4章 失うもの⑧

 2年1組のお化け屋敷『恐怖の館』は、俺が予想していたよりも大盛況だった。

 まあ、俺が色々アドバイスしたんだから当たり前なんだけど。

 今日は文化祭の二日目で一般公開が行われており、恐怖の館の前には、老若男女様々な人が並んでいた。最後尾は三十分待ちだというのに、行列はまだまだ治まりそうにない。

「……はあ」

 相変わらずということか、癖でため息をついてしまった。

「ねえねえ、お兄ちゃん。どれくらい怖いの?」

 『2年1組のお化け屋敷はこちらです』と書かれた案内板を持って出口に立っていたからか、並んで暇そうにしていた少年に声をかけられる。

「結構怖いぞー。途中でやめることはできないから覚悟していけよ」

「へへん! おれそういうのビビらないからね!」

「そー。なら大丈夫だな」

 どうもすみません。そう言ってお父さんらしき人が少年を列の中に戻す。

 入口の方では、女の子の二人組が、ちょうど恐怖の館に足を踏み入れようとしていた。

 このままここで突っ立っているのも退屈なので、俺は頭の中で、彼女たちがこれから体験する〝恐怖のギミック〟を思い出してみた。

 まず、教室に入ると一本道がある。何もないと刺激がないということで、俺はここを一歩ずつ歩くたびに、生徒が声優をして録音した〝死者の嘆き声〟を流すようにした。

『ウオォォォ!』

「ひぃぃぃ!」

 まさにちょうど女の子の悲鳴が外まで聞こえてくる。

 そして突き当たりに飾られていたモナ・リザについてだが、あれではあまり怖くないということで、絵画をムンクの『叫び』に変えた。しかも人感センサーで目が光る仕掛けだ。

「きゃあぁぁ! 光ったあぁぁ!」

「ちょっと、初っ端から驚きすぎじゃない?」

 さらに順路のとおりにカーブを曲がり先へと進んでいくと、無数の毛糸が天井から垂らされ、青白い光で照らされたトンネルに行き当たる。

 テスト段階では白や黒など人間の髪の毛っぽい色を試したのだが、最終的にカラフルなもので行こうということになった。エイリアンとかをイメージして、SF感を出そうとしたのだ。

「うわあ、何これぇ……。結構不気味だね」

「さすがにこれくらいは平気よね」

 まあ本来の意図とはそぐわずに、単に休憩ポイントみたいになってしまったけど。

 そろそろ最後の、最恐のギミックに差し掛かっているところだろう。

 これは一番試行錯誤したところだと言ってもいい。

 テスト中は、血糊を塗った男が、段ボール製の包丁片手に襲うという仕掛けだったのだが、大幅なグレードアップを施したのだ。

『お前を喰ってやろうか!』

「うぎゃあぁぁぁ! 食べないでえぇぇぇ!」

 ……。私服姿で襲うのはどうも物足りなかったから、いっそのことコック姿にしてみたんだけど、なんかすげー驚いてんなー。

 続けざまに教室内で駆け足が聞こえたかと思うと、内側から、閉ざされた戸に誰かが思いっきりぶつかった。戸が壊れそうなほどに大きく震える。

「いててて……」

「もう結香ったら……。ちゃんと前を見なさいよ」

「美咲は怖くないの……?」

 結香? 美咲?

