1章 終わる日々②
「オト部をやめる? それとオレを誘ったこととどういう関係がある?」
至極当然の疑問を投げかける。吉祥が愛好会から抜けたいのだとして、何故オレに入ってほしかったのかが結びつかない。
「うちの学校で愛好会を立ち上げるには最低でも五人が必要だろ。元々オト部は、俺と伊吹、それとお前がまだ会っていない二人――」
例の部長と、その他に3年生の部員がいると、オレは聞いていた。
「その四人だけだった。しかも人数が足りないから非公認で活動しててな。それで部長に言われたんだ。オト部を抜けたければ穴埋めとして人を集めて来いってな」
「だからあんなにしつこかったんだな」
オレは三か月前のことを思い出した。
たしかに、吉祥の容姿には相応しくないレベルで勧誘しに来た気がする。しかし、それほどまでに吉祥がオト部を抜けたい理由は何なのだろうか。
「それに、今オト部の部員は神代も含めてギリギリラインの五人だけだ。ここで俺が抜けてしまったらまた定員数を満たさなくなるから、少なくとももう一人必要なんだよ」
「ようは自分が愛好会を抜けるために、代わりにオレを引き込んだってわけか。なあ、そこまでして抜けたい理由は何なんだ? だって一年も活動してきた愛好会だろ?」
ここまでの話を踏まえたうえで、次のステップへ話を進める。
「活動実績貢献愛好会、通称オト部。オト部は、いわば人助けの愛好会だろ」
「そうだな。まー、ほとんどボランティア団体みたいなもんだが」
「…………」
そこで吉祥は視線を落とし、廊下に敷き詰められたタイルの一点を見つめだす。
そして意を決したように顔を上げると、一言ずつ丁寧に語りだした。
「人を助けるのが怖いんだ」
オレは真剣にその話を聞き続けた。
一年前のことだった。
俺はいつものように小さな依頼をこなして、一人で帰り道を歩いていたんだ。
ちょうどその日も、今日みたいにオレンジ色の夕日に染まってたな。
突然、公園からボールが転がってきたんだ。
「……ん?」
そして、それを追うように、小さな男の子も飛び出してきた。
子供に注意を呼び掛けるような、大人の叫び声も聞こえた気がする。
道路には、大型トラックが差し掛かっていたところだった。
「危ないっ!」
このままじゃ子供はトラックに轢かれてしまう。そう思った俺は、咄嗟に道路に飛び出していた。
「つっ! くくっ! おい大丈夫か?」
必死の甲斐あって、俺も男の子もなんとかトラックに轢かれずに済んだ。
だけど、ケガを避けることはできなかったんだ。
「しっかりしろ! おい!」
その子は頭から血を流して気を失っていた。
できるだけ衝撃を受けないようにかばったつもりだったけど、倒れたときに頭を強く打ったみたいだった。
待っているとすぐに救急車がやってきて、その子は両親と一緒に病院に運ばれた。
その子の両親が救急車に乗り込むとき、ひどく泣いていた姿は今でも忘れられないよ。
「お手柄じゃないか。なんでそれで人助けが怖くなるんだよ」
「半年くらいして、風の噂で聞いたんだよ。その一家は心中したって」
「は? 心中?」
「みんな自殺したってことだ」
「意味を聞いているんじゃない。なんでそんなことになった?」
「男の子は意識不明の重体で、何か月経っても目を覚まさなかったらしい。それでも両親は息子を治療するお金を確保するために、家を売り借金を抱えてまで、すべてをその子に注ぎ込んだ。最後には会社もやめてな。どうしても目を覚ましてほしかったんだろうな」
その一家のことを、オレなりに想像してみた。
オレの家族は物心ついたときにはバラバラだった。両親は離婚し、数年前に母さんは亡くなった。今のオレにとっての家族は、一緒に暮らしている年の離れた妹だけ。
こういう考え方をするのはどうかと思うが、それだけその男の子は両親に愛されていたんだろうな。
