第12話

「神様なんだか、想像していた塔とだいぶ違うのですけど、これ大丈夫ですか?」


 エリック・コーウェンは第一迷宮『双角の塔』の隣で竹の子のようににょきにょきと背を伸ばす塔を見上げながら言った。彼らが作る『第一迷宮双角の塔に登るための塔』――通称『登頂者の塔』は基礎工事から十日を経て双角の塔の中腹と同じ高さまで成長していた。


 だが、出来上がりつつあるそれはエリックや作業に従事する王立学術院、赤椿の団が考える塔とはかけ離れた姿であった。彼らは言う。


「あれは塔じゃない。柱だ。」

「ありゃ、積み木だよ。鉄の積み木をを何段にも載せてるだけだ。ちょんと押せば倒れるんじゃないか」

「正直、頭でっかちだから倒れそうで怖い」


 彼らの言うことは分かる。なによりもエリックも同じ感想なのである。だが、責任者の一人である自分がそういうわけにもいかず「大丈夫だ」、と半ば自分に言い聞かせるように彼らに言っているが不安は消えない。


 ただ一人、自信にあふれているのは神様である。


「相変わらずエリックは疑り深いね。でも、ドントウォーリーだよ。まぁ、コレが塔じゃない、という指摘については半分正解ともいえるけど」


 不敵な笑みを浮かべると彼女も『登頂者の塔』を見つめる。


「塔じゃないって認めるんですね?」


 エリックが不信を目に込めて神様に向ける。神様はその視線から逃れるように目を塔に向けたまま動かない。ただ、少しいたずらがばれた子供のような顔をした。


「あれはタワークレーン、というんだよ」

「たわーくれーん?」

「そう。簡単にいえば、あれは起重機(きじゅうき)付の塔だよ」


 起重機といえば、滑車や車輪を組み合わせて荷物を水平あるいは垂直方向へ移動させる機械のことである。


「そう起重機がクレーンなんだよ。そして、それは塔の頂上にあるよね」


 神様が登頂者の塔の頂点を指さす。そこには巨大な梯子のような起重機がありそこから多くのロープが伸びている。ロープは大きな車輪に取り付けられており、それを巻き上げたり、下げたりすることで起重機の腕の先にある鉤爪が上下する。


「クレーン本体は塔の三倍くらいありますけど、落ちないんですか?」


 クレーンの大きさは塔の胴体よりも三倍ほど大きい。そのため誰の目から見ても頭でっかちに見える。


「大丈夫だよ。重量がかかることを考えて基礎は深く、重たく作ったし、荷物の移動でずれる荷重の多くは五階ごとに双角の塔に突き刺した梁が支えてくれる」


 登頂者の塔は双角の塔に寄生するように五階ごとに梁が作られている。梁は巨大な鉄の杭で双角の塔側面に魔法で拳くらいの穴をあけたところに差し込まれている。


「それにしてもどうして塔にはコンクリートを使わないんですか?」


 登頂者の塔は基礎こそコンクリートで固めてあるが、塔の自体は鉄でできている。おかげでこの建設現場には大量の鉄が運び込まれ、魔術師の中でも錬金術師、と呼ばれる者たちの手によって神様の指定する形に形成する作業が行われている。彼らは金属の形を変える。あるいは異なる金属同士を混ぜ合わせることに特化した術師である。


「エリック。これとこれを比べてどう思う?」


 神様は現場から同じくらいの大きさの鉄片とコンクリート片を拾い上げるとエリックに手渡した。鉄片は長い間、地面に置かれていたせいか少し熱かったが持てないほどでもない。コンクリート片は少し重みがあるものの熱くはない。


「コンクリートのほうが少し重いですね」

「そう、コンクリートは重いんだよ。私の愛ようにね!」


 大きな眼を開いて上手いこと言った、とばかりに満足そうな顔をする神様が少しむかついたのでエリックは愛のくだりは無視した。


「なるほど、鉄のほうがコンクリートより軽いのか」

「鉄は軽いんだよ。まぁ、私は軽い女じゃないけどね」

「軽ければ軽いほど基礎にかかる荷重は軽くなる。つまり、それだけ高さを伸ばせるんですね」


 二回も冗談を無視されたのが悔しかったのか恥ずかしくなったのか、神様は「そうだよー」、と抑揚のない言葉で応じた。


「それに、鉄はコンクリートと違って柔らかいマテリアルだからね。おもいっきり叩いてみなよ」


 神様はやや不機嫌そうに現場で作業してる人間の一人から金槌(かなづち)を借り受けると、エリックに投げ渡した。


「わっ、あぶないですよ」


 金槌を辛うじて受け取るとエリックは神様をにらみつけるが、彼女は表情一つ変えず「あ、そう」、といった。エリックはやれやれと小さなため息をつくと、気分を切り替えて鉄片を叩いてみた。


