第23話 嘘
この目を見開いた。
現実にない過去を現実にあったことのように、現在に持ってきては唸り声を上げる。
トラウマをそれと称すのなら、この手にあったカッターナイフはお役ごめんになるだろう。
彼が生きていたって死んでいたって関係ない話を噛み砕いて、今を嘆いて過去は良かったって覚えてもいない苦しみを完全に否定する。
彼の趣味が何だって言ってもそれには触れないこの口が喋るのは嘘だ。
実際現実でそんな奴はもう存在を終えているか、そもそも産まれてきては居ないだろう。
過去がどの辺りまでを示していいのか、そんな制限があったなら、言葉を変えるべきだ。
あるのかないのかわからない前世での記憶だと勝手に名付けて悩んでいる。
前世の記憶だとするならば、己は人を殺したか、殺される風景をただ見ていたんだろう。
血塗れの記憶というのは、ゲーム等からの影響で刷り込まれた実際にはやはりなかった嘘で出来ている場合がほとんどだ。
見たことのない記憶なのに、懐かしさや何かを呼ぶのなら、きっと彼も己も二次元に生きて死んだように面白さを残したくだらない夢に近い話だ。
どんなに大切な人を切り捨てられたところで、また出会えたのなら恨みは消えるか?
今が楽しいと言うのであれば刃を一旦見たあとで、小さく笑って首を振る。
こんなものはもう必要ないと気付いた頭はこの刃を投げ捨てるように命令するだろう。
その命令に従って迷うことなく投げ捨てたあとはきっと、三人でも通常の何気ない会話を手にいれる。
お互いが大した何かを抱えていないのであればそれはハッピーエンドである。
さて、己が何を言っているのか理解出来なかったのならば、それはそれで正解で、困るものでもない。
己が嘘をつく癖を身につけて、助かったことといえばなんだろうか。
無意識に嘘をついてしまう癖のせいで、困ったことは多々ある。
無意識の内は嘘をつくが、どうもそれの反動で意識がある内はどうしようもなく嘘がつけない。
正直者になって、些細なことでも嘘は言えなくなる。
会話をしている最中に嘘が混じるのであれば、己の意識は遠くにいってしまっている証拠であり、その真逆であるならば意識はしっかりとしている。
それがどちらであっても不便で、欲しい時には現れない
己が嘘を癖にしたのは、彼のような人になりたいという思いからで、彼を元に作られた己の理想像に向かって全力疾走の結果である。
そして彼が苦しんでいるのを見れば、同じ苦しみが欲しいとまでにいき、
完璧になりたいのだ。
完璧に、それになりたいから、マイナスであろうとも構わず漏らさず全て味わいに行く。
情報収集を趣味に取り込み、情報網が広く凄いのだと友人を
相手に同じイメージをもってもらう為に、真似る。
嘘をついてからかい、笑うのであれば己も友人を使ってそれをするまでだ。
最低だと言われようとも、それもアリだろうと、どこか狂った感覚を小学生の時点で抱えていたわけだ。
あだ名も、こう呼んで欲しいと、呼ばせながらも、それではまだ足りないに決まっていた。
それでも、周囲の友人は己の嘘に計画にあれこれ言えるほどでもなく、
ただ、己の求めた言葉を吐き出し、己の求めた風景になり、己の求めた顔を反応を見せてくれていた。
それが、ただ計画に協力しようなんざ子供らしさもないことを思うでもなく、己の産み出す行動力からくる波に流されているだけとなった。
中学ともなれば、それに抵抗するほどの頭も出来上がってきていていいはずだが、相も変わらず己の求める形へと収まって、それでもその口をそれに抵抗するのには使わない。
都合のいい状況で、己はただ思春期だという言葉で片付けながらの作業を繰り返していた。
それがどうとか、どうでもいいだろう。
貴方はそれらしい話をききにきたつもりだったのだろうが、己がこんな自己の話を語りだし、萎えたかもしれない。
最早ここまで文字を読んでいないかもしれない。
それが抵抗だ。
その抵抗をせずにすんなりと受け入れる程度の環境が、整っていれば誰でも好きに出来る。
己はただ、苦しみたかっただけだった。
苦しい、楽になりたいと、泣きながら、可愛そうな自分が欲しいだけである。
実際に楽になったら、それはそれで嫌で、可愛そうな状態をキープしたいという願望が今でも残り続けている。
他人より楽であってはならない。
他人より苦しんでいなければならない。
苦しみこそが美であるといいたげに、ただ、我慢をする行為が素晴らしいと拍手したがるように、己は苦痛を望んでいた。
苦痛が気持ちいいとか、そういった話ではないし、ドがつくほどのMでもない。
ただ、まぁ、殴られたいとか苦しみたいと声に出すほどになってきた己は末期なんだろうか、そうじゃないんだろうか、それくらいの本音は存在し、嘘で覆い隠して可哀想を演じていく。
褒めて欲しいという願望は、捻曲がり、そんな状態を産むこともあるのだ。
