3章 作り物のアイドル⑦

「いやさ、なんていうか、やっぱりアイドルなんだなーって思ったわ」

「そうでしょそうでしょ! なんたって高校生アイドル・王谷結香なんだからねー」

 自慢げになるのはいいけど、ファンのみんながお前の本性を知ったら間違いなく悲しむだろうな。人によっちゃ、これもアリとか言いそうだけど。

 人目に付かないようにできるだけカフェの奥を選んだのだが、ここに至るまでに、結香のファンらしき人たちが騒がしくしていてヒヤヒヤした。

 いやまあ、衣装着てるし、顔もまんまだし、気づかれないわけがないんだけどね。

 俺たちがこうして席に着いてからというもの、人が寄って来なくなったのは、アイドルの王谷結香ではなく、女の子の鶯谷結香となったことで、オーラのようなものが抑えられたからだろう。

「……それで、逢河、前回の続きを話してくれよ」

 無駄話はそろそろ切り上げておいて、メインについて聞くとしよう。

 俺が前回、病院で逢河から聞いた話は、アスカ町には多数の特殊能力者がいて、CIPと異端能力者が争いあっているというところまでだった。

 どうしてそうなってしまったのか、根本的なところはまだうやむやである。

「いい? そもそもの発端は、研究者である一人の男が巻き起こしたものなの」

 逢河の独特の空気の作り方が、周囲にバリアを形成したようになる。

 俺は気づかないうちに、前のめりになっていたらしい。

「彼は人類未踏の研究を行っていた。それが特殊能力の研究よ」

 今までの俺なら、特殊能力の研究だなんてバカげてるだのなんだのと、笑い飛ばしていただろうが、こうして実在するとなれば貶めるわけにもいかない。

「現実に存在する絶対音感とか瞬間記憶能力とかじゃなく、フィクションの世界で見るような力を、科学で実現しようとしたの」

「人なら一度は夢を見そうだもんね。念動力とか、生涯に一度は憧れるものでしょ」

 結香が口を出してくるが、なんだか補足しているようで雑音にはならない。

「彼は多くの世界的な研究者を動員し、最新鋭の機器を用いて、能力生成制御装置――またの名を〝エリア〟を、公には秘密裏に創り上げようとしたのよ」

 逢河が言うには、俺たちが能力を扱うことができるのは、その〝エリア〟と呼ばれる装置のおかげらしい。

「だったらなんでここまで不特定多数の能力者が生まれたんだ? しかも、俺みたいに自覚していない奴も他にいるんだろ」

「それくらいはなんとなく想像がつくと思うけど……」

 すでに話を聞いてあるらしい結香は、俺のことなど興味なさげに、砂糖をたっぷり入れたコーヒーをストローで啜っていた。

「五年前、研究者たちはエリアの実験中に爆発事故を引き起こした。そのときの爆発が原因で、未知の放射線がアスカ町一体に、拡散されるように放出されたの」

 そしてその放射線を受けた人間が、特殊能力を宿すようになったということか。

「それでもまだ疑問はある。もしそこまでの被害が出ていたなら、もっと多くの人が特殊能力を〝発症〟していてもおかしくなかったんじゃないか?」

「全員が必ずしもそうなるわけじゃない。そもそも被験者の対象は中高生の若い人間に限定されていたのよ。しかも体質が合って初めて能力は発現する」

「なんでそんな狭い範囲なんだ?」

「彼らにとっての研究のゴールは、力の溢れる若い人間から特殊能力者を生み出すことだったらしいわ。肉体の弱い人間を対象にしても無理があると考えたのでしょうね」

 まあたしかに、言っちゃなんだけど、ヨボヨボの老人をそういう風にするのは現実的じゃないよな。

「叶真、そーいうことです」

「なるほどな……」

 俺の知らない世界で行われていたことを知って、感慨深い気持ちになる。所詮俺が生きている表の世界は数パーセントで、裏の世界ではもっと大きなことが動いていたんだ。

 一服して恍惚とした表情の結香が椅子にもたれる。

「……くぅぅぅ。ちょっと席外すね。叶真、これ盗られないように見張っておいて」

 砂糖増し増しコーヒーが俺の方に寄せられる。

 盗られないようにって、意味わかんないし……。なんか聞き飽きてないか?

