5章 グラヴィティ・ジェネレート
「こんなところにいたんだ」
「ああ、逢河か」
俺は何分か前から、公園の隅の方にあったベンチに座っていた。
昼過ぎだというのに人通りが少ない。
むしろ今の俺の心境にとってはその方が気楽だった。
「どうしたの?」
思わず視線が下を向く。
「考え事をしてて……」
これから桐生の確保に当たるために覚悟を決めるという意味もあったが、それ以上に、公園という空間にいるうちに過去の出来事を思い出してしまっていたのだ。
「気持ちを整理したい気持ちもわかるけど、あまりのんびりしている暇はないわよ?」
「うん、わかってる……」
「となり、失礼するわね」
手持無沙汰になったのか、逢河は俺のとなりに腰を下ろした。もちろん丁寧な所作でだ。
「……ぷふっ」
デジャヴを感じて吹き出してしまう。
「どうしたの。気持ち悪いわよ吉祥」
「いや、なんだ……初めて逢河と会ったときのことを思い出してさ」
「……そうね。たしかに、あれから二か月が経ったのね」
逢河と並んでベンチに座り、この二か月間の出来事を思い出した。
神代が亡くなった日の夜、逢河は突然俺のところにやってきて、今みたいに勝手にとなりに座ってきたんだ。
それからここに至るまで、本当に色々なことがあった。
「俺さ、思うんだよ。あの日お前に会えなかったら、俺はここにはいなかったんじゃないかって。記憶を消されて神代のことを忘れて、今頃のうのうと生活していたと思う」
「それでもいいんじゃないの。少なくとも記憶を失った場合のあなたは、今よりも幸せな日々を送れていたはずよ」
「本当にそうかな……。でもそれって本来の俺じゃないだろ?」
「……」
「記憶を消されるっていうのは、自分を失うって意味でもあるんだ。そこにあるのは本来の俺じゃない。それに……遅かれ早かれ、異端能力者の存在がある以上、俺の日常は崩れていたと思うんだ。これ以上、あいつらに俺の日常を壊させやしない」
「そう……」
逢河との間に沈黙が流れる。けれども嫌な沈黙ではなかった。
このまま二人でベンチに座って、ぼーっとしているだけで心が安らいでいくようだ。
「それで、もう少し待った方がいいのかしら。どうなの?」
そう言ってこちらを向いた逢河の顔は綻んでいた。
俺もつい、それにつられてしまう。
「……いや、もう大丈夫だ。そろそろ行かないとな」
結香もそろそろ来ているはずだしな。
「そう? じゃ行きましょうか」
モール内は三階建てになっていた。エントランスホールからほどなく歩いたところにはエスカレーターがある。
構造が一階から三階まで吹き抜けになっているため、ほとんどの通路が、俺たちがいるところからでもよく見えた。
「いるな」
三階の奥の方の通路に、見覚えのある白ティー姿の男を見つける。
「まさか本当にあいつがいるなんて。正直あまり信じてなかったよ」
俺なりに空気をよくするための一言だったのだが、逢河と結香はそんな俺を嘲笑うかのごとく真剣だった。
「美咲、それでどうするの? こっちは三人いるし、不意を突けば簡単に捕まえられそうだけど」
「さすがにそれは危険だな」
モール内をぐるりと見渡してみる。
さすが巨大な施設ということか、平日にも関わらず大勢の人がひしめき合っていた。
「そうね。相手は能力者なのよ。一般人に被害が及んでしまっては元も子もないわ」
「じゃあどうするの?」
「まずはモール内にいる客を避難させる。それしかないだろ」
おそらく逢河が言おうとしていたことを代わりに言う。
「二手に分かれましょう。桐生を尾行する役と、客を避難するように誘導する役」
「わたしたち三人でそれをやるのね。オッケー、わかった!」
今日も絶賛腰に巻いている謎の二着目のワイシャツを、結香はきつく縛った。
聞くまでもなくやる気は十分のようだ。
「桐生は俺が追うよ。客の避難の方が大変そうだし、そっちは二人に任せる」
「わかったわ。私と結香で、できるだけ早く避難させるわね」
「よーし、行くぞぉ! ――はい!」
結香が突然右手を前に突き出す。
逢河はやれやれといった感じで、その上に自分の手を重ねた。
「えっと、何それ?」
「団結するためによくやるでしょ。叶真もほら!」
「えー?」
なんだよその体育祭みたいなノリは……。しかも逢河まで、結香のペースに乗るなよ……。
「まあいいんじゃない、私たちはチームなんだから。覚悟を決めるためにもね」
「わかったよ……ったく」
自分がやらないことには話が進まないと思ったので、仕方なく従うことにする。
二人の顔を見てみると、笑っているような真剣になっているような、得も言われぬ表情をしていた。
俺たちはチーム。これから三人で桐生を捕まえなくちゃいけない。自分自身を鼓舞するようにそう言い聞かせる。
不安な気持ちも少なからずあったけど、二人の空気感に合わせるために、俺も似たような表情を作った。
逢河が頷く。
結香が頷く。
そして俺もそれに続いて同じように頷く。
正直、悪い気はしなかった。
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