物語もクソもない、なんて期待を裏切られてUターンを噛ます貴方の背中を見るのも、まぁ、それはそれでアリとなる。
嘘が嫌いだと言う相手に嘘で付き合っていても、相手はその嘘に気付いていないのなら、嘘ではない。
嘘と認識されてからが嘘だ。
その嘘も、本当であっても嘘と認識されたものさえも含まれる。
嘘なんてものは、相手が決めることであって、己が決めたって仕方がないことだと思うから、嘘の内側だけが己のモノだ。
さて、やっとそろそろ雑談をやめて彼の話をしよう。
彼は嘘つきであった。
しかし、皆からは好かれ愛される嘘つきで、どうも、それの原因は彼の性格か、仲間の性格か、
いつも笑顔を顔に張り付けて、仲間をからかったり騙したりはするものの、過度な優しさと気が利く便利さ等も同時に持ち合わせていた。
仲間のことは誰よりも早く察知して、心配したり、こっそり相談を受けたり、自分を犠牲にするような協力をしたりすらした。
それが過度な優しさに当たる。
疑われても、
殴られようとも、笑顔を外さなかった。
もはやそういったプライドでもあるのかと仲間に思われるくらいに。
体調不良から、些細なことまでなんでも自分のことは嘘を駆使して隠し、大丈夫だという顔を見せるくせに、他人のことには敏感で人一倍気を張っている。
神経質で、でも、自己中なんだろう。
仲間想いで、まずなにかあれば自分を犠牲にする方法が一番良いと考えている。
誰かを想う反面、それの反動か自分のことなぞどうでもいい。
死ぬとなれば流石に恐怖くらいあったり抵抗を見せるだろう。
それでも、仲間が傷つくくらいなら、自分を差し出す。
独りが嫌で、周りから消えていくのがとてつもなくおそろしく感じる。
父親は居らず、母親は幼い頃に死んだが、母親からは虐待を受けていた。
それでも母親が大好きなんだというのだから、これはどちらの意味を言うのか不思議に思う。
錯覚か、本気か。
彼は嘘でキャラを作り、実際の性格の上にもう一つを置いて、仲間の前に立っていた。
それが母親を失ってからだから、随分と早く歯車を回している。
出会った仲間を守る為に、嘘を。
出会った仲間にバレない為に、重ねて嘘を。
嘘がバレれば嫌われてしまうと、過度にまた気を張っていた。
驚くべき集中力が常に発揮されていたわけだ。
皆といる時間が素晴らしく、夜中は一人で行動して、寝不足もいいとこだ。
そんな彼の狂いは誰にも気付かれなかった。
嘘の性能の良さだと拍手でもしようか?
いやいや、己も本当に依存性の高い嘘には感謝しつつも恨んでいる。
気付いて欲しいという感情と、バレたくない感情がぶつかり合う毎日のなか、笑顔に徹していた。
その時には彼は自分の本当を見失い、これはなんだ、あれはどれだ、と見えない暗闇でもがいていたというわけで。
本当の自分はどんな顔をしていたか、思い出せなくなっていた。
己の場合は、最早諦めて、わからなくていいと投げ捨てた。
知る必要も、もうない。
もう、このまま塗り重ねても構わない、とね。
ただ、彼はそう諦めることはなかった。
結果を言おう。
彼は耐えられず、孤独感に埋もれて、死んだ。
きっかけさえあれば、いつでも死ねる状態に陥っていたのだから、当たり前の結果になる。
そのきっかけがなんであったのか。
仲間との喧嘩である。
嘘つきであることについて、酷く言われたのが、最後となった。
仲間は驚いたであろう。
まさか、行方不明になったと思ったら、彼の死体が吊られているのだから。
彼の嘘が原因で起きた喧嘩だが、彼もその時までやっぱり仲間を想っていたんだろう。
嘘の内容までは言うまい。
しかし、どうか、嫌わないでやってほしい。
嘘にも種類があることは知っているだろう。
その嘘が、どんなものであれ、そう突き放されると、軽く死ねるくらいに脆いのが大半だ。
嘘に依存したら、抜け出せない。
己がそうだ。
意識して嘘を突き放しても、無意識が手放しはしなかった。
それが、微妙な性格をうんだわけだ。
嫌いなら仕方がないが、嘘つき皆が悪い奴ばかりではないのだ。
それだけは、知っておいて欲しい。
嘘は他人を傷付けるというが、それと同時に自身さえも傷付ける。
それがわかっていても、嘘をつくのはそれだけ不器用なんだと思ってくれればいい。
器用なら、嘘なんて元から必要ない。
全てを疑うな、、、というわけではないが。
好きなだけ疑って嘘を剥ぎ取ってくれていい。
それで、救えるのなら彼のようにきっかけさえあれば、いつでも死ねるなんて状態には持っていかないで欲しい。
ま、綺麗事は面白くはあったも好みも望みもしないから、全部適当な言葉であるが。
さて、貴方はどう思ったかな?
嘘と本当の境界線は、案外どこにでもあって、意外とどこにもない。
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