5章 グラヴィティ・ジェネレート⑥
異端能力者は私たちの能力を把握したのか、こちらの出方を警戒しているみたいだった。
「なんか黒い奴が一緒にいるけど、あれは何なの?」
「異端能力者が錬金術で生み出した人造人間だと思うわ。ホムンクルスくらい、聞いたことがあるでしょ?」
「わかんないよ。女の子がそんなことを知っている方がどうかと思うけど」
戦闘が始まってから結構な時間が経っているというのに、結香のマイペースさが披露される。まあ、その方が結香らしいと思えば、ある意味やりやすいとも感じられるけど。
「それで、どうやって倒すの? これって二対三ってことだよね」
「あなたね、自分で言ったさっさと倒すって発言に責任を持ってちょうだい」
「まあ、それは置いておいて……」
さっきの言葉を撤回したくなってしまった。
「まったくもう……いつもどおりでいいわよ。ようはあなたが対象者に触れることさえできれば、一気に相手を無力化できる」
言っていて思う。そもそも最初からそうすればよかったわね。
「オッケー。じゃ、能力者本人はわたしに任せておいて! 美咲は、あの黒い奴をお願い」
「ええ、そうしましょう。援護するわ。――行くわよ!」
私と結香は二手に分かれ、それぞれが別々の行動をとった。
それが予想できなかったのか、異端能力者は動揺した様子を見せる。
異端能力者は結香に向かってもう一度炎を浴びせていった。火炎放射器のごとく延々と吐き出される猛火は、普通ならまともに受けられるわけがないけど、結香にとってはただのヒーターみたいなものでしょうね。
「そんなの全然効かないんだけどねっ!」
実際に結香は能力を施したのであろう手で炎を防ぎながら、異端能力者に向かって突進を仕掛けていた。
一方の私もすぐさま行動に移し、もう一度異端能力者の背後に回る。
前と後ろから同時に攻める――至ってシンプルな方法が、私たちの作戦だった。
しかしながら異端能力者もさすがにその考えは見越していたようで、背後に守りを固めており、目の前に二体のホムンクルスが立ち塞がる。
「いいわよ、あなたたちの相手をしてあげる……!」
こうなったら〝あの力〟を使うしかないないわね……。
本当は体力を消耗するから、〝この力〟を使うのはできるだけ避けるようにしていたけど、そんな悠長なことを言っている場合じゃないわ。
私は自らの能力の一片である、ブラックホールを引き起こすように意識を集中させた。
神経を研ぎ澄まし、ホムンクルスと私との間に位置するように黒い渦を発生させる。
移動の際に使っているワームホールの渦と似たようなものだけど、それとはまた違う底なしの暗闇がそこにはあった。
「うぐぐぐ……」
全身を大きな負荷が襲う。これを耐えないことには、二体のホムンクルスを倒す術が他には思いつかなかった。
二体のホムンクルスが同時に拳を突き出してくる。
ブラックホールが引き起こされたのはその直後だった。辺りに大きな風が巻き起こる。
「フッ、成功ね……!」
ホムンクルスたちは抵抗し、攻撃を続行しようとするも、どうも足元がおぼつかないみたいだった。それどころか、辺りに散在する草や砂とともに吸い込まれていく。
私の引き起こしたブラックホールが、あらゆる物質を特異点へと吸い込んでいるのだ。
「……く、うう……」
私は持てる限りの力を出し切ったつもりだった。
能力の発動を終えると同時に、特異点が一気に閉じ、風も合わせるようにして治まる。
「よし、倒せたみたいね……。結香! こっちは大丈夫! 今のうちよ!」
本当は上手くいったことに素直に喜びたい気持ちもあったけど、私はすぐに、結香にホムンクルスを倒した旨を伝えた。
「わかった!」
「くっ!」
次の瞬間、異端能力者は大分焦っていたらしく、手から放つ炎を一層大きくしてみせた。勝負を決めようという焦りが彼女の行動に滲み出ている。
「危ない!」
いくら温度変化で身を守れるとはいえ、あれをもろに受けてしまっては……!
