第78話 茉莉&櫂side



―同時刻・水海探偵事務所前。


「ふん…。思ってた通り、こっちにも差し向けて来ると思ったわ」


茉莉は水海探偵事務所の二階窓から、周辺外に戯れている招かれざる来客達を、冷めた目で眺めている。恐らくはあの宇都宮夕妬が、前もって連絡して手配したのだろう大勢の聖龍の面々が、近所迷惑も省みずに、水海探偵事務所前周辺に何の細工も施さず、堂々と待ち構えているのだ。事務所に屯っている聖龍の連中は、若手から古参の面々まで勢揃いしている。超えてはいけない一線を越えたばかりに、本家に尻尾を返された宇都宮夕妬は、和真を始めとした自分達を陥れる為に、とうとう手段を選ばなくなっているらしい。


「あいつら。お兄ちゃん達が出払ったタイミングでやって来たね」

「お兄ちゃん達が居なくなった所を狙ってくるなんて、いい度胸してるじゃない。全員まとめて叩き潰してやるわ」


瑠奈や京香達もカーテン越しから、事務所周辺を取り囲んでいる聖龍達の面々を覗いている。和真達から聞いた話を纏めた所、宇都宮夕妬の狙いは本来なら別の所にある。事実夕妬にとって茉莉達の存在など蚊帳の外である事と、聖龍自体は戯れとして自分達に狙いを定めて来た事。夕妬は和真達が自分の元へ向かったのを完全に想定して、彼らをこちらへと送り込んだのだろう。


「京香ちゃん、焦っちゃ駄目よ~。派手に暴れるとご近所迷惑になっちゃうし、何よりも場所が場所だからね~」


指をボキボキと鳴らし、臨戦態勢を整えてやる気満々の京香を、茉莉が宥める。いくら空手有段者の京香とは言え、複数の武器持ち男性達を、相手にするには余りにも部が悪すぎる。恐らく連中も京香の腕っぷしを知りつつ、自分達が京香から受ける行為が、正当防衛に入るかをも考慮し、敢えてここを彷徨いているのだ。実際聖龍の面々は表面上の取り繕いも達者で、彼らの悪質かつ言葉巧みな口添えが原因で、今までの行為を揉み消され、泣き寝入りした被害者も少なくない。


「それでもあれだけの人数、新人古参構わず送り込んでくるなんて…。とうとう宇都宮も余裕がなくなって来たみたい」

「あの男はそう簡単に、ここへ乗り込んで来ないわ。あっちも向こうが置かれてる状況、ある程度分かってるわよ」


ある程度自分の身を守る術を、嗜(たしな)んでる京香や茉莉はともかく、異能力者を含めた一般人。琳や砂織だけでなく彩佳や二羽、万里もいるのだ。念を入れて事務所に待機している面子全員が、二階の客室へと避難している。琳の腕には角煮が抱かれて眠っている。


「んー…。もうすぐ到着すると思うかしら」

「もうすぐ?」

「知り合いに応援頼んだの~。私を助けて(はぁと。って」


ノリノリでウインクをしながら、茉莉は先ほどから窓際を、右へ左へぐるぐる回るように行き来している。


「…あの人達が集まって結構時間経ってますけど、それにしては何もしてきませんね」

「指示を待ってるか、様子を伺ってるかのどちらかね。あの宇都宮の傾向から、まだ指示が出ているかどうか曖昧なんでしょう」


彼ら聖龍が事務所を、彷徨き始めてから既に二十分位経過しているが、事務所周辺に屯っている聖龍の面々は、一向に外から動く様子がない。


「宇都宮夕妬の直接指示で動いてるならば、手荒な真似はされないとは思うけど、見たところ奴らの中に古参メンバーも半分程居る事だし、冴木さんや友江さんのケースもあるから…ね」

「…っ」


包囲している輩の中には当然、若手以上に悪辣な行為を、行って来た聖龍古参も居る。冴木みなもの件を考えれば、身の安全の保障など出来るものではない。まだ緊迫状態が続いているが、少しのきっかけさえ出来てしまえばすぐに破られるだろう。


「ごらんの通り。警察への通報も期待できないしね」


茉莉達は聖龍のメンバーを確認した直後から、携帯やネットやらを使って、警察への通報を何度も試みたが、連中は何らかの方法を使って、周辺の通信電波をジャックしており、通信手段は完全に断たれている。古参達は目的の獲物を拉致する際は必ず、周囲へ電波妨害や物理的方法で、通信の切断を繰り返すなど、頻繁に違法な手段を使って来たらしい。この後に及んで色々と余計な事をやってくれるのだから、逆に自分達の罪を増やしてくれて、通報する側の茉莉達としては、とても有り難いのだが、あまりにも諦めが悪すぎる。正直『彼ら』の到着を待つしかない。


