第79話 櫂&勇羅side



事務所の玄関から現れたのは、薄桃色の髪に前に下げた、二つの長い三つ編みが特徴の女。二十代後半を過ぎているとは、思えない童顔かつ清廉な美貌と同時に、得体の知れない胡散臭さを持つその三つ編み女は、櫂がよく知る女であり、上からの任務で神在に滞在している自分を、この場に呼び寄せた張本人だった。


「あの時以来ね櫂ちゃん。お久しぶり~」

「げ」


周囲には櫂によってあっけなく倒された男達が、複数地面へ転がっている。殺伐とした現場に似合わない、あっけらかんとした笑顔で迫る茉莉の顔を見た途端、櫂はあらかさまに嫌そうな顔をする。茉莉は自分の思いに正直かつ、肉食系な櫂の事を気に入ってるのか、隙を見つけてはスキンシップを図ろうとするからだ。


「そんなに嫌な顔しなくてもいいじゃないのよ~。せっかく櫂ちゃんに会えたのに、ゆっくりお茶も出せないんだもの」

「ったくよー…。これだから、あの若作りジジイの依頼は受けたくなかったんだ」

「やっぱり伊遠ちゃんに、私達の事も頼まれたのね」


茉莉も櫂も勤めている組織内での関係上、お互いの事情などをよく知っている。本来櫂が上に与えられた現在の任務は、神在市内のどこかに潜伏していると、噂されている異能力者集団の監視。伊遠は上層部直々に任務を受けた櫂が、監視対象先の潜伏区域近くに居合わせたから、丁度良い機会だと思って依頼したのだろう。聖域(サンクチュアリ)の職員としてまだ若いながら、櫂は幼少の頃から聖域の構成員として、次々と実績を上げており、現在では単独で任務を任される程。普段の素行には問題はあるが、任務遂行能力や戦闘能力に至っては申し分ない。それ以前に真の【聖域(サンクチュアリ)】とは、宇都宮ごときの権力で、どうこう出来る組織ではないのだから。


「見ろ。ご丁寧にこっちの監視までしてるとは、実に臆病なお坊ちゃんだ」


櫂が指を指した茂みの方向に、数個ものレンズの光がチカチカと光っている。連中にばれていないとでも思ったのか、茂みの中のカメラらしき物体は、乱雑に設置されているようで、不自然な光に茉莉もすぐに気付いたようだ。


「なるほど…。彼はあれを使って、古参集団の監視も兼ねてたのでしょうけど、連中が若手を置いて逃げ出した以上、全然効果なかったみたいね~」



―同時刻・某所マンション十一階宇都宮夕妬宅。



「何故……どうして…僕の……」


モニターに映し出された、映像を見た夕妬は唖然としている。京香達を自分達の手元へ捕縛するべく、水海探偵事務所へ向かわせた、聖龍の者達が一人残らず倒れている。運よく難を逃れた者達も、突然現れた男の異質な威圧感と殺気に恐れて、全員が何処かへと逃走してしまった。


「聖龍の連中。みんな倒れてるね……」


光景に何度も瞬きを繰り返し、目を丸くしながら勇羅が呟く。和真や雪彦、響に泪もまたポカンとした表情で巨大な画面を見つめていた。聖龍の面々がたった一人の黒髪の男に、成す術なく倒され山積みにされているのだ。黒髪の男は事務所から出てきた、薄桃色の髪の女と話しているが、仕掛けられていた画面に気付くと、いきなり画面の方へ向かってズカズカと歩いて来た。


『おー。お前が宇都宮夕妬だっけー? 今自分の家でこの場を見てるんだろー? 残念だったなー。遥かなる高みの世界に居る宇都宮夕妬様の思い通りにい・か・な・く・て』

「!」


黒髪の男は嘲笑ともつかない、歪な笑みを浮かべる。様付けは自身の絶対的な実力から来る、夕妬への完全な嫌みだろう。すると男の横から水海探偵事務所から出てきた、薄桃色の髪の女―真宮茉莉が、男の横に割り込んで来た。


