第22話
「なるほど、子細については理解できた」
ルークラフト帝国皇帝セシリア・ルークラフトはエリック・コーウェンとジョエル・イーサンの報告を聞くと少し間を空けて頷いてみせた。二人の立つ位置からは上段に座るセシリアの表情は逆光で伺うことはできない。
だが、語調からは怒りは感じられなかった。
セシリアの命令を破って不死者の王に手を出した挙句にイコの暴走を引き起こしたことは不幸な出来事であったが、故意ではない。そのことを理解してもらえればセシリアの寛容に触れられる。エリックとジョエルは前日から報告の文言を相談して今日の査問を迎えていた。
「では」
二人が明るい声をあげる。
「不幸な出来事なので許してください、というのはあまりにも幼稚な回答ではないか?」
セシリアはねずみをいびる猫のように甘い声をだした。その甘露のような声は二人を真綿で締め付ける。背中から冷や汗が珠になって流れるのが分かる。エリックがそっとジョエルの顔を見る、と彼は蒼白な表情をしてガタガタと震えていた。
「へ、陛下。しかし、誰があのような事態が起こると思いましょうか」
「エリック。今回は幸いにも死者は出ずに済んだ。しかし、死者が出ていたならばそれと同じことを言えるか? 死者の家族に不幸な出来事だった。許してくださいね、とお前は言うのか?」
玉座でセシリアは脚を組み替える。その白い足には痛々しい傷がまだ残っている。あとわずかでセシリアはイコに敗北していた。そうなっていればいまこうしていること自体が不可能であったに違いない。
「それは……」
エリックが返答をできずにいると背後から甲高い声がした。
「すべては私の責任だよ。私がいなければすべては起きなかった。不幸の元凶は私だよ」
神佐が言う。セシリアは彼女を一瞥すると「そのとおりであるな」と頷いた。
「いえ、陛下お待ちください。結果としてはそうなるかもしれません。ですが――」
エリックが口をはむとセシリアは不快をあらわにした。
「黙れ。余はもう裁定を決した。これ以上の議論は不要である」
それは有無を言わさぬ威厳に満ちた声で、意見を挟み込む余地を見せなかった。
「まず、王立学術院のジョエル・イーサンら魔術師は最善を尽くした。また、彼らには状況を選択する余地がなかったと判断する。また、白椿の団の傭兵らにしても雇われの身であり、雇用主であるエリック・コーウェンの命令を拒絶するのが難しかった、と結論づける。
彼らにはいかなる責も問わぬこととする」
セシリアが声を発するとジョエルは生気をとり戻したように深呼吸をした。さらにセシリアは続ける。
「また、彼らにはイコ討伐において功績があった事を認め、恩賞を与えることとする。細かい点についてはセバスの方から説明を行わせよう」
セシリアは羊皮紙にペンを走らせると横に控えていた老侍従――セバスチャンに手渡した。白髪を総髪にしたセバスチャンはそれを恭しく受け取る。
「御意のままに」
渋い声で彼は答えた。
「さて、エリックよ。余は怒っていることがある。何かわかるか?」
セシリアの冷徹な瞳がエリックを貫く。彼女の手元には初代皇帝から受け継がれて神器が無造作に置かれている。
「イコによって少なからず兵や陛下にけが人が出たことでしょうか?」
彼が尋ねると彼は冷眼を閉じて首を左右に振った。そして、悪魔のような微笑みをエリックに向けていった。
「余は楽しみにしておった。この王宮から第一迷宮の真横に建てられていくあの『登頂者の塔』を見て完成した暁には人の力で築いたもっとも高い建築物としてそなたを褒める気さえあった。それなのにそれなのにじゃ、どうして塔を崩したのだ!」
セシリアは手にも持った神器の切っ先で大理石の床を鳴らす。
「それは……。陛下を守るためには大量の鉄筋コンクリートを用意する必要があったので登頂者の塔を分解して鉄やセメントの材料をえました」
そう。エリックたちはイコの『特火点群(ピルボックス)』の榴弾から身を守るために大量の鉄筋コンクリートが必要であった。とはいえ材料がどこにでもあるわけではない。しかし、幸か不幸かあの場所には大量の材料があった。
それが彼らが苦心して築き上げた登頂者の塔であった。基礎と上部構造物を加えたその大量の資材は榴弾を押さえるには十分すぎる資材だった。
「そういう言い訳は聞きとうない。余を救うため、といえばいかなる罪も許されると思うておるのか? 余がそなたに命じたのは第一迷宮よりも高い王宮を作ることだ。戦えなぞ、と命じた覚えはない。もう、それだけでも大逆だ」
「つまり、陛下は登頂者の塔に登りたかったのですね」
「そうじゃ! だというのにお前らはそれを崩して、さらにあのような瓦礫を帝都の外に撒き散らしたのじゃぞ。あれを片付けるだけでどれだけの労力と金が掛かると思うておる」
エリックたちに怒りを向けるセシリアにセバスチャンが耳打ちをする。セシリアの顔に不満の色が映るがそこは理性が働いたのか「こほん」、と小さな咳払いをすると彼女は語調を改めた。
「エリックよ。そなたの大逆は余の命を救ったことで許そう」
彼は救われた。だが、ここで安堵のするわけには行かない。神佐がまだ残っている。
「陛下、神佐にもご寛容を」
「わかっておる。そもそもその女がおらねば登頂者の塔さえ建設することができなかったのだろう。ならば許さざるをえまい」
セシリアは深い溜息を付いた。
エリックは今度こそ安堵した。
「さて、ここで新たに命じよう。エリック・コーウェンに神佐真夜。第一迷宮を超える高き王宮を作れ」
命令を聞いた神佐は少し微笑むと言った。
「陛下、そんな王宮つくれませんよ」
エリックは再び背中から冷や汗が吹き出るのを感じた。セシリアは抑えきれない怒りで神器を握り締める。青い顔をするエリックと赤い顔をするセシリアを交互に見ると神佐は続けた。
「いまは作れません。ですが、天才美少女である神佐真夜がそれを叶えてみせましょう。ですが、それを可能にするためには多くの物がたりません。まず、高層建築を支える根幹としての超高張力鋼。次に外壁のためのガラスやセラミックス、樹脂。さらに人の力を超えてモノを運び、動かすための重機や建機。足りないものがいっぱいあるのですよ」
神佐は自信にあふれている。
「それらは必ず人の手によって生み出せます。そして、ご覧に入れましょう」
「……良かろう。異世界から来たという貴様を信じよう。そして、世に見せてみよ。人というものの粋を」
それは終わりにして始まりだった。
陛下、そんな王宮つくれませんよ コーチャー @blacktea
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