、二度はないそれをわかったから、己は今思い出しつつ語ろう。

 気配だけがいつまでも、そこにあった。

 己はその気配が頭のなかで一致した時、扉をちょっとの隙間を見せたままにして、立ち上がった。

 ぼんやりと、床の冷たさが足裏だけに伝わった冬の廊下を、気配を通り抜けて歩いたけれど、どうやって自室に戻ったかはわからない。

 何故って、そもそもそこには自室は存在しない。

 ならば、己は何処の扉を開いて覗いていたのか。

 外を歩いた記憶はなくても、気配の存在は一致したままその声で話を始めた。

 それが、己に残ったものだから、語る。

 息をすることも出来なくなって、死んだんだと思われたその首を切り落としたのは言うまでもない。

 それを何処に埋めたか、誰にも言うわけがない。

 いつの記憶になるのか。

 とても面白いと言うから、己はきっと同じ脳ミソを持っていた。

 気配が消えたわけじゃなく、存在が消えたから、中身はきっとここにあるのだろうから、思いだそうとすれば語れるだろう。

 手紙を持って、殺したはずが現れる。

 そこでこう言うのだと言う。

「なるほどな。ということは、彼処で埋まってんのはどこぞの野郎か」

 この反応が大層気に食わない。

 そうだろう?

 それが答えかと。

「来い」

「嫌だ」

「来い」

「もう痛いのは、苦しいのは嫌だ。だから、行かない。」

 その会話がトントン、と進んだ。

 そしてピタリと止まるのだ。

「それは何だ。」

「お前がついこの前したことだろう?この首に」

 その一言ずつが静かな部屋に流れていったのだという。

 己はそこへ帰ることは出来ずに、探し回ったというのに、どうやら意識的には行き着けも帰りも出来ない場所ときた。

 ならば、いつに土産を持って行けるのか。

 最早もはやどちらも白い息を吐こうともしないだろう。

「来い」

 何度も同じ言葉を聞いて、仕方なく近くにいった。

 首に添えられる手が、再び締め付けるのなら親指を切ってやろうかと考えたといった。

 己も、それが丁度良いと思う。

 頷けば続きが入り込まれた。

「確かに痕があるな。」

「当然だろう?」

 堪えきれなくなって、抑えた笑い声を静かだった部屋にいくつか投げた。

 そして、その首を触る手を払いのけて手紙を渡すと、扉を開けて手をヒラヒラと振る。

 もう、帰るんだというサインみたいなんじゃなかろうか。

「俺が彼処に埋めたんだ」

「知ってる」

「彼処には、何が埋まってる?」

「秘密」

 それが最後の二人の会話となったのだった。

 その顔は酷く青ざめていて、己はとても面白く感じた。

 そう、知りたいのならば掘り起こせ。

 証拠はこの首に残っているのだ。

 それでも、何故此処にある?

 それを知りたかったら掘り起こせ。

 秘密だと言う本人の、首が残っていたのなら手紙の主はなんと言うか。

 返事には、それについては書かなかったようで、主は何も言ってこなかった。

 何せ、手紙の主はそれがあったとは一からも知らない。

 己だけが知っている。

 しかし、秘密となれば守ろうか。

 場所くらい、自分が埋められたんだからわかるものだから掘り起こしたきゃそうすればいい。

 ある山の、大きな大木の下で、今でも綺麗な花が咲いている。

 その花とは真逆の木の下には、きっとまだ、掘り起こされずに残っているはずだ。

 何せ、そう言うのだから。

 誰も踏みつけもしないから、少々暇で、飽きてくる、と。

 近くで祭りがあったようだ。

 花火も盛大に上がったようだ。

 神輿は見えない位置だから、そもそもそれが担がれたのか知らないが。

 とても声がやけに楽しそうに聞こえてくる。

 己と気配の影は、部屋に入ることはなかった。

 首が穴のなかに放り込まれた時、影はいくつ落ちていた?

 それを見落とすな。

 掘り起こす時、その穴に落ちる影が貴方だけではないのなら、そこにいるはずのない影まで落ちていたのなら、きっと正解だったんだろう。

 其処には何が埋められていた?

 余計な悲鳴は上げなくて済むかもしれないが、代わりに何かが口から飛び出すぞ。

 それが、何って?

 それは、貴方次第。

 何が埋まっているのか、それは見てから己と貴方の約束になる。

「秘密」

 貴方は守れるか?

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