「どうせトイレでしょ。続けるわよ」

「……うん」

 一方の逢河は、付き合いは長そうだし、これぐらいことは慣れているって感じだった。

「この事故がきっかけで、この町で何が起こったのかわかる?」

「つまり、その特殊能力を悪用する奴が現れたんだな」

「まあ、ある程度予想はつくわよね」

「実際に何回も襲われてるからな」

 桐生の一件と病院での一件。少なくともあいつらとは悪い思い出しかない。

「この事態は当然研究者たちの耳にも届いた。事態を重く見た彼らは、いま私たちの所属する組織、CIPを立ち上げたの。特殊能力を悪用する人間を異端能力者と呼称し、町に散らばる能力者をすべてなくして、元の秩序を取り戻すためにね」

 ……それで能力を消して、記憶を消すってところにつながるのか。

 これですべては話したといった風に、逢河はがらりと空気を変えた。

「さてと……これで、あなたは私たちと同じラインに立ったわ。まだ理解できていないところはある?」

 逢河に言われて、目を閉じて一から整理してみる。

 世界的な研究者が、特殊能力の開発をしたこと。

 爆発事故が原因で、アスカ町に能力者が溢れ返ったこと。

 能力者はCIPと異端能力者に分かれて争っていること。

「うーん……まあ、ないかなあ……」

 ここまでの説明はちゃんと吸収できている気がする。気になることは今のところない。

 合点がいって目を開けると、逢河が顔を引きつらせていた。

「ね、ねえ吉祥? ……何やってるの?」

 まるで俺がイカれたことをしているみたいな言い草だ。

 逢河が俺の手元を見ている気がして視線を落としてみると、

「……あ」


 ああああああああああああああ!?


 俺は砂糖増し増しコーヒーに口をつけていた。

「……え? え? え? ……まさかあなた、わざとやったわけじゃないわよね?」

「バ、バカなこと言うなよ! 俺がそんな変態行為をすると思うのか!」

 あまりにも動揺してしまい、結香のコップをテーブルに叩きつけてしまう。

 他の客の視線がこちらに集中する。あの、変態野郎を見るような目はやめてください。

「あ……あはは」

 ヘラヘラしてなんとかごまかしたところで、今度は声のボリュームを調節した。

「お前が変なこと言うから、誤解されそうになったじゃないか」

「どうかしら。結香はアイドルなのよ。あなたが野獣化してもおかしくない」

「それについては、タイプじゃないってさっきも話しただろ……」

 全身に冷や汗が滲んでいくのがわかる。

「そう。ライブハウスで〝ゆーいん愛〟を語っていたくせによく言うわね」

「ななっ! ……お前、アレも見ていたのかよ」

 メールを見て急いでいたんだから、ヤケを起こしても仕方ないだろ……。

「どうせなら本人の前で語ればいいじゃない。ほら、噂をすれば――」

 すると、最悪のタイミングであいつが帰ってきた。

「あれ? 二人ともどうしたの?」

「いや、なんでもないよ。……な、逢河? なんでもない、よね?」

「なんでもはあったけど、なかったことにしたところよ」

「どういうこと?」

「あーあーあー。本当になんでもないから、ほら、結香も座れ」

 椅子を叩いてなんとかごまかす。こうなったら俺がこの場を支配するしかない。

「いやー参っちゃうよねー。ちょっと人目に触れるだけで、握手とか求められちゃうの」

 自惚れてんなあ……。お前がコーヒーを寄せてくるから、エラい目に遭ったんだからな!

 結香の後を追ってきたらしいファンの人が、離れたところからこちらを見ている。

 そういや俺、アイドルと話してるんだよな。もっと周りを見て行動しないと、最悪ファンに殺されかねない。

「で、どこまで話したの?」

「吉祥には最後まで説明したところよ」

「そっかー。じゃ、一番大事なところだね」

 こっからは自分の番とでも言いたげに、さっきまで飲んでばっかりだった奴が調子に乗り出した。

「叶真はわたしたちの仲間になるの? なるって言うんなら、このわたしと同じチームになれるよ」

 結香なりの色っぽい誘惑をしてくる。ファンならイチコロだろうけど、あんまり俺には効果ないからな。

「断った場合、記憶を消すんだろ? なんかそれずるくないか? 断るっていう選択肢をないものにしてるよな」

「悪いようにはしないと約束する。吉祥にとって最善の選択をして」

 また最善の選択かよ。当事者の気も知らないでよく言うよな。

 少なくとも今の俺には、まだ決定的な動機がなかった。

「……仮入部みたいな感じじゃダメか?」

「結構時間は与えたと思うけど、まだ踏み切れないのね……」

「叶真は優柔不断なブタ野郎なんだねー」

「うぐ……」

 まああながち間違っちゃいないから反論もできない。

「こら結香。女の子がそういう言葉遣いしちゃダメよ」

「そう? でもファンの中にはそういうのが好きな人もいたよ」

 それはおそらくかなり少数派だと思うが。

「とにかく、金輪際そういうのは禁止にしてね」

「そうだぞ。逢河のクールさをもっと見習え」

 結香は逢河をじーっと見つめると、口調や仕草を真似して言った。

「わかったわよ。つまりあなたたちとは、こういう風に接すればいいのね?」

 一瞬もう一人の逢河が現れたのかと思って驚いたが、そういう意味で言ったわけじゃないぞ。

「それはやめろ。ただの二重人格だ」

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