1章 終わる日々
月日の流れは早いもので、オレがアスカ高校に転校してきて三か月が経った。
最初こそは新環境に戸惑うこともあったが、今ではすっかり学校生活に慣れている。
オレと吉祥は進路資料室にて、ある人物を待っていた。
待ちくたびれたオレは、ぽつりと呟いていた。
「遅いなアイツ」
「日直の仕事があるって言ってたしな、そのうち来るだろ」
吉祥がさも当然のようにパイプ椅子に深く座り込む。
三か月前――あの日の放課後の紹介以来、オレは吉祥に強く押されて、ほとんど無理やりといった形で、この愛好会、活動実績貢献愛好会に入れさせられた。
別に他に入りたい部活があったわけではなかったし、お前が必要なんだ、とせがまれては無下に断るわけにもいかなかった。
「ふぅ……」
ぐでーっとしながら、吉祥が大きな息を一つつく。
やけにリラックスしているけど、ここはお前のウチじゃないぞ。
そもそもここは本来、休憩室とかそういうのではなくあくまで進路資料室なのだ。
“オレたちの愛好会”は、部室として教室を与えられてはおらず、勝手に進路資料室を使って活動していた。
「それで、今日は何をやるんだ?」
「いつもどおりだよ。またあそこで掃除するんだ」
「あーまたか」
慣れというものは本当に怖いもので、当初は非常に面倒に感じていた活動実績貢献愛好会の活動も、今ではなんとも思わなくなっていた。
むしろオレは1年生からアスカ高校にいて、この愛好会に所属していたのではないかと錯覚するほどだ。
「……うぐぐぐ」
それにしても遅い。本当に遅いぞ。いくらなんでも遅すぎる……。いったいいつまで待たせる気だ。このまま明日になるんじゃないか。
「ごめん、待たせた?」
進路資料室に一つしかない引き戸がガラッと開かれた。
黒髪ストレートの女の子が顔を覗かせる。オレのタイプというわけではないが、同年代の男からしたら、比較的かわいいと言われるレベルの容姿だと思う。
「まー結構待ったね」
「どうした伊吹。思ったよりかかったな」
「あははは、ごめん。友達に引き留められちゃって」
伊吹が顔をくしゃっとさせる。そこいらの男子がこの表情を見たら惚れるのだろうかと思ってしまうほどにいい笑顔だ。現に遅刻を追及する気力は瞬く間に失せていった。
伊吹乙姫。彼女もこの愛好会の部員である。吉祥と伊吹は、1年生のころから、活動実績貢献愛好会として活動している。
そして、この愛好会には、その伊吹の名前をもじった通称があった。
「じゃー行きますか。“オト部”出陣だな」
まさしくその通称を高らかに宣言しながら、吉祥がいじわるな言い方で教室を出ていく。
「もー吉祥君、その呼び方やめて」
「ははは、オト部ねえ……」
オレもそのオト部の一員として、二人の後を付いて行った。
オレたちはアスカ町にある、一棟のマンションにやってきていた。
「お疲れ様です。アスカ高校の貢献会です」
管理人室の扉が開かれるなり、開口一番伊吹が挨拶をかます。
扉の奥から現れた中年のおじさんは、いつものようにだるそうに頭を掻いていた。
「ああ、また君たちか。用具入れから勝手に持っていっていいから今日もよろしくね」
「はい! 失礼します」
相手の態度と反比例するように、伊吹ははきはきと返事をしていく。
「うんうん。若くて元気でいいねー。俺にもその元気を分けてほしいくらいだよ」
そんなことを言い残すと、おじさんは再び事務室の中に消えていった。
終始頭を下げていた伊吹が威勢よく振り返る。
「じゃ、始めちゃおっか」
「そだなー」
「ああ」
オレたちは箒とちりとりを引っ張り出して、それぞれの持ち場に移動した。
一階と二階の廊下の掃除を終え、オレと吉祥は、三階の掃除に差し掛かっていたところだった。
伊吹は今頃一階のエントランスを掃除しているはずだ。
廊下から外を見下ろしてみると、下校中の中高生や仕事帰りのサラリーマン、買い物に行っていたのだろうたくさんのレジ袋を抱える主婦の姿などが垣間見えた。
じきに太陽が沈む。オレンジ色に染まる空が、着実に今日という一日が終わりに向かっていくことを知らせてくるようだった。
せっせと腕を動かして、ゴミを一か所に集めていく。
「なあ吉祥、いつまでこんな活動を続けるんだよ」
本日のゴールがようやく見えてきたというところで、幾分か楽な気持ちになったオレは、そんなことを聞いてみた。
「いつまでって言われても、一年前からずっとこんな感じだぞ」
「おい、それじゃあオレを誘ったときの話と違うじゃねーか。活動実績貢献愛好会は、その名の通り、アスカ高校の歴史に残るような、大きな実績を残すことを目標として活動しているって、そうお前に言われたから入ることにしたんだぞ」
「だから、目標にして活動はしているって……。けど現実は甘くないんだよ。たまーに依頼とか届くこともあるけど、迷子の猫を探すとか、落とし物を探すとかそんなんばっかりだし」
「今の掃除とあんま変わんねーな。前も公園や駅前の掃除をやったし、貢献会はただのボランティアなのかよ」
オレは気づかないうちにぶっきらぼうになっていた。
吉祥が思わぬ方向から切り口を入れる。
「貢献会じゃない。オト部だ」
「そこは問題じゃないだろ」
「いや大問題だ。いずれオト部が有名になったとき、貢献会と呼ばれるようになってしまっては駄目だ。この愛好会はあくまでもオト部なんだよ、いい加減肝に銘じろ」
「そうは言うけど、現に伊吹はさっきだって貢献会って名乗ってたじゃないか」
「あいつは別だ。自分でオト部なんて名乗れないだろうからな」
「そうかよ」
これ以上言い争っても何も得られないであろうことは明白だったので、一旦こちらから引くことにした。
その代わりといった感じで、別の点から攻めていく。
「ちなみに、なんでオト部なんだ」
「部長の一存だ。伊吹はウチのマスコットらしいからな。気にしたら負けってやつだ」
オレはその部長に会ったことすらないんだが……。いわゆる幽霊部員というものだ。
「ふわぁ……」
オレは我慢できずに、大きなため息をついていた。
「なんだよ、文句ばっかりの後は何を言い出すつもりだ」
「いやあ、なんていうか、オレ何してんのかなーって」
「え?」
「まー、三か月前のオレの見立てだと、今頃オレは町じゃあ有名なヒーローになっててさ、外を歩くだけでチヤホヤされてるはずなんだよ」
「おう……」
「それが見てみろ。こんなボランティアまがいのことばっかりして、なーんか予定と違うって言うかさー」
最後にまたため息をついていた。
箒を握る手に力がこもる。
「そっか、悪かったよ……」
急に吉祥が塩らしい態度をとる。
「でも、俺はどうしてもお前に入ってほしくてさ……」
待ってましたと言わんばかりに、オレはがばっと顔を上げていた。
「それなんだよ、ずっと気になってたのは。なんでそんなに入ってほしかったんだ? オレが気に入るとか、ぜってーそんだけじゃねーだろ?」
「…………」
吉祥が遠いところを見つめだす。
この先の言葉をどのようにして口にしたらいいか迷っているようだった。
「俺さ、実はオト部を抜けたいんだよね」
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