「あ」


二羽が短い声を上げたと同時に外の男が一人倒れた。突然昏倒し、意識を失った男に周りの者達も慌て戸惑い出す。


「ど、どうなってるんですか?」


混乱する現場を、事務所の二階で眺めながら、目を丸くする彩佳達を横目に、茉莉は嬉々嬉々とした表情で眺め始める。


「間一髪の所で間に合ったわね~。もうこっちは一安心だわ」


茉莉の言葉を合図に、事務所を取り囲んでいた男達は、見えない人影に翻弄され、ひとりひとり次々と倒れていく。


「あいつら絶対、こっち乗り込んで来るだろうと思ってたから、知り合いの『警備員』君に無理言って、私達のボディーガードの依頼に来てもらったのよ~」

「ボ、ボディーガードぉ?」


裏返った声をあげる京香に、茉莉はまた悪戯っぽい笑みを浮かべ京香の言葉に答えた。



―水海探偵事務所前。



「……全くあのクソジジイ共。いくら知人だからって、人使いが荒すぎだっての。今度会ったら報酬倍額突き付けてやる」



黒髪の青年―黒城櫂(こくじょう かい)は悪態を吐きながら、聖龍の男達を一人ひとり片付けていく。倒れていく仲間達を尻目に、がむしゃらに反撃を続ける聖龍の男達に対し、それをあしらう櫂に無駄な動きはなく、男の背後へ素早く回り込み、その首根っこへ手刀を的確に叩き込み、正確かつ確実に向かってくる、男達の意識を落としていく。櫂の視線に気付いた男が一人、しゃがみながら電柱へと後ずさる。


「た、た、た、た、頼む! 見逃してくれ! お、俺達はただ宇都宮に従ってただけなんだ!な? な?」


男はロクに磨いていない歯を見せながら、ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべる。自分に殴りかかって来たのは櫂と同じ年頃の若い者達だけで、しゃがみ込んで櫂へ命乞いをしている男達は、皆二十歳程も年上の男達ばかりだった。


「……うっわ、見苦しー」


茉莉が言っていたのは本当だ。聖龍の本来の貌(かお)は社会に馴染めず、私欲の為に悪質な取り引きを行うまでに落ちぶれた溢れ者集団。過去に聖龍の被害にあったのは、裕福かつ見目の良い年若い娘ばかり。全員が聖龍によって目も覆いたくなる凄惨な仕打ちを受けており、今も消息の掴めない娘もいる。櫂はゴミを見るような視線で、自分へと許しを乞う中年の男達を見下ろす。


「お前ら、年下の小僧に命乞いして恥ずかしくないか?」

「見逃してくれよ! な、な、な、なっ!?」


本当なら幼少より、裏の世界に身を落としている櫂が、言う台詞なのではないのだが、今も見苦しく自分に命乞いをしている男達を見ていると、社会に馴染めず堕ちる所まで堕ち、裏で悪辣かつ賢しい悪行を繰り返し続ける男達。裏社会に漬かった人間の前で醜態を晒すとは、情けない事在りはしない。


「……命だけは見逃してやるから、二度とこの神在には手を出すな。次は聖龍の名前そのものが、跡形も無くなると思え」

「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」


櫂は一際殺意の篭った目で男達を睨み付けると、それまで命乞いをしていた中年の男達は、櫂の手で倒れた若手の者達を置き去りにし、一目散に全員がその場から逃げていった。


「す、凄い…」

「あ、あ、あの人っ! あんなにあっさり沢山の人数を撃退するなんてっ。アクション俳優さんか何かですかっ!?」


京香達は呆然としながら、一人の黒髪の男が聖龍のメンバーを、蹴散らす光景を眺めていた。驚きの状況の中で彩佳は、何故か興奮状態ではしゃいでいる。外国映画顔負けのアクションシーンを見せられては無理もないか。


「んも~。興奮したいのは分かるけど、ヒーローにサインをねだるのは後でね~」

「でも、聖龍の人達何人か逃げてしまいましたね…」


とりあえず自分達に迫ってくる脅威は一段落したといえ、聖龍の面々は逃げてしまったと二羽が指摘する。


「問題ないわ。宇都宮夕妬が追い込まれている以上、逃げた連中も近い内に、何も出来なくなるわよ」


逃げ出したのは当然。夕妬の目を盗んでは、小賢しい手段を行い続ける古参の方で、櫂の手で倒された血気盛んな若手の者達を呆気なく置き去りにした。


「あ。電話繋がった―…只今」


自分の携帯を弄っていた砂織が写った画面と、電話の時報音声を聞いて大きく息を吐く。通信の妨害を行っていたのはやはり古参達の方だった。しかも電話回線の方は物理的に切断しているのを見たので、確実に周辺住民からの被害届は免れない。


「すぐに警察に連絡して。私はちょっと櫂ちゃんに挨拶してくるわ~」


茉莉は窓から外の安全を再度確認しながら、部屋を開け事務所の階段を下りて行き、玄関をゆっくりと開けた。


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