第90話 雪彦side



―午後三時・神在駅前。


「二羽。大丈夫かな…」

「今まで通ってた学校や仲よくなった友達が、立て続けにあんな事になったんだ」


目の前で変わり果てた友人の姿を見て、今も塞ぎ込んでいる二羽は、雪彦が手配したタクシーで付き添いの響と共に自宅へ帰宅した。駅前で別れる直前まで、瑠奈と琳が何度も二羽に話しかけていた為、ある程度は持ち直していた。完全とはいかないが二羽が立ち直るまで、時間は掛かるのは確実だろう。帰りのタクシーを待つまでの最中。二羽は瑠奈達に自分と友江芙海との関係を、ポツリと語りだした。


『二羽と一緒にお話ししている時だけが、私は『友江芙海』でいられる。芙海は私にこう言っていました。私の家族は何でも買ってくれて、私のわがままを何でも言う事を聞いてくれる。だけど、どんな物を貰っても私は全然満たされない。本当の私(じぶん)を見てくれる人はどこにもいない。


うるさい親に従うだけの、お姉ちゃんも本当の私を見てくれない。お姉ちゃんは私の気持ちに、気づいてる振りをしているだけ。私の知ってるお姉ちゃんは、どんな時でも聞き分けが良くて、誰に対しても絶対に逆らう事が無い。お姉ちゃんは周りに流されるだけの臆病者。芙海は早く家を出ていきたい。家族と離れたいと語ったのは…冗談だとばかり思ってた。多分芙海は、その…自分が宇都宮君に利用されていた事も、感づいていたのかもしれない』


友江家における芙海の内情を語る二羽の声は、震えているがゆっくりとしっかりと、確実に瑠奈達に伝わっていた。両親に過保護と言わんばかりに溺愛され、大事な娘を外敵から護るように、両親に対して従順な姉が常に隣にいる。そんな過剰な束縛から逃れたくて仕方がない故に、周りに対しても常に反発的だった友江芙海。姉と共に東皇寺に進学してからも、家族に反抗する形で授業をサボっていた芙海は、二羽にだけは年相応の反応を見せていたと言う。密かに想いを寄せていた夕妬に利用されていた事実から、逸らすことになってしまっても。


「二羽も彩佳先輩も逢前先輩も…。これからが大変だろうね…」


響の話だと元々友江継美は、もっとレベルの高い市内の私立校へ進学出来たとの噂だった。しかし学園都市内の委員会で、強い権限を持つ母親からの強い推薦と、何よりも妹の芙海の為に、わざわざ登校に時間の掛かる東皇寺学園を選んだと聞いた。二羽の家は幸い学区内から離れていたが、学園が現状で大騒ぎになっている以上、一人での帰宅は東皇寺事件の情報を、一つでも多く求めようとするマスコミに、どのような手段で絡まれるか分からないからだ。


「そうだ。勇羅ちゃんとは面会出来た?」

「ううん。病室に着いた時、麗二が丁度病室から出てきた所だった」

「…半分泪さんに追い出されたようなもんだけどな。泪さんがユウと二人で話がしたいって」

「……」


夕妬と直接対決の末、入院中の勇羅も夕方にはESP検査を受ける。砂織と水海兄妹は結果を聞く為に病院に残っている。詳しい検査の内容は、雪彦を除く今この場に居る面子や、残っている砂織や京香にも知らされていない。雪彦は帰り際に、勇羅が受ける検査の事を和真から直接聞かされたが、その時ロビーで待っている麗二にも、検査の内容は黙っていろと言われたので了承した。複雑な家庭環境を持つ麗二にとっては、勇羅は数少ない友人だけに彼に対して、少々過保護気味なのは雪彦も知っている。麗二がESP検査の事を知れば、勇羅に検査そのものを受けさせる事を反対するのは、目に見えているだろう。勇羅がESP検査を受ける事を知っているのは和真と泪。そして雪彦だけだ。


すると雪彦達の背後から、いきなり甲高い女性の声が響いてきた。



「あ、あっ……あっ、あの…。る、る、る、泪っっ!」



名前を呼ばれた泪を始め声に気付いた一行が、声のした方向へ一斉に振り向く。その場に立っていたのは宝條の制服の上に、水色パーカーを着込んだ女学生は千本妓寧々だ。泪や雪彦達からは見慣れたいつもの寧々の服装。顔を会わせる度、千本妓寧々はいつも同じ服を着ている。


「る、るっ…泪っ…ぼ、僕ぅ…っ。ぼ、僕はぁ…僕はぁぁ…ぼ、僕っ、どっ、どっ…どうすれば、いいの? ぼっ、僕の、大切な…ぱふくんとの、ぱふくんとの夢の小説が…夢の、小説がぁぁぁ……っ」

「あの…千本妓さん。話が全く読めないのですが…」

「ぼ、僕ぅ…っ。僕ね…僕のぉ…僕の夢の小説がぁ…ふ、ふぇぇ…っ。僕の夢の小説がぁ…ば、バカなブスな奴が…っ。つ、つまらないって…バっ、バカにされてぇ…く、悔しくて。ふぇ…ふぇぇん…ぼ、僕はねっ…ぼ、僕はっ、僕はぁっ…世界で一番可愛い夢のヒロインになるのにぃ…。ぼ、僕はぁ…僕は…僕はねっ…。小さな頃から…可愛くて、何でも出来るからって、親にも苛められている世界で一番可哀想なヒロイン。だから…僕はねっ…僕は、僕は……とっても可哀想な、女の子なんだよ? ふぇぇん…ふぇぇぇん……僕は、僕は、僕……僕っ」


大袈裟に声をあげ、子どものように泣きながらも一方的にぺらぺら話す寧々。しかし彼女が話す内容は泪を始め、瑠奈達にも全く理解出来ない。ぎらぎらとした表情で話す寧々には、泪のすぐ傍にいる瑠奈や雪彦達の姿は、全く目に入っていないようだ。


「何なの? ゆ、夢の、小説って…?」


大きな声をあげながら、泣き出す寧々を見て雪彦は引いている。上級生下級生問わず、フレンドリーかつ軽いノリで話しかけては、高すぎるテンションに引いた女子生徒から、毎回逃げられたり殴られたりしている雪彦。大袈裟に泣き出す女子生徒は始めて見たのだろう。


「先輩。先輩にとっては、多分興味持たなさそうな話なんですがー…」

「ちょっと。ちょっと」


瑠奈が雪彦達に、寧々の話す小説の内容を説明しようと、それまで黙っていた万里が雪彦達に声を掛ける。


「何だよ万里」

「泪先輩には申し訳ないが、しばらく彼女の相手をしてもらおう。ここじゃ話しにくい」

「えっ? あ、う、うん…」


瑠奈達に夢の小説の事を、聞こうとした雪彦へ話しかけた、万里の表情は深刻なものだった。万里が真剣な表情をする時は、大体何らかの重要な情報があると、雪彦は本能的に判断している。泪には悪いがしばらく寧々の相手をしてもらう事にして、雪彦達はその場を静かに離れる事にした。


「これ。あの水色パーカーの女子生徒瓜二つだ」


泪と寧々が話し合っている少し離れた場所で、万里は自分の端末を雪彦達に見せる。ネットブラウザが表示された画面からは、千本妓寧々の画像が加工もされずに載せられていた。


「えっ? ちょ、こ、これ……千本妓先輩!?」


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