第89話 勇羅&泪side



―同時刻・神在総合病院個人病棟四○七号室。


「そうか。宇都宮の奴、結局事件の事すら何も話さずに、数時間で解放されたんだ」

「ええ」


精密検査の為。現在入院中の勇羅は、和真達と一緒に見舞いに来た泪からこれまでの経緯と、事件の状況の説明を受けていた。泪の隣には同じく見舞いに来た麗二もいる。最も和真は見舞いを済ませ、用があると言って一足先に部屋を出た後だ。


「和真さんから携帯越しに、ユウが目の前で熱出してぶっ倒れたって、聞いた時は心配したけど。元気で良かったよ」


和真達の前で意識を失い倒れた時。搬送されている救急車の中で熱を測ったら、四十度近くもあったそうだが、病院のベッド上で意識を取り戻した時にはすっかり熱は引いていた。今は泪や麗二が持って来てくれた、人気洋菓子店の焼きプリンや泪が作って来てくれた、ダブルシュークリームと言ったお菓子の差し入れも、一箱丸々ペロリと平らげた。相変わらず好物に関しては、底無しの食欲を発揮する勇羅。救急の入院患者とは思えない位元気なのだが、大事をとって後二日入院である。


「まったく勝ち逃げだなんて、凄い後味悪いね」

「とは言え宇都宮のあの精神状態じゃあ、情報聞き出すのは難しいだろうな。和真さんから聞いた話。事件の黙秘どころか取調室へ行くまでの間、友江継美の名前を何度も何度も、繰り返しブツブツ言ってて、気味悪かったってさ」


警察へ連行され聴取を受けた夕妬は、夕妬直属の弁護士の依頼で精神鑑定を受けた結果、何故か一時間も経たずに本人の心神喪失が認められた。更に宇都宮家が、東皇寺の事件隠蔽に躍起になっており、この事件に大きく関わっている夕妬の保釈へ向け、相当莫大な金を摘んだのか、彼は何もなく早々に鑑別所から解放された。結局勇羅達が事件解決へ向けてやった事は、ほぼ全て水の泡となってしまった。


「響君や彩佳さんからの情報ですが、東皇寺学園の方は数日後に都市の教育委員会を含めて、警察による本格的な捜査が行われるそうです。東皇寺学園は事件に関わった教員を含めて、教育委員会の不祥事の責任を取る形で、来年三月末の廃校は確実だそうです」

「マジ? は、廃校って…」


勇羅と麗二は信じられないと言った表情で泪に注目する。


「……勿論、宇都宮家や宇都宮夕妬の一件も関わっています。実はそれ以上に聖龍の『取り引き』が、委員会が思っていた以上に、東皇寺学園内で蔓延していたんです。聖龍の『取り引き』は生徒だけでなく、教員もまた生徒に唆され、彼らの取り引きに手を付けていました。聖龍が取り引きを行っているモノ欲しさに、表向きでは生徒達を注意する傍ら、裏では彼らの取り引き欲しさに積極的に応じていたとか…」

「マジかよ……」


聖龍一味による、東皇寺学園内部への侵食。まさかこれ程の規模になるとは、響や彩佳達も思って見なかっただろう。表だけでなく裏でも良くない噂のある、宇都宮家と関わりすぎた代償はあまりにも大きすぎたのだ。


「せ、聖龍って…どんな事を」

「宇都宮一族と関わってさえいなければ、東皇寺学園の教職員達も、まさかあのような大惨事になるとは、思っても見なかったでしょうね。大きな権力を持ちながら歪んだ欲を抑えきれず、一人の人間がたった一人の人間に拘り続けた結果が、学園一つ丸々潰されてしまう事になるなんて」


一人の人間が起こした事件のせいで、学校が一つ潰れた大惨事だと言うのに、今回の出来事を淡々と語る泪は、どうも他人事のように捉えているようだ。


「……麗二君。少しユウ君と話がしたいので、二人きりにして貰えませんか」

「えっ? 俺は」

「お願いします。彼と面と向かって話がしたいんです」

「わ、わかりました…」


麗二は納得いかないような表情をしながらも、何度か勇羅の顔を見ながら渋々病室を後にした。


「泪さん。俺に話って?」


勇羅は怪訝な顔をして泪を見るが、勇羅を見つめる泪の表情は深刻だ。少しの沈黙の後、泪の口が開かれる。


「……ESP検査を受けるそうですね」


泪の口からESP検査と聞き、勇羅の表情がビクリと強ばる。和真が学生時代の部活でも、現在の仕事でも一番信頼している相手だから、泪だけには検査の事を話したのだろうと、諦めにも似た表情になっている。


「う、うん…。今日の夕方に…特殊医科の特別病棟で。和真兄ちゃんからも、念のためだから検査を受けろって」


特殊医科とは、異能力専門の治療を行っている医科の事だ。そもそも特殊医科を扱っている病院自体、世界中を見ても極めて少ないらしい。人間を非能力者か異能力者を見分ける、ESP検査を行うのも大体がこの特殊医科なのだ。神在総合病院はそんな数少ない特殊医科を扱う病院故に、異能力事件の被害に遭った怪我人や、患者も運び込まれる事が度々あると聞いている。


「砂織先輩達は」

「…兄ちゃんが黙ってくれてる。姉ちゃん達は俺の検査の件、まだ知らない方が良いからって」


和真の計らいで、勇羅がESP検査を受ける事は、幸い砂織を含め家族や他の面々には黙ってくれている。身内なら京香当たりも聞かされていそうだが、京香は肝心な時に慌ててボロを出してしまう癖がある事を、危惧して一切話していないと、和真は苦笑しながら言っていた。


「店で聖龍の連中吹き飛ばした時と宇都宮の件…。一度目の聖龍の時は、瑠奈が無我夢中で思念を込めてやったとばかり思ってた」


勇羅は前の記憶を掘り出すように、ゆっくりと話し出す。聖龍の件は瑠奈本人は瞬きをしながら呆然としていて、やっていないと断言していた。店の中には勇羅達を助けに侵入最中だった、泪だけでなく鋼太朗や麗二もいた筈で、それでも二人の力で複数の人間を、同時に気絶させられる事は考えにくい。和真や麗二以上に強大な念動力を持つ、泪ならば出来るかもしれないが、殺傷の危険性すらある強い念動力で、建物に多大な被害を与える可能性がある以上。強大な念者でもあり熟練の異能力者でもある泪が、安易に人のいる場所で思念波を使うとは思えない。あの場で思念波を出す事が出来たのは、記憶が有耶無耶な勇羅しかあり得ないのだ。


「思念波を起こした時の事は」

「もちろん覚えてない。でも瑠奈の方はなんともなくて、俺は店を出た後凄く身体が怠くなって、結局途中で麗二におぶって貰って…。三人で事務所に戻った後も、身体の怠さが治まらなくて、家に帰った後はずっとベッドに横になってた」


勇羅に思念波を使った記憶はないようだが、直後に勇羅に襲った猛烈な倦怠感。そして今回の高熱騒ぎ。間違いなく異能力者覚醒の兆候だろう。


「心配しなくても、検査結果は『シロ』です」

「本当っ」

「ただ。観察処置の判断は下されますね」

「観察かぁ。それだったら、これから俺。大変な事になるかも…」


観察判断と聞いて勇羅は俯く。嘘は言っていない。今の勇羅にESP検査を行っても、勇羅には異能力者としての思念反応自体が、百パーセント確認出来ないだろう。しかし何らかの切っ掛けがトリガーとなり、勇羅が真に異能力者として、覚醒してしまう恐れもまた、泪は否定できなかった。


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