 キン、と甲高い音を立てて鉄片が少し曲がる。次に コンクリートを叩く。ゴン、と鈍い音を立てて小さな破片が生まれるが砕け散るようなことはない。


「もう少し叩いてみようか」


 神様の言うとおりにさらに四、五回叩くと鉄は折れ曲がり、コンクリートは砕けた。


「エリック。前に言ったようにコンクリートは人口の岩だよ。それは岩と同じ弱点を持つということでもあるんだよ。コンクリートや岩は押される力――圧縮強度はすこぶる高い。だけど、引っ張られる力――引張強度は脆弱。

 それはコンクリートが伸びたり、縮んだりする性質を持たないから。でも金属は違う。叩けば曲げることもできるし、伸ばすこともできる。黄金なんかは良い例だよね。叩くことで伸びる性質を使って金箔が作られている」


「曲がること。つまり柔らかいことで倒壊の危険が減るわけですね」


「そう、たとえ曲がっても崩れなければ大きな災害にはなりにくい。また、別の視線から見れば鉄だけで作ればとても工期が短くて済む。なんせ、コンクリートには固まるまでの時間も必要だし、現場でコンクリートを調合する時間もいる。

 だけど、鉄はあらかじめ形を決めて量産していれば積み上げて接合部を溶接するかアンカーで留めてしまえばいい。工期はぎゅっと短くて済む」


 確かにそうだ、とエリックは思った。基礎工事が終わってからの工事の進展は早い。クレーンで錬金術師たちが作った鉄の箱を持ち上げて重ねていくことでどんどんと伸びていくからだ。


「あれ、どうしてクレーンはずっと頂上にあるんですか? 胴体である鉄の箱を載せていけばその分、背が伸びてクレーンは下に残されてしまうんじゃないですか?」


 エリックが訊ねると、神様はやれやれという風に首を振った。さきほど無視したのをまだ根に持っているのか彼女は少しもったいつけるように言った。


「エリックは尺取虫をしっているかい?」


 尺取虫と言えば、森や山にいる芋虫の一種である。この芋虫は移動するときに体を曲げ伸ばしすることで進む。その動きが長さを測る様子ににているため、尺取虫と呼ばれるのである。


「ええ、知ってますよ」

「あれに似た仕組みがついているんだ。ちなみに錬金術師さんたちが頑張って作っている鉄箱はマストという。このマストの側面にはクレーンが上下できるように溝が刻んである。この溝をガイドにクレーンは上に登っていくんだ」


 マストと呼ばれる鉄箱をよく見れば確かに溝があり、そこを支えにクレーンが登っているのが分かる。さすがは錬金術師の魔法である。細かい仕事ができるものだ、とエリックは感心した。きっと鋳造で型でこの箱を作ろうとしても難しいに違いない。


「でも、動力は?」

「それはジャッキだよ。と言いたいけど今回ばかりは魔法。しかも、コスト効率は最悪の方法」


 神様はあまり魔法が好きではない、というだが今回の工事では様々な場所で魔法を用いている。マストを作る金属成形は魔法。クレーンのロープの巻き上げも魔法である。ちょうど、クレーンがマストを釣り上げている。巻き上げ用の車輪の前では学術院の魔術師が汗を滴らせながら車輪に回転の魔法をかけている。


 マストを釣ったクレーンの腕が垂直に動くとマストはクレーンの中心にすっぽりと収まった。そこで魔術師は車輪を反対へ回転させる。ゆっくりとロープが伸ばされると釣り上げられたマストとマストがガチャンと激しい金属音を立てて繋ぎ合わされる。接合部では赤椿の団員と思われる筋肉質な男たちが慣れた手つきで鉄杭を差し込んでいる。


 クレーンの根元では錬金術師がマストの連結を確認すると「あげるぞ」、と叫んでいた。

 錬金術師はマストの端に金属の塊を設置すると呪文を唱えた。魔力が青白い光を放つと金属の塊はクレーンを押し上げてゆっくりと伸びあがる。


「うわぁ、これは金がかかりますね」


 魔力が加えられた物体は、魔力を帯びる。そのため、その物体にもう一度魔法をかけても効果はない。今回でいえば、使われた金属はもう魔法では成形しなおせない。つまり、使い捨てである。鉄は決して安い素材ではない。


 最悪の方法、とはよく言ったものでこれが皇帝命令の公共事業でなければきっと誰もしようと思わないに違いない。エリックは金の心配がない仕事であるというのに心配してしまう自分の貧乏性を笑った。しかし、こんな方法を使える現場はそうないに違いない。


「最悪でしょ。それもこれもこの世界に動力がないのが悪い。高効率であるはずのマストクライミングが逆に効率最悪とかジョークでも聞きたくないよね」


 神様は誰に対してか分からない恨みのまなざしをクレーンに向けた。


「まぁ、でもこれを繰り返せば本当にたどり着けますね」

「エリック。何があっても私を頂上へ連れて行ってね」


 彼女は笑ってはいなかった。


 仲間に会いたいから彼女はこの双角の塔を登りたい、というのにどうしてそんなに硬い表情になるのだろうか。それともこの塔に巣くう不死者はそれほどに危険な存在なのだろうか。


「神様は、本当に仲間に会いたいんですよね?」

「ええ、とても会いたい。どうしようもないほどにね」


 その言葉はどこまでも冷たかった。

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