第88話 探偵部side



「きゃあああああぁぁぁっ!」


時緒が廊下から立ち去ったと同時に、友江芙海の病室から一際大きな音と騒ぎ声が鳴り響く。声の方はむしろ、騒ぎ声と言うより悲鳴に近い。瑠奈や二羽達を始め、周囲の人間もまた異常な叫び声に、声が聞こえた病室の方へと、一斉に複数人の視線が注目する。


「ふっ、芙海ちゃん! 大丈夫よ! 大丈夫だから落ちついてっっ!!」

「ああああああああああっっ!!! うわぁああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」


大きな叫び声と同時に閉まっていた病室の扉を、勢いよく開けて飛び出して来たのは友江芙海。芙海の両脇にはそれぞれ看護士が、芙海をベッドに戻さんと彼女の腕を必死に拘束している。二人の看護士に両腕を拘束されているのにも関わらず、芙海は看護士の拘束から逃れようと、自分の両腕をもがんとする勢いで暴れる。


「うあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!! ぎゃあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!! おぉぉぉあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!!」

「と、友江さんっ。お、お願いっ! お願いだからベッドに戻ってっ!!」

「大丈夫だからっ、大丈夫よ! お姉ちゃんは、お姉ちゃんは帰って来るから!」


「ぎゃあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!! ぐぉがぁぁああああああああぁぁぁっ!! んぎぃいいいいいいいいぃぃっ!!」


もはや人とは思えない獣の如き叫び声を上げながら、自分の身体を雁字搦めに拘束している、看護士達より逃れようとする芙海。昨日発見された時点で彼女はかなり衰弱していて、奏の話によると投与された薬物の影響も残っていて、まともに動ける筈がない。一体彼女のどこに、あのような体力が残っていたのだろう。


「ふ、芙海っ…!」

「うぎいいいいいいい!!! ぎゃああああああぁぁぁっ!! うるせええっ!!うるせえうるせえうるせえうるせえうるせええよああああああああああぁぁ!!! どけよどけよどけよどけよどけよどけよおおおおあああぁぁっ!! 邪魔するな邪魔するな邪魔するなよするなするなするなああああああ!!」


二羽は暴れている芙海へと、反射的に駆け寄るが二羽が触れた途端に、芙海は訳の分からない言葉を、意味なく喚き散らしながら更に激しく暴れ、芙海はそのまま差し伸ばされた二羽の手を、突き飛ばす勢いで思いっきり振り払った。


「つっ!」

「二羽、大丈夫っ」


瑠奈と琳が芙海に突き飛ばされた二羽の傍に駆け寄る。彼女はもう、目の前の友人の顔すらもまともに認識出来ていないのか。


「お姉ちゃんっ!! お姉ちゃんどこっ!! お姉ちゃんはどこにいるの!? お姉ちゃんはどこ!? お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!! お姉ちゃんにあいたいよおお!! お姉ちゃんにあいたい!! お姉ちゃんにあいたいお姉ちゃんにあいたいお姉ちゃんにあいたいいいいっ!!」


血走った目で睨み付けた思うと、芙海はいきなり子どもが癇癪を起こしたかのように、今度は大声で泣き叫びながら姉を呼び始めた。今ここに継美はいない。昔から何でも与えてくれる両親より、精神的には継美の方に大きく依存していた芙海。もちろん他にも要因があるだろうが、それ以上に当たり前のように側にいた姉が居ない事で、芙海は強度の錯乱状態に陥ったのだ。


「か、奏ちゃん! すぐに婦長と担当へ連絡して、っ! 今患者さん専用の鎮静剤が部屋にないのよ! お願いっ!」

「わ、わかりましたっ!」


二羽を突き飛ばした芙海を、すぐに押さえつけた看護士の一人から指示を受けた奏は、芙海の状況を婦長に連絡するべく、すぐに婦長室へ向かって走り出した。


「芙海ちゃん大丈夫よっ! お姉ちゃんは絶対に帰ってくるからっ!! だからベッドに戻りましょう!」


「うるせぇええっ!!! うるさいうるさいうるさいうるさいだまれだまれだまれだまれよだまれよおぉぉ!! お姉ちゃんっ! お姉ちゃんっ! お姉ちゃんはどこ!? お姉ちゃんはどこ!? わたしはお姉ちゃんに会うんだあぁっ!! 


あいたいあいたいあいたいっ!! お姉ちゃんにあいたいっ!! お姉ちゃんにあいたいっ!! お姉ちゃんにあいたい!! お姉ちゃんにあいたい!! お姉ちゃんにあいたいお姉ちゃんにあいたいお姉ちゃんにあいたいあいたいあいたいあいたいあいたいお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん―」


看護士達に押さえられながら、壊れたテープレコーダーの如く、お姉ちゃんと泣き叫び続ける芙海。聖龍や宇都宮夕妬に、都合の良いように利用され弄ばれた末に、最早元の面影すら残らないまま変わり果てた友江芙海。周囲の誰もが呆然と騒ぎを見つめる中で、二羽の嗚咽が聞こえてくる。


「ふ…芙、海……な、んで…っ。何で…こんな事にぃ…ううっ……うっ…うぅ、っ……」

「二羽…っ」


友人に突き飛ばされた床に座り込んだまま、ずっと嗚咽を漏らし続ける二羽。結局友人を救う事が出来なかったのだ。瑠奈も二羽に吊られて声を出して泣きそうになるが、涙と嗚咽を必死に堪えて、黙って友人の側にいてあげる事しか出来ない。瑠奈同様に琳も泣きそうになっていた。


「…瑠奈ちゃん、琳ちゃん。一先ず万里と一緒に、勇羅ちゃんの所へ」

「っ……わかった」


怒りと憤りの混じった、複雑な表情をした雪彦に急かされ、瑠奈と琳は戸惑いつつ立ち上がると、今だ嗚咽を漏らしながら俯く二羽を、二人両脇で支えるように連れ、その場からゆっくり歩き出す。そして瑠奈達に近寄って来た万里と共に、勇羅が入院している病棟の方向へと歩いて行った。万里の方も泣いてこそいなかったが、眼鏡のレンズの光が目を遮り、普段からポーカーフェイスを保っている表情が全く見えなかった。


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