9 勇者は武器化の能力に勃起する
僕はヘカトの街を歩きながら今後のことを考えていた。
そろそろ魔王が討伐されたという事実がこの冥界側にも伝わり始める頃。
追っ手がやって来るのも時間の問題だろう。未知の敵がいつ現れてもおかしくない状況だ。
そんな状況下で最優先にやるべきは武器化の能力の解明だろう。
アダルジーザの行方が分からない今、当面は手探りで武器化の能力を解明していくしかない。
まずは武器化できる対象だけでもこの手で確認しておきたい。
例えば、その辺に転がっている石ころやどこにでも生えているような雑草。
武器に変えることができれば、いつでもどこでも即席の攻撃が可能になる。
僕は落ちていた人骨のようなものを拾って武器化してみた。
人骨が黒い瘴気に包まれ、その瘴気が失せると鋭いナイフが現れた。どこにでもあるようなボーンナイフだ。
僕が生涯集めてきた自慢の
今度は、道端に生えていた草花を引っこ抜く。
「キュエエエエエエエエェッ」
変な悲鳴とともに指に痛みが走った。球根部分に人の口のようなものがあり、それが指に噛み付いている。
よく見るとご丁寧に目と鼻もある。人面瘡ならぬ人面草だ。マンドラゴラの親戚か。
指を食いちぎろうと必死でもがく人面草。僕が額の部分を指で弾くと簡単に気絶した。
人面草を武器化すると小瓶になった。小瓶の中には紫色の粉末が入っている。
これは……猛毒の粉か。武器化の能力のおかげで使い方のイメージが何となく頭に入ってくる。
ふむ、これも使い方によっては武器と言える。
僕は目につくものを片っ端から武器化していった。
木、枝、木の葉、石、石畳、レンガ、ドア、ガラス……
その辺にいくらでもあるものなら、誰にでも手に入れられるような汎用の武器にしかならないことがわかった。
元の素材とできあがった武器の性能には大きな関連性があるのだ。
つまり、武器の殺傷力や能力は元の素材次第。
女神のような世界の頂点に君臨する存在を武器化すると、とんでもない神器が生まれるということだ。
他にも分かったことがある。
武器化したものは僕の意識の中にいくらでも格納しておける。もちろん、いつでも好きなときに取り出せる。
僕が武器の所有権を放棄した時点、もしくは意識に格納した時点で、次の武器を出すことができる。
投擲武器などは連続して所有権を放棄して次の武器を出していけば、無限に投擲が可能ということになる。
こんな使い方もできる。短剣で戦いながら、いきなり長剣に変えるというフェイント。
急に変わった間合いや軌道に反応することなんてまず不可能に近いだろう。
奥が深く、非常に面白い能力だ。神々を武器化して、その力を得たい。早く実戦を積んで完全に使いこなせるようになりたい。
また僕の下半身が熱く
『……ボウヤ、硬くなってるわよ。私の奴隷で処理してあげましょうか。私に身体があれば──』
『いや、遠慮する。そういった興奮ではない』
『んもう、つれないんだから!』
いきなり登場してきたアクィエルを冷静にあしらった。勝手に僕の思考に割り込んで話しかけられるのは困りものだ。
ん? そう言えば……今武器化したものは、女神たちやアクィエルと違って全く会話ができなかった。
元々話せないものは武器化しても話せないままということか。
そうだとすると、死者を武器化しても会話はできないということになる。
もしアダルジーザがアクィエルの標本になっていたら、武器化しても会話はできなかったということか。
死者を武器化して会話することができれば、本人しか知り得なかった貴重な情報を得られるかもしれないと考えていたのだが。
それとも、死者でも会話できる状態の者であれば……
アクィエルの標本で実際に確かめてみたい。
いや──無理だ。
〈死者の愚弄〉を武器として出している状況で、新たに武器化の能力を発動すると〈死者の愚弄〉が強制解除されてしまう。
そもそも、武器を武器化するなんておかしな話だ。しかし、この能力だと何かが起きそうな予感がする。
武器を武器化してさらなるグレードアップとか? 未知の武器に変わるとか?
