リーリヤの根

八重洲屋 栞

序文


 *

 

 そこかしこで、銃砲の怒号が上がる。

 兵たちの鬨の声が天を突き、豊かなその地を瞬く間に戦場へ変えた。

 土地一面に血が流れ、足の踏み場もないほどの骸が溢れた。


「後退!後退!敵が毒を撒くぞ!」


 将兵の指示が上がるが、後の祭り。

 土嚢を積み上げた兵壁めがけて、爆弾を抱えた敵兵が走ってくる。あの爆弾の中には、有毒性の粉末が込められている。弾ければたちまち、毒の粉塵が舞い上がり、皮膚を腐らせて死に至らしめる。


「撃つな!毒に当たる!」

「下がれッ、下がれいッ!」

 

 兵どもは手に抱えた銃剣を敵に向けられぬまま、我先にと兵壁の後ろへ下がった。

しかし、全員が逃げ惑う中で、


「ヘーカ、バンザーイ!」


 敵兵は祖国の言葉で何かを叫びながら、一心不乱に兵壁へと向かってくる。

 その時、兵が一人、兵壁よりも前に飛び出ずや、腰のベルトに差した剣を抜き放った。


「ラスチェイニ分隊長!」


 誰かがそう叫んだ刹那、敵前に出た兵は、抜き放った剣を体の脇にひく。脇構えの姿勢になった瞬間、敵兵の脛に、横殴りの銀光が走り抜けた。

 敵兵の両足が、脛を失った。

 悲鳴を上げて崩れようとする敵兵の防弾服を掴んだ。

 両腕に二つずつと、腰周りに五つ。

 敵兵の体に括りつけられた爆弾は、ぱっと見ただけでも九つはあった。


「ぐっ」


 分隊長、と呼ばれた兵は、そのまま敵兵を掴み上げるや、敵の兵壁へと走り込んだ。


「カブト・ク・ビダ!」


 敵の怒号が上がり、兵壁から銃弾の雨が放たれた。

 敵兵の凶弾が体を撃ち抜き、さらには敵兵の体に括りつけていた爆弾を掠めた。


「おおおッ!」


 兵は渾身の力で、兵壁めがけて敵の体を投げつけた。

 敵兵の体で防げていた銃弾が、さらに体を射抜いても、兵の命には届かない。


「ワッ」


 敵の兵壁から驚愕の声が上がった瞬間、毒粉が火薬とともに弾けた。

 どん、どん、と爆音が天を突き、敵の兵壁の内は瞬く間に黒煙に包まれる。


「続けえ!」


 兵が甲高い声で叫んだ。

 敵の兵壁は混乱している。

 好機を見た母国の兵たちが、その声に背を押され、次々に壁外へと躍り出た。


「応ッ!」


 兵どもが一挙にして、銃剣をまっすぐに構えた。

 地に転がった仲間の屍を踏み越えて、かつて豊かだった土地を踏み均す

 舞い上がった毒は、激戦の中で地に降り、兵士の足に踏みつけられながら、ゆっくりと地に浸透した。


 *




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