第77話 勇羅side



「ぐぐ……っ」


自信に満ちた笑顔で佇む、夕妬を睨みつけながら、雪彦は歯を噛み締め、己の拳を力の限界まで握りしめる。雪彦自身も冷静さを欠いた舌戦は、明らかに自分の方に部が悪いと思ったか、渋々後退りながら勇羅達の側へと引き下がる。勇羅達の元へ下がった雪彦と交代するように、今度は和真が夕妬の前へと進みでる。


「宇都宮一族の分家跡取りは、本家以上に悪どい事してるじゃないか。あれもこれもそれも駄々こねた子どもみたいに、見境いなく何もかも全部欲しがって…その可愛らしい顔(ツラ)に、一体どれだけの女が騙されたんだろうな」

「君があの有名な水海和真か。そうだ。京香は元気? 前に会った時、彼女の顔ほとんど見てないから…僕、また京香に会いたいな。一緒に会った砂織の事だって、もっと深く知りたいんだ」


夕妬は当たり前のように、和真の妹の京香や自分の姉・砂織を呼び捨てにする。まるで最初から和真の妹の京香や砂織が、自分の知り合いであったかのような親しみを含めた話し方だ。だが夕妬の親しくない相手へ当たり前のように、自分にとって親しい相手なんだと話す様が、勇羅から見て余計に、宇都宮夕妬と言う人間の異質さを敏感に感じ取っていた。


「あの見合いの時。本人からこっぴどく振られたのに、まだ京香の事呼び捨てか。お前の腐りきった口説き文句に、寵落される程京香は甘くないし、それ以上にあいつは自分より弱くて、性根の腐った男が大嫌いなんでね」

「に、兄ちゃん…」


こんな所で自分の妹の、男の好みのタイプを堂々と晒すとは。勇羅もまた水海兄妹との付き合いが長い故に、京香が数多くの同級生の告白を、真っ正面から叩き潰して来たのを知っている。京香本人は軟弱な男性は好みでないと言ってたが、確か喧嘩が弱くても芯が強くて胆の座った男性が好みだと言っていた気がする。夕妬があらかさまに妹が嫌悪する男だと知ってるから、あえてそれを言い放ったのだろう。


「そんな事はないですよ。京香だってあの時の言葉は、きっと心の中では本意じゃない事を知ってる筈だよ。外国の大学を飛び級で卒業した流石の天才さんも、繊細な女の子の真意を読み取る事だけは、てんで苦手なんですね」

「てめ…っ」


夕妬は表情を全く崩さない所か、今もまるで掴み所のない笑顔で、和真の放った盛大な皮肉に対し皮肉で返す始末で、夕妬の挑発的な態度に和真の歯軋りまでもが聴こえた。このままでは雪彦だけでなく、和真までも頭の血が火山の如く噴火して、一気に夕妬に飛び掛かって殴りかねない。隣で小刻みに全身を震えさせる和真を、横目で見る勇羅や泪を尻目に、これまでのやり取りを静観していた響が口を開く。


「……宇都宮お前。勇羅君の姉さんや和真さんの妹さんだけでなく、ウチの姉さんにも手出そうとしてただろ」

「えっ? 何の事かな?」


響の発言に対して、訳が分からないと不思議そうに首を傾げる夕妬に、内心で激しい苛立ちを感じながらも、あくまでも響は冷静に言葉を続ける。


「しらばっくれても遅い。姉さんが研修で勤務してる神在総合病院周辺を、聖龍のメンバー数人が嗅ぎ回ってたんでね。幸い神在はあんたら委員会の管轄外だったし、速攻神在の警察に通報させてもらったけど。お前の家の息の掛かった、東皇寺学園や生徒会の連中はともかく、神在の警察にマークされるのは厄介だって、聖龍古参の方は相当理解してるんだろうね。お前に姉さんの拉致を任された連中。神在管轄の警察に通報したら、全員尻尾巻いて逃げていったよ」

「……最悪」


次から次へと出てくる響の証言に、響と夕妬を交互に見ながら雪彦は悪態を吐く。神在は色々訳有りの都市としても知られているので、宇都宮の権力も届きにくいと噂されている。聖龍の古参達は自分達の取り引きを行うに当たって、異能力犯罪などで警戒の厳しい神在が、一番厄介な場所だと当時から理解していたようだ。しかし夕妬達一派は、古参達の慎重すぎる警告すら無視し、無謀にも神在の領域を何の準備もなく侵していたのだ。