次から次に興味と疑問が湧いてくる。女神たちに助言を仰いでみよう。
『セレネー』
返事がない。
『セレネー聞こえるか? アマテラス?』
二人に何かあったのだろうか。頭の中が不気味なほど静かだ。
アクィエルの館ぐらいから少し変な様子ではあったが……
様子がおかしいのは女神たちだけではない。
ヘカトの街から亡者たちの姿が消えているのだ。先ほどから水を打ったように静まり返っている。
元々亡者のうめき声や叫び声ぐらいしか聞こえてこない静かな街だったが、今は全くと言っていいほど何も聞こえない。
『アクィエル』
『……なぁにボウヤ。もう淋しくなったの?』
『君だけか?』
『あぁ……ボウヤの意識の中にいる馬鹿女神たちのことを心配しているのね』
『女神たちのことがわかるのか?』
『一度ボウヤに取り込まれたら、嫌でもわかるわよ。でもボウヤの中でも住む階層が違うから……』
『君と女神たちは話すことができないってことか』
『ええ。駄女神たちがどこで何をしているのか、私にはさっぱりわからないわ』
『まぁいい。アクィエル、どうもヘカトの様子が変なんだ。さっきから──』
突然、目の前の石畳に血だまりのようなものが出現した。
僕はとっさに距離を取り、リベリオンを抜いた。
血だまりはボコボコとマグマのように沸騰すると、アメーバのように分裂していく。
複数の血だまりになると、その中の一つからぬっと巨大な赤い影が現れた。
赤い仮面、赤いハット、赤いロングコート、赤いロングブーツ、全身赤づくめで、人間のような姿をしている。
この白黒だけの世界に似合わぬ鮮やかな赤色が、明らかに他の亡者どもとは違う存在感を示していた。
「おお、珍しい。ヘカトに人間が紛れ込んでいるようですね」
どこから声を出しているのかわからないような甲高い声。
『赤い死神……なぜここに』
アクィエルの声に恐怖がにじむ。
アクィエルの言う赤い死神とやらの体からは赤黒い
その靄が揺らめいたかと思うと、死神は瞬時にして僕との間合いをつめてきた。
無表情の赤い仮面が見下ろしてくる。仮面に隠れている顔がニヤリと笑ったように感じた。
「私の目はごまかせませんよ」
こいつ、僕のことが見えている。死神の香水が効かないほどの実力を持っているということ。
「おお……これはこれは。よく見れば、貴方はリュカ・ブラックフィールドではありませんか」
「なぜ僕を知っている?」
「時の勇者ですからね。魔王を瞬殺するほどの実力者……」
僕が魔王を殺ったことまで知っている。
『ボウヤ……』
『アクィエル、黙っていてすまなかった。理由は後で話す。今はこいつに集中させてくれ』
『わかってるわ。だって私はもう貴方の武器であり下僕なのですもの』
アクィエルは僕の意思に素直に従ってくれた。
魔王が討たれたことについてさえも許容させてしまう、武器化の能力に舌を巻く。
「君は何者だ?」
「名乗る程の者ではありません。ただの掃除屋でございますので……」
大胆にもハットを取り、僕の目線まで腰を折って会釈する死神。
『赤い死神は魂の掃除屋よ。このヘカト、いえ冥界で魂を管理する上官よ』
『ほお、興味深いな。冥界の上官なんて。魔王とどちらが上位なんだ?』
『魔王とは役割が違うから……でもヘカトの住人が最も恐れる存在であることは間違いないわ。こいつは死を喰らう』
死者が恐れる死神か。表の世界で戦った死神は雑魚ばかりだったが、こいつは別格。
──と怖気付くとでも思ったか!
僕は死神に向かってリベリオンを超高速で振り下ろした。
しかしリベリオンは虚しく空を切り、行き所を失った剣圧が辺り一帯の石畳を木っ端微塵に吹き飛ばすだけだった。
この速度を
赤い死神は靄となり霧散したようだ。その靄が空中に集まり、元の姿を形成していく。
「おほほ、手が早い勇者ですこと」
完全な姿に戻った赤い死神はかんらかんらと高笑う。
「〈
宙に浮いていた死神を背後から一刀両断した。
しかし、またも靄を斬るだけで手応えがない。
かすっただけでもそこから全身を巻き込んで分子レベルまで分解してしまう攻撃を、時間差ゼロで撃ち込んだのだが……効かないか。魔王以上の実力を持っていることは間違いなさそうだ。
「おー怖い怖い、一瞬のうちに私の背後まで移動するとは。それに、その凄まじい
赤い死神は靄のまま、血だまりに潜ってしまった。
代わりに血だまりから三体の巨鬼が這い出てきた。
巨鬼たちは巨大な籠が背負っていた。その籠には無残に切り刻まれた死体が大量に詰め込まれていた。
『
その音は苦痛に歪む亡霊たちの叫び声に聞こえた。
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