第12話 大丈夫
貴方は「大丈夫」という言葉を、言ったり言われたりしたことが一度はあると思う。
無かったとしたら、まぁ、そういう環境だったんだな、ということで。
大丈夫?と聞いて、大丈夫だ、と返答する人は大体大丈夫じゃない人だとかいうことを聞いた事があるかもしれない。
大丈夫?と聞かれれば、大丈夫な人は聞き返すからだ、と。
何が?と聞き返すのが普通とでもいいたいらしい。
まぁ、「何が」大丈夫かを聞いているかがわからないんだからそりゃそうだ。
わからなくても
「お前の大丈夫は信用出来ない」とまで言われるのだから、笑うしかない。
ならば大丈夫を使わずにどう大丈夫であると表せばいいものかと悩んだ頃もあったが、まぁもうどうでもいいだろう。
いい思い出、ということで。
優しい人間がいた、ってくらいのね。
さてさて、その大丈夫という言葉だが、それを何処まで信じていいかわからない。
己のように、完全に信じて貰えなくなるほどになれば早いが。
いくら笑って大丈夫といっても、通じないんだから怖い怖い。
だが、通じてしまいすぎてもダメなんだろう。
ある女子中学生は、無理をしてしまう性格だった。
負けず嫌いはあったが、それ以上に誰かに迷惑をかけてはいけない、心配させてはいけない、とギリギリまで我慢するタイプだったのだ。
体調不良になりやすく、よく保健室に行っていたのだから、自然と保健室の常連になったのも女子中学生は後々嫌だと思い始める。
それはそれでまた別の話だが。
皆は毎日のように、その女子中学生にこう質問を繰り返す。
「大丈夫?」
女子中学生は、その質問が嫌いだったし、そもそも心配されるのが嫌だったから、笑いながら答えた。
「大丈夫だよ」
そこで終わればいいものを、更に友人は質問を重ねた。
「本当に?大丈夫?しんどくない?」
女子中学生は出来る限りいい笑顔を作って、しんどいのを隠した。
「うん、大丈夫。ありがとう」
それでやっと満足したのか、向こうの方へ行く。
気付いて欲しくなくて、
大丈夫?と。
そりゃ、その友人たちは優しいのだろう。
心配になるのだろう。
わかっていても、聞いてしまうのだろう。
その大丈夫が女子中学生にとっては苦痛でもあったということを知っているわけがないのだから。
そのせいか、ストレスも溜まるし、疲れる。
笑顔を作るのにだって、体力を奪われる。
だったらもう素直に笑わず頼ったらどうだ?という人もいるだろうが、そういうわけにはいかない。
プライドみたいなモンだろう。
それが馬鹿らしいと思うなら、確かにそうだ。
馬鹿らしい。
わからないと言うのであれば、それでもいいと思う。
そういう人も居るんだ、程度のことだ。
己も女子中学生と同じで、頼ったり心配されるのは、キツイものがあるのだ。
要らない共感で物を言う馬鹿だと思ってくれて構わない。
女子中学生は、そういう大丈夫の嘘を二年生まで引きずった。
もう周りは流石にわかっていたし、飽きたかのようにその口を別のことに使い始めた。
大丈夫?を二度は言わなくなった。
しんどかったら言ってね、に変更された。
少しは楽になった気がした。
気だけが、楽になっていただけだ。
女子中学生は、他の悩み事に頭を持ってかれていたし、大丈夫という返答は意識が要らなくなっていた。
癖になった笑顔を盾に、跳ね返せば十分。
それが体調不良以外にも活用されてからまた三年目。
女子中学生は首を吊って、学校の屋上階段で息を捨てた。
自殺をしようという気が襲ってきていた間もずっと、大丈夫を繰り返し、周りはそのまま放置した。
何が、大丈夫なのかなんて麻痺したように、どうでもよくなっていた。
女子中学生は最初から最後まで、大丈夫ではなかった。
もし、大切な友人がそんな風にいつの間にか大丈夫の上で死んでしまったら?
どうにか踏み留まらせることは出来たかもしれない。
大丈夫、を疑えば死ななかったかもしれない。
この女子中学生のように、気付いて欲しくない者だけじゃない。
気付いて欲しくてもそう隠してしまう者もいる。
他人のことなんざわかりゃしない。
自分がいくら自信を持っていても、その自信を裏切るほど友人は遠く離れているかもしれない。
どうしようもない場合だってあるし、他人のことだ。
ただ、失いたくないのなら、失わないように振り返ってやるのもお互い必要なんじゃなかろうか。
そうでもないのなら、ほっといてもいいだろう。
どうせ、自分じゃない。
他人事には変わりない。
大丈夫じゃなかろうが大丈夫だろうが、他人の話だ。
さて、貴方は、大丈夫?
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