1scene:退役兵士


 *


 終戦を迎えて、もう一年が経つ。

 あらゆる地を焦土に変えた大戦は幕を引き、各国は戦後復旧に忙しいばかりである。


 しかし、大戦で壊れた建物を直すにも、着物を作るにも、飯を食うにも仕事が要る。賃金の出る仕事を求め、市街地には人が集まり、それに伴って町も活気づいた。


 皮肉にも、戦が町を焼いたことで、町は焼け太りとなったのである。

 復興のために集まった日雇いの大工が道に溢れ、大工の客層を狙って集まった食い物屋台が、レンガ街に軒を連ねていた。

 そんな町の外れには森があって、森を通って流れる小川のほとりには、小さな家がぼつりと佇んでいるのだった。


 その家の庭では、ささやかな可愛らしい畑が耕され、その傍らで、小柄な男が斧を振り下ろし、薪を割っている。


「よう、アンドレ」


 小さな家を訪れたのは、役人である。

 小柄の男―――アンドレは巻き割をやめ、自分より頭一つ分も大きい役人に向き直る。


「お久しぶりです、ボリス元小隊長」


 慇懃に、アンドレは一礼した。


「半年ぶり、でしょうか。お役所努めはいかがですか」

「暇なものさ。事件やら喧嘩沙汰やら、お役所に届け出のあったことを、書物に書き写して、書物庫にぶち込んで、はい終了。見廻りのついでに、演劇見て過ごす毎日よ」

「楽しそうですね」

「そういうお前は。ずいぶんと質素な暮らしぶりだな。元分隊長にして、一時期は英雄扱いだったお前が農夫とは」

「趣味ですから」


 アンドレは淡々と返す。

 一年前の激戦の中、アンドレは単身で銃弾の雨の中を駆け抜け、兵壁に乗り込んでは敵兵ごと殺しつくした。


 “小鬼”


 その身の丈の低さが背負う不利を、はるかに上回る戦いぶりから、アンドレをそう呼ぶ上官も少なくはなかった。

 英雄といったところで、所詮それは、いかに激しく、多く、敵兵を殺したかの多さを表すものにすぎない。

 戦場での英雄など、アンドレにとっては無意味なものであった。


「一等兵以上から、退役後は国から年金が入る。それ使って、女と遊ぶなりすればいいだろうに」

「微々たるものです」


 アンドレは、自分の耕した小さな畑に目を配る。

 伍長から上の格にもなれば、遊んで暮らすだけの年金が支給されたろうが、一等卒に支払われる年ごとの金は、パンを一食に一つ食べられるだけのものだった。

 アンドレに支給されている年金は、それにスープとハム一枚を付け足せる程度である。ならば、その金は冬を越すまでにためておくほうが賢明と考えた。

自分で畑を耕し、作物を食い、余った分を売れば多少は銭になった。


「そんなお前に、朗報だ」


 ボリスはより一歩近くアンドレによると、背を曲げて顔を近づけた。


「いい仕事がある。ちょっと、町まで出てこれるか」

「なんですか」

「吸血鬼狩りだ」


 ボリスの浮かべる笑みは、卑屈である。

 

「吸血鬼」


 復唱したアンドレは、顎に手を当てて考え込む。

 

 吸血鬼。

 ここのところ、市街地に出没するという話は、小耳に挟んでいる。犠牲になった者の骸は、いずれも体の血液を抜き取られ、絶命しているという。

 滅多に市街地へは行かないアンドレには、そんな化け物がいることなど、いまいち実感がわかないが、市街地に出入りする農夫の話では、すでに武官役人が動き始め、駆除を始めているという話は聞いた。


「もうこのひと月で、男が八人、女が三人もやられてる。骸が上がっている分だけでもだ」

「それは、お気の毒ですね」

「役所のお偉いさまが、ぜひお前にも働いてほしいと言ってる」


 ボリスの言いたいことは、どうやら、それであったらしい。

 戦で数多の敵兵を殺しつくした小鬼に、今度は化け物を殺せと言いたいのだ。

 しかし、


「せっかくですが、お力にはなれないかと思います」

「なんでだ」

「吸血鬼というのは、人と大して見分けがつかぬと聞いています。私には経験もありませんから」

「またまた」


 謙遜するなよ、とでも言わんばかりの嘲笑である。

 

「大体の奴は、見分けがつかなくて、近づかれて、殺される。だがお前は」

「はい」

「殺される前に、殺せるじゃないか」

 

 ボリスの眼差しには、自信がみなぎっている。

 よほど、アンドレが吸血鬼狩りに適任であるとみているようだった。


「人を殺戮兵器のようにおっしゃるのですか」

「強いからだよ、お前が。血で汚れたその手を、今度は町の民衆を守るために使えるんだ。こんな名誉なことはない」

「名誉も汚名も、場所と時代が変われば紙一重です」

「少なくとも、ここじゃ名誉なことだ。なあ、頼むよ。給金の高い日雇いの仕事だと思ってさ」


 ボリスがウインクを飛ばしながら、言いくるめようとしてくる。

 アンドレは無論、心からその気にはならない。市街地は泥土と酒の臭いが立ち込めて、田舎育ちのアンドレの鼻に合わぬのである。


「ふむ」


 しばし、考えた。

 合理的に考えれば、この話、受けるに越したことはない。減るものはないし、賃金は冬の備蓄のために使えばよい。


 結局、アンドレは首を縦に振った。


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