5章 グラヴィティ・ジェネレート⑤

 ***


 少女が異端能力者だという私の見立ては間違っていなかった。

 戦う場所をモールの外から、人気のない公園に移動させた判断もよかったと思う。

 私はワームホール、ブラックホール、ホワイトホールを引き起こす能力を持っているけど、周囲に被害が出ないようにするのには骨が折れるからだ。

 だからこそ、結香と一緒に戦うべきではなかったのかもなんて、心にもないことを一瞬だけ考えてしまうわけで、

「うわわわわ! あの子すごく強くない!?」

「落ち着いて結香。こっちは二人いるのよ。ちゃんと連携して行動すればすぐに無力化できるはずよ」

「うん……」

 結香の能力である状態変化の力についても、もちろん私は把握していた。そしてその能力には移動性能が皆無だということも。

 先刻、異端能力者の少女が一撃を放ったおかげで、公園一帯は大きな砂煙にまみれていた。

 それがようやく晴れていき、砂のカーテンの向こうにフードを深く被った異端能力者の姿を捉える。

「……」

 言葉数は少なくとも、殺気のようなものはありありと感じられた。次の一手はどうするつもりかしら。

 異端能力者の頭が少し持ち上がる。

 それと同時に、私と結香の周囲が瞬く間に光で満ちていった。

 本来そこにはないものを強引に作り出したように、足元が煌々と煌いていく。

 これはもしかして……錬金術?

 私はこういう能力に覚えがあった。

「結香、逃げて!」

「ええ? 逃げるって、どうやって⁉」

「……もう! 仕方ないわね!」

 光はさらに大きくなっていく。明らかに人体に悪影響を及ぼしそうな輝き方だった。

 私は咄嗟に足元にワームホールを引き起こし、結香ともども異空間を移動した。

 さすがに自分の能力の扱いにはなれているため、着地に手間取ることはなかったけど、一方の結香は顔面から地面に突っ込んだみたいだった。

「いててて……」

「大丈夫結香?」

「うん、まあ……平気」

 横を見てみると、さっきまで私たちが立っていたところに、幾数もの光の柱が連なっていた。能力で移動をしていなかったら、無事では済まなかったと一目でわかる。

「間違いないわね。彼女、錬金術の能力者よ」

「錬金術?」

 離れたところで何事もなかったかのように佇む彼女の能力を、私はそのように断定した。

「言い換えるならアルケミストね。厄介な能力者がまだいたものね」

 今までにも似たような能力者は何人か戦ってきたけど、こうもたやすく能力を扱えるとなると、苦戦を強いられてしまうわね。

 移動性能のない能力を持つ結香にとっては、不利な対面とも言える。

「こうなったら、一気にケリをつけてやるわ!」

「待ってよ、美咲!」

 結香が私の名前を呼んだような気がしたけど、私は構わずに異空間を移動した。

 異端能力者の背後に周り、そのまま首を絞めて拘束する。

「……っ? ……うぐ」

 抵抗する余地を与えなかったからか、異端能力者はひどく困惑していたようだった。

 なんならこのまま首をへし折ってやってもいい。それほどまでに今の私は有利な状況だ。

「大人しく負けを認めなさい。あなたの過去を尋問するつもりはないけど、自分が何をしているかわかってるわよね」

「能力を消して、記憶も消すんでしょ……? 私は……そんなの嫌だから……」

 完全に場を支配しているのはこちらだというのに、異端能力者は悪あがきともとれる抵抗を見せた。

 私はそれを上書きするようにさらに押さえ込む。

「諦めて降参してって言ってるの。私だって、命までは奪いたくないのよ」

「嫌だ……。あなたの言いなりになんか……ならない」

「……いたっ」

 左腕に鈍い痛みが走る。……うっ、腕を噛まれた!?