「でも結局、その子が目を覚ますことはなく、まもなくして息を引き取った。そして、生きる気力を失った両親はそれを追うように自殺したんだ」
返す言葉がなかった。
吉祥の態度を見ていれば、幕引きが良くないものであることはいくらか予想できた。
すべてを捧げてすべてが無駄になったとき――。その両親がどんな気分だったのか、それはオレの想像の範疇を超えていた。
「それを聞いて俺はあの日のことを思い出してみたんだ」
吉祥はオレンジ色の空を眺めた。雲の数を数えているだとか、飛行機の後を追っているだとか、そんなものではないことはすぐにわかる。
「本当は男の子を助けなかった方がよかったんじゃないかって」
「そんなこと……ないに決まってるだろ」
「あの日のことを思い出しているうちに気づいたことがあったんだ。トラックは、俺たちに当たるギリギリのところに止まってたんだ。つまり、俺が飛び出さなくても、子供が轢かれることはきっとなかったんだ」
「…………」
「俺が男の子を助けたいだなんて思うから、余計な正義感を持ったりするから、最悪の事態になったんじゃないかって思ってさ……。だったら、助けない方がよかったんだよ、きっと」
「……助けない方がよかったとか言うな」
オレは絞り出したような声で今の気持ちを不器用ながらも伝えていた。
「それは結果論だろ。本当に轢かれてその子が死んだらどうするんだ。結果的にオメーは人を救ったんだぞ。冗談でもそんなこと言うんじゃねー」
「けど、それが原因で俺は両親の人生まで狂わせたんだぞ」
「それも結果論だ。お前は何一つ悪くない。むしろ胸を張っていいんだよ!」
吉祥の目を見て言ったつもりだったのだが、すぐに目を逸らされてしまう。
オレは吉祥を覆う殻をぶち壊すために、さらに言葉をぶつけていった。
「オメーは正しいことをしたんだ。だから人助けを怖がる必要なんてない。……お前はお前の思う正しいことをすればいいんだよ」
「そう簡単に開き直れないよ……」
それでもこいつは、まだオレを見ようとしない。
釈然としねーヤツだな。
「顔を上げろ」
芯に刺さるように語気を強めた。
「ふん。まったく、ひでーツラしてやがる。こんなんなら、三か月前玄関でオレを助けてくれたときのお前の方が十倍マシだ」
「十倍って……そこまでなのかよ」
「それだけ今のお前は見ていられないってことだ」
吉祥が作り笑いで返事をする。
作ったものだったとしても、まだ笑える余裕があるだけマシだと思った。
少なくとも、オレにできる限りのことはしたつもりだった。
「吉祥君たちの方もそろそろ終わったかな?」
ちりとりに集めたゴミを袋の中に捨てていると、廊下の奥からひょっこりと黒髪ストレートの女が現れた。
「伊吹の方も終わったのか。さすが、手際がいいな」
「そんな、急に褒めないでよ……」
「まあ事実だし」
「それじゃそろそろ帰ろっか」
二人が和気あいあいとしている最中に、オレはゴミ袋の口をきゅっと締めた。
「なんつーか、マジでただのボランティアだよなーこれ」
「ボランティアでも大事な活動だよ。いいことをしても減るもんじゃないしね」
そーですかい。
「箒とちりとりは私が返してくるから、そっちはお願いするね」
「ああ、先に外で待ってるよ」
まるで付き合い立てのカップルのように、伊吹につられて吉祥も手を振る。
二人で残されたタイミングで、聞くともなしに聞いてみた。
「お前ら付き合ってんの」
「んなわけないだろう。1年からの付き合いなんだから、ある程度仲がいいだけだよ」
「やっぱり付き合ってはいるのな」
「お前さ、時々子供っぽいときあるよな」
高校生らしい軽口を叩きあっている――そんなときだった。
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