3章 作り物のアイドル②

 その週末、俺と伊吹はオト部の課外活動という名目で、とあるライブハウスにやってきていた。

「なんかごめんね。友達も何人か誘ってみたんだけど、みんな予定があるみたいで」

「いいよ別に。どうせ俺暇だし」

 手元のライブチケットに視線を落とす。

『王谷結香 この夏最後のライブやっちゃいます!』

 紙面の半分を埋め尽くすほどのキラキラした主張の激しいロゴが目を惹く。周囲にはそれを飾るように、会場の場所や開催日時が小さな文字で書かれていた。

 場所も時間もぴったり合っている。まもなくこのライブハウス内で、テレビでしか見たことのない、アイドルのライブコンサートというものが行われるのだ。

 なんやかんやで一時間近くは行列に並んでいるのだが、一向に中に入れる気がしない。

 入場待ちでくたびれたのか、伊吹が何気ない感じで話しかけてくる。

「吉祥君って、『ゆーいん』のこと知ってるの?」

「まあ『高校生アイドル・王谷結香』ならテレビで何回か見たことがあるし知ってるよ。あだ名がゆーいんっていうのは今知った」

 実際に今朝のニュースでも、最新情報のコーナーで、王谷結香に関することが紹介されていたしな。

 それにしてもアイドルのライブコンサートなんて初めて来るから、どんな気持ちで見ればいいのかわからないなあ。

「かわいいよね、ゆーいん。踊りは上手いし歌も上手い。まさにアイドルのために生まれてきた女の子って感じで。……憧れちゃうなあ」

 自分の分のチケットを固く握りしめながら目を輝かせている。

 伊吹ならきっといいアイドルになれるよ。

 そんなことを言いかけたが、さすがにそれは気持ち悪いかなと思ってやめておいた。

「そういや伊吹、チケットってどれくらいしたんだ」

 入口のスタッフにチケットを渡し、ようやく館内に入ったところで、そんなことを聞いてみた。

 いくら伊吹の友人の代理として一緒に来たとはいえ、完全おごりというのは男として情けない気もする。

「そんな……! お金だなんて、気にしなくていいよ」

 胸の前で手を振る動きが大げさすぎて、伊吹の長い髪がふわりと舞った。

「元々もらいものだったし」

「もらいもの?」

「三日前、帰り道を歩いていたら、マスクをした高校生くらいの女の子に話しかけられて、『行くことができなくなったので、よかったらこれをもらってください』って言われてね」

「ふーん、そっか」

 珍しい人がいるもんだ。有名なアイドルだし、結構な値段がしただろうに。

「だから、気を遣う必要はないよ。一緒に楽しんでくれると嬉しいな」

「そだな。お前の厚意に甘えることにするよ」

「うん!」

 一輪の笑顔が花を咲かせる。

 やっぱりいいアイドルになれそうだよな。


『みんなー! 今日は来てくれてホントにありがとー!』

 一寸もないほどに会場を埋め尽くす観客の前で、ゆーいんこと王谷結香の物おじしない一声が放たれた。ついに彼女のライブコンサートの幕が開かれたのである。

『うおー! 待ってたよーゆーいぃぃん!』

『俺だー! ゆーいん! 学校を卒業したら俺と結婚してくれ!』

『今日もかわいいよーゆーいん』

 会場が黄色い声で一気に満たされる。

 男どもの汗臭い発言がやたらと耳に付いたが、女性の客もそれなりに多いようだ。

 さすが今話題の高校生アイドル。様々な層に受けているらしい。

『じゃあ、まずはみんなの大好きなあの曲から行ってみよー!』

 王谷結香がマイクを片手に、左手の人差し指を突き上げた。

 長い髪をたくさんの髪留めでセットされた風貌と、彼女の小悪魔っぽい雰囲気を引き立たせるフリフリの衣装が躍動する。

「やっぱりかわいいなー。すごいなー」

 売店で買ったペンライトを振って、伊吹も自分なりにこの空気に乗っているようだ。

 王谷結香がキレのある踊りをしたり、常人じゃできない歌声を出したりするたびに、会場内が一際震える。ライブハウス全体が彼女のパフォーマンスに酔いしれているようだった。

 テレビで見ているだけじゃ感じることのできない彼女のカリスマ性を、ありありと見せつけられている気分だ。

「ああ、すごいな」

『それじゃサビに行くよー! みんな付いてきてねー!』

 そんなこんなで、王谷結香のライブコンサートは二時間近く行われた。


『午前の部は以上となります。一時間の休憩を挟んだのち、午後の部が行われます。皆様、今しばらくお待ちください』

 アナウンスが流れ王谷結香がステージの奥に引っ込んでしまったというのに、会場内の熱気は冷めることを知らなかった。客たちは口々に感想を言い合い、出口に向かう客はほんの数名である。

 みんな、次のゆーいんの登場が待ちきれないんだろう。

「どうしよっか? 時間はあるし、近くで昼食でも摂ろっか?」

「だな。腹も減ったしその方がいいかも……ん」

 伊吹と今後の相談をしていると、ポケットの中でスマホが反応を示す。

 どうやらメールを受信したみたいだ。

 一言断って内容を確認すると、俺は訳がわからなくなった。なんだこれ。


『まもなくこのライブハウスで多くの死者が出る 阻止したければ一人で駐車場に来い』


 脅迫文という奴だろうか。内容はおぞましいものであるが、同時に何かのイタズラのようにも感じた。

「誰からのメール? 何か用事かな?」

「ちょっと待って」

 伊吹を不安にさせないようにするため画面を遠ざけ、このメールの意味を考えてみる。

 事件のニオイがする……。まさか、これもまた能力者?

 たしかに桐生の一件以来、俺の周りでは能力者絡みの事件が増えた気がする。あながち間違っていないのかもしれない。

 たとえイタズラだったとしても、これを無視するのはダメだよな。

「ごめん伊吹。ちょっと近くで用事ができた。昼飯は一人で食べておいてくれ!」

「一人で……? あ、じゃあ外のカフェで待ってるから、済ませたらすぐに来てね!」

「わかった。本当にすまん!」

「うん、気を付けてね」

 え?

 最後の伊吹の一言がなんだか引っ掛かったが、気にしている場合じゃないよな。

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