民家一つは飲み込んでしまうくらいの質量に、私もさすがに驚いてしまった。
進行方向にワームホールを出現させ、結香を宙へと移動させてしまう。
「ちょちょっ! 美咲! 何やってんのよぉ!」
ビル四階くらいの高さに投げ出されて、結香は叫んだ。
もうこうなったら押し切るしかないわね。
「今よ! 結香!」
「は、はあ? 今って、この状況で何を言って……」
我ながら無茶なことをしたと思うけど、もはや結香を信じるしかない。
「……!」
異端能力者は右手から左手へと切り替えて手をかざした。
そうして次に放出されるのは大量の水流。斜め上にいる結香を押し戻そうとしていた。
水流が直撃し、水圧の凄まじさを見せつけてくる。
「ごぽぽぽぽ……!」
頑張って結香……。私の応援が届いたのか、結香はそれでも水中を突き進んだ。
「ぬぬぬぬぬ……っ!」
水圧がさらに強くなろうとも、それを手で防いでいる。
……? もしかして結香、水を蒸発させてる?
あの水圧の中を進むことができるのであれば、自身の能力を使っているとしか考えられない。
「ちぇーっく……メイトォォォォっ!」
水中にいたのにも関わらずその叫び声はよく聞こえ、そのまま体ごと異端能力者へと突っ込んでいった。
放水が止まり、まるで大雨のような大量の水が数秒間降り注ぐ。
おのずと周囲に水たまりが広がっていった。
「はあっ……はあっ……疲……れた……」
結香はワイシャツをびしょ濡れにして、仰向けに空を眺めて息を整えていた。過呼吸で今にも死にそうにも見えるけど、心なしかやり切ったような表情に見える。
「お疲れ様。ナイスファイトだったわよ」
「美咲、いくらなんでも無茶しすぎ……。普通に死ぬレベルの高さだよ、あれ」
「それは私も反省するわ……。けどまあ、あなたが無事でよかったわよ」
「あーもう、終わり良ければすべて良しって奴ぅ?」
なんだか体が軽くなったような気がして、私たちはお互いに笑い合った。
「彼女の方は無事? 危険に晒していないわよね」
「うん。ちゃんと〝低体温症〟になるように調整したから、今は気絶で済んでいるはず……」
結香のサーマルチェンジを以てすれば、対象者に触れることは勝利を表すと言っていい。
さっきまで一心不乱に戦っていた異端能力者の少女は、今は静かに横たわっていた。
「それなら安心かな。……ほら、立てる?」
「ありがと……」
私が手を差し出すと、結香はゆっくりと立ち上がった。
もう……この子ったら、達成感に満ち溢れた表情をしちゃって……。
「あなたも結構、成長したのね」
「へへ、そうでしょ!」
もう一度にかっと結香は笑う。よく姉妹みたいに見えると言われることがあるけど、私にはそういう気質があるのかもしれないわね。
「彼女はCIPの本部に引き渡すわ。私たちも吉祥のところに急ぎましょう」
「待って。服を着替えさせてよ」
「でも、腰に巻いている方もビチャビチャだけど……」
「これを乾かして着ればいいの。それにほら、ここ焼き切れちゃってるし」
私を炎から守る際に燃えてしまった部分を見せてきた。
たしか結香が腰に二着目のワイシャツを巻いているのは、何かあったときのための着替え用だっけ……? 〝服装がしっかりしていないと力が出ない〟っていう気持ちもわからなくはないけど……。
「早く済ませなさいよ。それが終わったら行きましょう」
「オッケー! 速攻で終わらせるからちょっと待って!」
「いいから早くしてちょうだい……」
呆れて自分の顔に手を当てる仕草を、生涯のうちにやるなんて思わなかったわ。
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