『はぁーい、皆元気~。こっちは櫂ちゃんのお陰で、一通り片付いたからもう大丈夫よ~』


聖龍メンバーを片付けた櫂と呼ばれた男は、どうやら茉莉が呼んでくれたようだ。自前で応援を呼んでくれたなら、始めから言ってくれれば良かったものを。勇羅は無意識的に心の中で愚痴ってしまう。


『ちょっとばかし派手にやり過ぎたなぁ。家の力で悪事を揉み消されるのをいい事に、散々あちこち無差別に自分の権力使って、やりたい放題して手を回すおかげで、今までお前を庇っていた宇都宮本家のご当主様はカンカンだぜ。裏社会に手を回すのだけならばともかく、水海のお嬢様に手を出すのも頂けないとさ』


宇都宮一族当主直々による夕妬への制裁。やはり国外企業の令嬢である、京香の拉致が決定打になったようだ。


「馬鹿なっ……宇都宮本家が…っ。こんなの…こんなの嘘だ…僕は…僕は……っ!」

『あいつらご丁寧に、事務所周りの電線切断してまで、通信妨害してくれちゃってまぁ…。でも彼らこれだけ派手にやらかしたし、近い内に事務所近隣住民の人達にも、被害届出されるだろうから…。警察に出されるのは宇都宮君個人への、損害賠償だけじゃ済まされないでしょうねぇ~』


茉莉が追い討ちをかけるように、今の聖龍にどんな制裁が下るか楽しみな口調で。現在の周囲の状況を語る。まさか聖龍は茉莉達が警察に通報出来ないように、通信妨害までしていたとは。しかも電線切断などと言う、いかにも被害届では済まされない手段を使ったようで、当然の如く近所にまで、通信切断の被害が行く行為まで行ったらしい。


「…とうとう宇都宮本家は、お前を本格的に見捨てるらしいな」


和真は冷ややかに夕妬を見つめる。妾の子とは言え、あくまでも彼は宇都宮分家唯一の跡取り。たった一人の人間に執着したが為に、ここまで簡単に落ちぶれてしまうものか。


「行方しれずになった友江継美と友江芙海。お前が監禁してるんだろ、二人は何処にいる? 特に友江芙海の容態が本来、外に出ることすら出来ない状態なのは分かってる筈だ」


聖龍の犠牲になったのは、なにも勇羅達だけではない。勇羅達が受けた被害など、過去の聖龍被害者と比べても全然軽い方だ。宇都宮夕妬の私利私欲に巻き込まれ、今も行方が分からなくなっている友江姉妹。和真と泪が別のアジトを汲まなく調べた結果、夕妬が二人の姉妹を自宅に監禁している事が既に発覚している。聖龍古参達に弄ばれ、心身共に衰弱が酷いだろう姉も同様だが、既に何度も病院や自宅からの脱走を計り、更に薬による症状が重い妹に関しては、あまり時間の猶予がない。


「わ、渡さない……っ。継美も芙海も……。絶対に…絶対に渡さない」

「警察や報道、宇都宮一族が関わったと思われる全ての機関に、お前個人が聖龍と繋がっている事をリークした。本家がお前を見捨てると判断した以上、証拠を破棄される事も向こうからの妨害もないからな」


『いいえ。この東皇寺の事件は全て、あなた方宝條の者達の完全敗北が決定となります。この事件は私達宇都宮一族が、全てを無かった事にして処理致します。この東皇寺事件の全てが私達、遥かなる世界の高みを目指す、宇都宮一族のみの絶対的勝利となるのです』

「!!」


突然部屋全体に女の声が響いてきた。凛とした気品さと同時に、どこか冷たさを感じさせる女の声。どうも画面の向こう側からも、女の声が聞こえているようで、男も茉莉もぽかんとした顔でカメラを凝視している。


『このマンション全てのセキュリティシステムは、我が宇都宮一族秘伝のコンピューターウイルスが、全ての設備を支配致しました。この聖龍……宇都宮の事件に関わるあなた達を。愚かなあなた達は、我が宇都宮一族の事件を知りすぎました。遥かなる高みの世界を目指す、宇都宮の名において決して貴方達を逃がしません』


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