第76話 勇羅side



―郊外某所・高層マンション十一階。



勇羅・泪・和真・雪彦・響の五人が、和真を中心に横並びになり堂々と正面からマンションへ入る。やはり高級マンションだけあって、一階エントランスにレコーダーや警棒を装備した警備員が二人並んで、こんな夜遅い時間にマンションへ、立ち入って来た勇羅達を睨むように見ている。先日の殺人事件の影響で車に乗っている間にも、何かしらの聞き込みを行っている数台のパトカーや、数人の警官を見かけたのでこの辺りもまた、周囲の警備が強化されているのだ。


こんな騒がしい時期だろうから、勇羅は一体何を聴かれるのだろうかと緊張したが、和真が事件の事を極力ぼかしながら、警備員に事情を説明するとあっさりと中へ通してくれた。そして警備員の一人が示してくれた、住人専用のエレベーターに乗り込み夕妬が住んでいる十一階へ昇る。


最新式のエレベーターはあっという間に十一階へ到着すると、先に降りた和真へと続くように勇羅達もエレベーターを降りる。廊下を少し歩くとフロア全体が、宇都宮夕妬の住居と聞いていただけあって、すぐに玄関の前へと着く。その玄関には堂々とローマ字で『宇都宮』と書かれた、銀色のネームプレートが提げられていた。少しの沈黙の後、和真は敢えて玄関のインターホンを鳴らす。


インターホンを鳴らした直後、玄関の向こう側から足音が聞こえ、宇都宮夕妬のマンションの重厚な玄関を開けて、現れたのは一人のスーツ姿の男性だった。


「お待ちしておりました、私は夕妬様の付き人をしております。夕妬様があなた方をリビングで待ちかねております」

「……っ」


勇羅達が前もってこの場所へ来る事を、知っていたかのようだった。スーツの男に案内され勇羅達は周りの部屋を見ながら中へ入る。廊下を含め部屋全体は新居のように綺麗に磨かれ、床の隅の至る場所まで整理されているが、お金持ちの家にありがちな、豪華な調度品らしきものは一つも見当たらない。


廊下を歩きながら、ちらりと複数の部屋を覗く事が出来たが、ダイニングキッチンを含めて食器棚やベッドなど、必要最低限の生活が出来るものしか置いていない。高価な調度品をあの夕妬が集めるとは思っていないが、仮にも自分と同い年の住んでいる家とは思えない。何よりこの場所では日常という生活感が、欠片も感じ取れないのだ。やがて一つの扉の前へ立ち止まり、男は勇羅達の方へ振り向いた。


「夕妬様はこの部屋の中にいらっしゃいます。夕妬様はこの世界の、遥かなる高みを目指す宇都宮分家を継ぐ正当なる後継者です。くれぐれも下劣な庶民ごときが、夕妬様にご無礼を働かぬよう」

「ちょっと…僕は皇コーポレーションの―」

「どこの馬の骨とも分からぬ、得体の知れない怪しい企業の子ども無勢が、由緒正しき遥かなる世界の高みを目指す、宇都宮一族の全てを担う、清浄なる麗しき夕妬様と比べるなど実におごかましい」



男は国内と国外有数企業の御曹司二人の存在など、どうでもいいと言った当たり、明らかに和真達の事を格下に見ている。まさに慇懃無礼を思わせる態度で、告げた男はその場を去っていった。男の態度に勇羅と響は、あらかさまに不快感を顕にするが、和真や雪彦に至ってはこめかみを完全にヒクヒクと引き吊らせている。


「…二人共、この場は抑えてください。ここで爆発したら、不利になるのはこっちですよ」

「………ああ」


泪に小声で諭され、勇羅達も辛うじて怒りを抑え込んだが、ここまで来た以上もう誰が爆発してもおかしくない。


「ふふっ…いらっしゃい。彼らの言う通り、この時期にこの場所を見つけて来ると思ってたよ」


和真がドアをゆっくり開けると男の言う通り、夕妬は大きなソファーに座りながら、一人で勇羅達を待ち構えていた。部屋の隅には大きな部屋にそぐわない機械がいくつかあり、そこには複数のサーバーが設置されている。


