第80話 勇羅side



「セキュリティにコンピューターウィルスって…。人様が管理するマンションで勝手になんて事を…」


いつの間にかモニター画面は、意味不明な羅列の文字で埋め尽くされていた。さっきまで画面に映っていた茉莉や黒髪の男は、何故か奇妙な映像にすり替えられている。


「な、なにこれ…。さっきまで真宮先生達映ってたのに…これもさっきの声の女が?」


画面に映し出された文字の羅列は、細かいジグソーパズルの小さなピースを混ぜるように高速に動いたと思えば、途端スローになったりとある種の不気味さを感じさせる。


『世界の全ては遥かなる高みを目指す、私達宇都宮一族こそが絶対正義。我が宇都宮一族の法に背いたあなた方こそが全ての敗北者なのです。あなた達は負けを認めなさい、そして私達絶対正義における宇都宮の法に従うのです』

「敗北者だって? ふざけんなっ!! 元々喧嘩売って来たのは宇都宮の方だろうが!!」

「つか、僕達が敗北者だなんて冗談じゃないよ!! 大体あんたら宇都宮本家の方が、自分の分家を切り捨てたんだろ! こっちだって分家の宇都宮夕妬に、散々な目に遭わされたんだし、反撃する権利が沢山あるんだよ!!」


声の聞こえるモニター画面を、怒りの感情全開で怒鳴り付ける和真達を余所に、女の声は和真達の怒りに動じる事なく、ようやく夕妬を追いつめた勇羅達にとっては、余りにも理不尽な言葉を吐き続ける。


『あなた方はこの清浄なる、穏やかな美しい世界を牛耳る、我が遥かなる高みを目指す世界の宇都宮一族に楯突くと言う、愚かしいも同然の行為を行ったのです。あなた達は無謀にも宇都宮一族と言う、世界の絶対正義に反逆した、命知らずで愚かで哀れで生きる価値もない生塵達。あなた方がこうなる結末となった時点で、私達宇都宮一族の勝利は確実なのですよ』

「な、っ…!?」


「……どういう事、なの? 彼らが……負け? 僕はまだ何も…何もしていない。僕はまだ…まだ継美に何も……何も、伝えて、ない」


今回の騒動最大の元凶でもある夕妬の方も、現在起きている状況を、全く把握出来ていないようだ。明らかに追い詰められているのは自分である筈なのに、勇羅達が宇都宮に負けると言う発言を、まるで他人事のように捉えている。


『それから宇都宮分家子息・宇都宮夕妬。宇都宮本家当主代行の名においてあなたは…。あなたは宇都宮本家当主の命令により、宇都宮本家へと強制送還し、正式に宇都宮本家へと軟禁致します。そしてあなたが大事にしていた友江継美は…。これからは彼女の事は、この遥かなる高みを目指す、世界に選ばれし私の手元で永遠に守って…慈しみ、愛してあげる…』

「な…っ!!」


宇都宮一族を名乗る女から出た、衝撃的な言葉の数々に夕妬は黒目がちの瞳を、肌からはち切れんばかりに見開く。


『あぁ…本当に可哀想な継美…。あなたのような、愚かで薄汚く惨めで醜い心を持つ、醜悪な男に目を付けられたから、あんな酷い目に遭わされて…。これからはあなたの…いえ。友江継美は、この私が一生を掛けて、大切に護って慈しみ、継美を愛(め)でて愛してあげる。だから宇都宮一族に必要のなくなったあなたは、もう本家に帰還なさい。そして永遠にあの女の中の檻の中で、飼われて過ごしなさい』

「!?」


女から立て続けに出てくる言葉に夕妬だけでなく、その場にいる全員が言葉をなくし茫然と立ち尽くしている。


『継美も芙海も、私達宇都宮本家が解放し、既に手厚く保護して置いたわ。だからあなたはもう何も気にする事なく、安心して本家へとお戻りなさい。だけどあなたが私の愛する継美に会うことは、二度とないでしょう。そして今其所にいる、水海和真と皇コーポレーションご子息よ。あなた方は我が遥かなる高みの世界へと向かう、世界の唯一絶対の法における、宇都宮一族の秘密を知りすぎました。あなた方の京香と砂織もこの私が大切に匿って、私の手で守って慈しみ優しく愛してあげるから、後の事は心配せずに永遠にお休みなさい。ここで命を失うあなた達は、彼女達と二度と会う事はないでしょう』