「友江副会長や神在の人達に目を向けすぎたのが、仇になったんじゃない? 古参達は宇都宮の権力を充てにして、色々と悪さ目論んでたみたいだが、結果的にお前を聖龍に迎え入れたのが原因で、今聖龍全体が行ってる、本当の活動は完全に混乱状態。お前が中心になって指揮してるだろう、現状の行動方針だって、お前自身の目的が余りにもチグハグ過ぎていて、他の聖龍メンバーですら掴み取れない。


あんな私欲にまみれた、連中の肩を持つ気なんて毛頭ないけど、本来の聖龍の持ち主達の不満溜まるのも分かるよ。元々聖龍が社会の溢れ者の集まりだって理解しなかったら、お前も自分でこんな事になるとは思ったなかっただろ。お前は単に聖龍を使って、自分を虐げた宇都宮に復讐する気もなければ、支配する気でもなんでもない。

そうだな…。お前が一番欲しがった、友江副会長……お前が執着していた彼女こそが、この事件の被害を神在まで、拡大させた加害者であると同時に、宇都宮一族の憎悪を一身に受けた一番の被害者なんじゃない。お前が友江副会長にあそこまで執着しなければ、友江芙海も僕の姉さんも。宝條探偵部のみんなも宝條学園の生徒も、聖龍に付け狙われる事なんてなかった」


「ふぅ……ん」


「友江芙海とも、中学からの付き合いだったらしいな、ここいらの周り調べてて色々分かったよ。お前が副会長に目を付けた時期は知らない。ただ学園内で友江芙海が、おかしくなっていった時期を考えると色々辻褄が合う」



全てが響の指摘通りだ。本来の聖龍は、夕妬を迎え入れた事によって大きく変わっていった。夕妬の行動方針がいつまで経っても読めない故に、古参達は自分達に不利益な行動を続ける、夕妬に対して徐々に不満を募らせ、内部分裂を起こした挙げ句凶行に走った。


更に夕妬自身は、幼少から宇都宮一族に虐げられており、己の歪(いびつ)な出生を知っている以上。宇都宮一族へ復讐する動機も十分にある筈なのに、逆に宇都宮の権力を利用するだけ利用し、結局一族に対しては何の行動も起こさなかった。調べに調べて分かったのが、夕妬の本当の目的は聖龍の支配でも一族の復讐でもなく友江継美。病的に家族へ依存し、他者の領域にも決して入る事をしない彼女を手に入れる為に、夕妬は継美が最も愛していると同時に憎むべき存在であり、そして継美の最大の依存対象である妹の芙海すら弄び、姉妹を堕とす所まで堕とし蹂躙した。響の畳み掛けるような追求に、和真も雪彦も冷や水を浴びせられたように冷静さを取り戻した。


「逢前先輩の言いたい事はそれだけかな? でもね……僕の相手してても、つまらないと思うけどな?」

「それはどう言う事……っ!」


夕妬の口調に察したのか、泪ははっとした風に目を見開く。泪の表情が変わった瞬間、夕妬を睨み付ける和真や雪彦の表情もまた、一気に殺気染みたものになる。


「京香も砂織も瑠奈ちゃんも……今頃どうしてるかな?」

「お前…っ!!」


今だに当たり前のように姉達の事を名前で呼ぶ、夕妬の表情は先ほどから全く崩れていない。夕妬は最初から自分達を、この場所へ来させる事が目的だったらしい。


「僕が初めから何の対策もしないで、君達を此所へ招くとでも思った?」

「このガキぃ……っ!!」


夕妬個人にとって最も厄介となる相手は、自分以上に強い後ろ楯を持つ和真と雪彦。特に財界の広い範囲へ影響を持つ和真や雪彦を抑え込まないと、聖龍全体への最大の脅威になる。更に東皇寺生徒会に表立って反発する響や、単身聖龍のアジトへ乗り込み、彼らの悪事の証拠を奪った泪も、聖龍にとって性質の悪い部類に入るだろう。蚊帳の外であろう勇羅もまた身内であり、聖龍のターゲットである砂織を抑え込む格好の獲物となる。



「ふふっ…あの学園都市と宝條学園。神在の全ては、僕達聖域が支配するよ」


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