「俺達が此処に来たって事、分かってたみたいだけど知ってたのか?」


颯爽と口を開いたのは、既に険しい表情をし今にも夕妬へ飛びかからん勢いの勇羅。そんな勇羅を見ても夕妬は興味なさそうな表情で、窓を見たり欠伸をしながら寛いでいる。宇都宮夕妬の他者への関心を見せず周囲を下に見下した態度が、勇羅始め他の四人をも苛立たせる。


「んっ……やっぱり君達は、大してつまらないなぁ…。僕はね、そういう君達の単細胞な所が嫌いなんだけど」

「好きに言って頂いて結構。僕もあんたの事が大っ嫌いだね」


その言葉を待ってましたとばかりに、吐き捨る風に言い放つ雪彦。同意する勇羅と和真、泪と響も頷く。


「ふふっ。ムキになっちゃって」

「つか何? 汚れ仕事は自分の息が掛かった他の連中にやらせて、自分はおキレイな天使のままで居たい魂胆が見え見えなんだよ。君は一体自分の立場をなんだと思ってんの?」

「僕は…僕自身を穢れのない純粋な天使だなんて思った事、一度もないよ…。周りが僕を天使とか完璧な人だとか呼ぶから、僕は単純に周りのそれに合わせてるだけなんだ」


夕妬のどうでもいいと言った言動は、雪彦の怒りの導火線へ一気に火を付けたのか、雪彦は一歩前に進み憤怒の表情で一瞬夕妬を睨み付けた後口を開ける。


「僕はねぇ…。女の子を使い捨てのゴミみたいに扱う、あんたのその錆びきったザビザビの針金みたいに、捻りにひん曲がった性格が大嫌いだよ!! 大体自分の周りに寄って来た女の子達を、遊ぶだけ遊んで思わせ振りな態度取った挙げ句、突き放してポイ捨てって何? あり得ない、何あのお姉さま方を舐めきった態度? 自分が世界で一番可哀想な美少年(笑)だから、女の子の気持ちもて遊んで、酷い事しても何やっても許されるとでも思ってんの? 本っ当信じられない!!


良いトコの生まれなら、もっと女の子を優しくエスコート出来ないのかな!? ぶっちゃけて言えば、食い逃げ食い捨てってのが男として一番性質悪いんだよ!!」

「ユキ…お前なぁ……」


既に半分以上、私怨のこもった捲し立てるような雪彦の言い草に、勇羅達は顔を引き吊らせ、和真は思わずこめかみを押さえる。夕妬の女性に対する、手癖の悪さはちらほらと聞いていたが、ここまで赤裸々に聞かされるとは思わなかった。次から次へと弾切れのない機関銃のように、罵詈雑言が飛び出す雪彦の怒りようからして、夕妬の対人関係周りを相当調べ混んでいたようだ。



「君は会社の跡取りなんでしょ? 宇都宮家の後継者でもある、この僕にも女性を選ぶ権利があるのは当たり前なんだよ?」


「いちいち言い訳がましく無駄な話を題持ち出して、話延ばそうとしてんじゃないよ。そうやって他人の弱みやらに色々つけ込んでは、他人の気持ちなんか一切気にも止めず、一方的に自分の思い通りに動くように、あらゆる手段使いながら手込めにした女の子達を弄んだよね。

あんたってそういう回りくどい事してるから、自分が片っ端から手を付けたお姉さま方に、愛想尽かされるんじゃない? あんたみたいな見た目が良くても、中身が三流以下のドクズの下衆野郎に弄ばれてたんじゃ、あんたのしようもない私欲で犠牲になった、冴木先輩や芙海ちゃんが浮かばれないよ」


「僕は彼女達を愛してるよ…でも。僕の欲しいものは、そんなちっぽけなものじゃない。僕が本当に欲しいものは、何時だって目の前に在るのに、いつまでも手に入らないんだよ…。だって全部君達のせいなんだよ? 君達が邪魔をしなければ、彼女達は僕を愛してくれた…彼女達の心は僕に振り向いてくれた」


「こっ! このぉっ…!!」

「下がれユキ」



雪彦と夕妬の口論を、それまで黙って聞いていた和真が声を上げる。これ以上雪彦に夕妬と会話させると、逆に雪彦の方がヒートアップしかねないと判断し引き下げる。


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