「ち、ちょ!? お姉さま方は私のものってどういう事っ!?」

「……」


あまりにも傲慢かつ、一方的過ぎる女の勝利宣言に、さっきまで声の主の女に怒鳴りまくっていた和真も雪彦も呆然としている。声しか聞こえない女の言っている事は、勇羅達にも全く理解出来なかった。


自分達は敗北? 京香や砂織を自分が手に入れる?


宇都宮一族の女は、さっきから何を言っているのだろう。女の声が一方的に告げる支離滅裂すぎる展開に、付いて行けない勇羅に理解出来るのは、聖龍に拉致された友江姉妹は、夕妬の手から離れ宇都宮本家に保護されている事。分かりやすくすると、彼女達姉妹は宇都宮夕妬から解放されたが、宇都宮一族から解放されていないと言う事。そして声の主の彼女もまた夕妬と同じ、友江姉妹や砂織達を、都合の良い人形としか思っていない事だ。宇都宮本家へ戻れと宣言された夕妬は、女の声が聞こえ続けるモニター画面を見つめたまま、既にピクリとも動かなくなっていた。



『それでは皆さん。もしあなた方がこの場で生きているのでしたら、いつかまたどこかで、私達宇都宮一族とお会い致しましょう。……それでは永遠に……この世界よりさようなら』



こちらの発言など、全く持って完全に無視した挙げ句、一方的に言うだけ言った女の声は、プツリとモニター音が切れると同時に聞こえなくなった。


「つ………継、美………っ」

「宇都宮……お前……」


勇羅は今まで見たこともない表情をしている、宇都宮夕妬の顔へ無意識に視線を向けていた。同い年で身長も変わらないのに、やけに大人びて周りの大人達を、容易く手玉に取っていた少年。自分以上に中性的な顔立ちかつ華奢な体格なのに、物凄く頭がキレ狡猾な奴だと思い込んでいた。しかし彼は一人の相手に、振り向いてもらいたかったが為に、最終的に弄んでいた筈の、聖龍の手の内に踊らされていた挙げ句、持っていた地位も欲しかったものすらも失った。結局宇都宮夕妬と言う少年は、勇羅が思っている以上に、大人になりきれていなかったのだ。


「ふ…ふふ……ふふ……ふふふふ……ふふふふふふっ」


夕妬は下に俯きながら、渇いたような声で笑い続けている。しかし勇羅達に向けた笑みは自虐の嘲笑だった。


「そうか…。そうか……そ、うか……そう言う事かい……小夜………っ」

「小夜?」


夕妬はふらふらとした足取りで立ち上がると、まだおぼつかない足どりで、ペンやメモ用紙などが乱雑に散らばっている机へ向かい、そのまま引き出しをまさぐり何かを取り出す。生気をなくし、虚ろな目をした夕妬が手に持った、光るそれはナイフだった。それも銃刀法違反間違いなしの、刃渡り三十センチもある鋭利なサバイバルナイフ。


「あ、あいつっ!」


しばらくの間、虚ろな表情でナイフを眺めていた夕妬。勇羅は何をそんなに刃物を見つめているのかを気になって仕方がない。勇羅が僅かに夕妬から目を放した瞬間-。


「勇羅ちゃん!! 前っ!!」

「え」


前と叫んだ雪彦の声で、勇羅は夕妬へ視線を戻す。


「!!!」


視線を夕妬へ戻した勇羅が見たものは、すぐ近くにいた勇羅へと一直線へ目掛け、天使と呼ばれていた少年とは程遠い、気品の欠片もない血走った表情で襲いかかって来る少年だった。


「ぁああああああああぁぁぁぁっっ!!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る