 名前もそうだけど、その喋り方には覚えがあった。

 戸を開いて中を確認すると、うずくまる結香の頭を逢河がさすっていた。

「なんだよ……お前ら来てたのかよ」

 もうちょい静かに回ることはできないのか。


 案内板を交代する次の担当の生徒に渡し、食堂の人気の少ないところまでやってきていた。

 目の前に並ぶ二人の顔を見て、まずは他愛のない話から始めてみる。

「で、どうだった? 怖かった?」

「まあ、中々怖かったんじゃない? このわたしを驚かせたんだからね」

「んー! おいしい!」と大声を出しながら、どこかの売店で買ったらしいタコ焼きを食べている。

 お前さ、どうってことないって顔してるけど、めっちゃ声響いてたからな。

「私はそうでもなかったわね。雰囲気は和風だったのに内容が洋風でごっちゃだったわ」

「あーやっぱり? そんな気はしてたんだよね」

 元々恐怖の館は旅館をイメージしていたからな。大衆にはウケてるからいいんだけど。

「ていうか、結香がこんなところに居て大丈夫なのかよ」

 今の今まで忘れていたことを思い出す。

 そもそも結香って、高校生アイドル・王谷結香なんだよな。

「それは心配しなくてもいいわよ。あなたから見て、結香がアイドルのように見える?」

 そう言われてタコ焼きを食らう女の子の姿をよーく見てみる。

 テレビで見るときとは違って、髪は留めずに散らかしているし、メイクも薄めに済ませているようだ。しかも腰に謎の二着目のワイシャツを巻いているし……そんなファッション、アイドルがするものとは思えないよな。

 むしろ逢河の方が、よっぽど女の子らしい気品を醸し出している。

「まあ、どうかなあ……?」

 総じて言うなら――気にするだけ無駄だったようだ。

「で、何しに来たんだ? まさか、普通にアスカ高校の文化祭を楽しみに来たわけじゃないだろ」

「半分は楽しみ目的よ。少なくとも結香はそれ目当てだから」

「そうか……」

「んー?」

 だからこんなに一心不乱にタコ焼きを食べられるのな。

「CIPから任務を言い渡されたの。あなたにとっては思い出したくない過去だと思うけど、前にあった雑居ビルの屋上での事件――犯人の桐生樹の行方を突き止めたのよ。覚えてるわよね?」

「桐生……」

 忘れもしない。白ティー姿のあの男に乗せられて、神代は自らの手で命を絶つことになったんだ。あれはもはや一種の殺人だった。

「彼はCIPの探す異端能力者の中でも、要注意人物と言われているのよ」

「だからあの日、俺から行方を聞き出そうとしたのか」

「能力者に対しても一般人に対しても、彼は同様に危害を加える。これ以上被害者を増やさないためにも、なんとしてでも、早急に確保しなくてはならない」

 神代みたいにたくさんの人が酷い目に遭っていることを聞かされて、余計に桐生に対する憤りを覚える。しかしながら、俺がしたいのは復讐じゃない。

「……どこにいるんだ?」

「近くのショッピングモールで桐生の姿が頻繁に目撃されてる。おそらく彼は、またモールに姿を現すはずよ」

「……わかった。俺も行くよ。桐生は俺が捕まえる」

 あいつには聞いておきたいこともあるしな……。

 逢河は心配そうに言った。

「平日の目撃が多いから、できれば月曜日に行きたいんだけど大丈夫なの?」

「ってことは明後日か……。まあ俺はいいんだけどさ、それより……」

 相変わらずモリモリ食らい続けるタコ焼き系アイドルを指す。

「そいつの方が心配だな」

「んー? 何―?」

「気にしなくてもいいわよ。この子、スイッチが入れば結構できる子なんだから」

 つまり入らなければダメダメっと……。オフのアイドルなんて見たくなかったな。

「結香、一つ貰っていいかしら?」

「うん、いいよ」

「……うーん! 本当ね、このタコ焼きおいしい」

 逢河の最後の一口で、皿の中は空になっていた。

「ごめん叶真! 叶真の分はなくなっちゃった!」

「いいよ別に。楽しんでいるようで何よりだ」

 そんなにお腹減っていないしな。

「あ、そうだ! だったらさ、次はあれを食べに行こうよ! ミートボールのトマト煮! 途中に見たけどおいしそうだったからさ」

「……」

 予想外の名前が出てきて面食らってしまう。

 ミートボールのトマト煮か……。

 二人には俺が困っているように見えたのか、俺の様子を窺っていた。

「どうする吉祥? 結香のわがままに付き合うの?」

「そうだな。せっかくだから行くか」




参考

 影使いの能力――シャドウ。影と同化し、自由に移動できる。

 重力支配の能力――グラヴィティ。周囲の重力を支配できる。

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