 私が体勢を崩したのを、異端能力者は見逃してはくれなかった。

 異端能力者の右手のひらが私の目の前に突き出され、先の地面と似たように光りだす。

「……っ!」

 私は慌てて異端能力者を突き飛ばした。

 その直後、彼女の手元から光の衝撃波が放たれる。

 ビックリして光の道筋の先を目で追うと、公園に植わっていた大樹のど真ん中に、ぽっかりと穴が開いていた。

 人が一人は通れるサイズに、思わず失笑してしまう。

「危ないじゃない……。本気で私たちを殺す気なの?」

 何回も死にそうな目には遭ってきたけど、さすがに慣れるわけがなかった。

「どうするの? まだ戦う?」

 私が話しかけようとも、異端能力者は大きな反応を示さず、溢れる殺気を放つだけ。

 それを象徴するように、彼女は殴り下ろすような動きをして、手を地面に押し当てた。

「……?」

 次なる能力発動のトリガーだったのか、異端能力者の周囲に異様な黒いカゲが現れる。

 黒々としたカゲは伸びて足のような形を作り、さらに上半身まで形成して、人間の姿を完成させていった。それは私の身長をゆうに超えている。

「これは……?」

 異端能力者を守護するように立ち並ぶ三体の黒い物体。 

 私は、この〝マガイモノ〟を何と呼ぶのか知っていた。

 錬金術師の生み出した作り物の人間――ホムンクルスね。

 ホムンクルスは機械染みたぎこちない動きで、黒々とした拳を高く振り上げた。

 それを力任せに断罪のごとく振り下ろす。

「……くっ!」

 間一髪のところでそれをかわし、後退して三体との距離をとった。

「それだけ? 防戦一方じゃ勝てないわよ……?」

 我ながら幼稚な煽り方をしてみると、異端能力者にとってはいい気分ではなかったようで、すかさず追い打ちを仕掛けてくる。

 空が低いうなり声を上げ、神が下した一撃のような一本の落雷が、私目がけて降り注いできた。その攻撃に反応することができたのは、私が培ってきた経験から来ているのもあると思うけど、多くはむしろこれを狙っていた――その一点に限ると思う。

 私はすかさず宙にワームホールを引き起こし、出口を一体のホムンクルスの頭上に開通させた。

「残念だったわね――」

 異端能力者が発動した落雷の一撃は、避ける暇などなかったのだろう――自身が生み出したホムンクルスに直撃する。

 それは、この世のものとは思えない叫び声を撒き散らして、ガラガラとカゲを崩していった。

 残りは二体……。

「あなたの攻撃を利用させてもらったわ。いい加減諦めてくれると嬉しいのだけど」

 説得して、できるだけ穏便に済ませようと思っても、大抵の異端能力者はそれを良しとしてくれない。

 異端能力者は休む間もなく次の行動を起こしたみたいだった。彼女を中心に、地面に大きな魔法陣のようなものが現れる。その顔は青白い光で照らされていた。

 何をする気……?

 次の行動が予想できず、心に焦りが生じてしまう。

「……!」

 そうしているうちに異端能力者が右足を一歩前に踏み込んだかと思うと、今度はそれがトリガーだったらしく、彼女の足を起点に地面が――大地が、一気に引き裂かれていった。

 その一本の亀裂は、瞬く間に私の足元まで行き渡る。

 って、え? え? え? これはマズイ……!

「ええぇぇぇぇっ!」

 反応が間に合わなかった私は、素っ頓狂な叫びとともに、奈落の底へと落ちていった。

 今のはちょっと、しくじったかしらね……!

 反省もほどほどに、能力を使って地上に舞い戻る。

 私の能力は、ワームホール移動後に、移動前の運動エネルギーをすべてリセットすることができるため、着地の衝撃は微々たるものだった。

 それよりも焦りが募るばかりだわ。

 落ち着いて行動しないと……。私たちにのんびりしている余裕はない。

 異端能力者の傍には残った二体のホムンクルスがおり、彼女自身も私を警戒していたようだった。私の無事に気づくと、相変わらず殺意立った目つきで射抜いてくる。

「しつこい……。さっさと死んでよ」

 内容もさることながら、異端能力者は疲労していたみたいだった。

 だけどもそれは私も同じで、

「だから、大人しく投降しなさいって言ってるのよ」

「うるさい……!」

 異端能力者の感情を表すかのように、手のひらから真っ赤に燃える炎が放たれた。上限を振り切った火炎放射のごとく広がっていく。

 同じようにワームホールで利用しようか思った瞬間、炎から私を庇うように、どこからともなくやってきた人影が割って入った。

「美咲、大丈夫!?」

 それは私を守ろうとする仲間の後ろ姿だった。

「結香こそ大丈夫なの?」

「……ははは、平気へいき。これくらいなら、体温をいじればどうってことないからさ」

 結香の能力であるサーマルチェンジは自身にも及ぼすことができるから、心配する必要はなかったのかもしれないけど、何千度にもなっているのであろう炎を両手で受け止める光景は何とも痛ましく見えてしまう。

「よし……!」

 炎の放出が止むと、結香は額に滲んでいた汗を拭った。

 炎を受けた部分は多少焼き切れていたようにも見えたけど、辛そうな表情はしていないし、やせ我慢などではなく、本当に大したことはないみたいだ。

「ごめん、フォローが遅れちゃって。さっさと倒して凶真と合流しよう。向こうだってきっと待ってるよね」

「ええ、そうね……」

 結香の真剣な瞳に見とれてしまう。

 移動性能皆無だなんて揶揄した数分前の自分を説教したくなった。

 今まで色々なことがあったけど、この子も知らないうちに成長しているのね……。

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