5章 グラヴィティ・ジェネレート②
白ティー姿を追っているうちに三階の書店の前までやってきた。
物陰から窺うと、男がするりと店内へ入っていく様子が見える。
実は一般人を追っていたのではないかと不安だったのだが、その顔は間違いなく桐生だった。俺に重傷を負わせ、神代を死に追い詰めた男の顔だ。
まさか、ただ本を買いに来たわけではあるまい。あいつは異端能力者なんだ。何をしでかすかわからない。逢河たちの避難誘導が終わるまで、俺は尾行に専念しよう。
しばらく物陰に身を潜め、書店の出入り口を見張っていると、桐生は手に何も持たずに店内から出てきた。
……? 何がしたいんだあいつ……?
書店の中を一周して外に出てきただけ。まるで意図がわからない。
その後も、桐生が訪れた場所のすべて――アウトレットや映画館やフードコート、果てにはゲームセンターまで尾行してみても、奴は何もすることなく外に出てくるだけだった。
もしかして気づいたうえで俺を泳がせている? そんな考えが浮かんでしまうほどに、桐生の行動は不自然でしかない。
「はぁ……はぁ……」
ただ隠れて尾行するだけだというのに、案外精神的に疲れるものだった。
尾行する対象者に気づかれないように行動するというのが、まさかこれだけクるものだとは思わなかった。
最終的にエントランスホールまで戻ってきてしまう。
エントランスの中央で桐生は足を止めた。
……あいつ、やっぱり気づいているな……。
そろそろ取り押さえに行った方がいいだろうと、体が前のめりになったときだった。
すべての客たちの気を引く電子音がモール内に鳴り響く。
『これより緊急のアナウンスを放送します』
「……!?」
何事かと思って一瞬驚いてしまったが、聞きなれた声ですぐに事態を理解した。
おそらく逢河たちが避難誘導を始めたのだ。
『モール内に不審者が現れました。館内にいるお客様はただちに外へと避難するようにお願い致します』
この声は……結香だろうか。アイドルをやっているくらいだから、それっぽい声を作るのが得意だったとしても何らおかしくはない。
アナウンスに二人目と三人目の会話が紛れ込む。
『あの……お客様、困ります。このようなことをされるのは……』
『いいえ、これはイタズラではなく事実です。あなたも早く逃げた方がいいですよ』
『はあ……?』
『ほら結香、続けて』
間違いない。逢河たちは放送室に押し入ったみたいだ。そうして強引に避難のアナウンスを流したんだ。……なんかやりすぎな気もするけど、背に腹は代えられないか。
『繰り返します。モール内に不審者が現れました。館内にいるお客様はただちに外へと避難するようにお願い致します』
また結香の作り声が流れる。心なしか、一回目よりもなりきっているように聞こえた。
アナウンスを聞いてすぐというわけでなかったが、モール内にいた客はぞろぞろと外へ足を向けていく。
それに合わせて、桐生の背中がようやく反応を見せた。
「クソが……余計な事すンじゃねーよ」
無表情だが、それでいて鋭い視線が俺を貫く。
「はっ、ネズミが一匹ちょろちょろ付いてきてると思ったらテメーかよ」
「久しぶりだな、桐生」
「クソネズミがァ。俺に殺されたくなったのか? あぁ?」
高圧的な態度に後ずさりしてしまった。
怯むな。俺はこの前の俺とは違うんだ……。
「何をしてた? モール内をただ回っていたわけじゃないんだろ」
桐生の口元が歪む。
「構造を把握していただけだ。それがなんだっていうんだ? 俺は物理的なことは何もしちゃぁいない」
そう言われて、屋上での桐生と神代の会話を思い出した。
――俺は物理的なことは何もしちゃぁいない。燃え盛るビルをイメージしただけだ。
まさか、こいつが執拗にモール内を回っていたのは……。
「お前、今度は燃え盛るショッピングモールをイメージしたとか言うんじゃないよな?」
「ははっ、察しがいいな。そうだって言ったらどうするんだよ? テメーみてぇなクソネズミに何ができる?」
「無論それを阻止するだけだ。もうお前にそんなことはさせない」
「威勢がいいなぁ。仲間の足を引っ張った雑魚の発言とは思えねーな」
「この前の俺と一緒にするな。お前の能力はすでに知っている。お前は、分岐操作の能力を使って、ビルを火事になる未来へと分岐させたんだ。それと同じことを今回もしようとしている」
モール内を回って構造を把握していたのは、それが能力の発動に必要だったからなんだろう。
「なるほどな……オマエ、目つきが変わったと思ったらそういうことか……」
「ああ、CIPとして、異端能力者のお前を確保させてもらう」
「いいねぇ。最高のシチュエーションじゃねーか」
大仰な仕草で両手を広げる。この瞬間を楽しんでいるようだ。
「友人を殺され、仇を討つために馳せ参じたってわけだな!」
そして耳障りな笑い方をする。前の桐生と何も変わっていなかった。
「だったらせいぜい楽しませてくれよ、クソネズミよぉ!」
だからこそ、俺がこいつを止めなくちゃいけないんだ。
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