第75話 勇羅side



「そこっ!」

「くそ! ちょこまかと!」


和真と泪。雪彦と響は見切ったと言わんばかりの慣れた動作で、無造作に繰り出して来る相手のパンチやバットと言った攻撃をするりするりと回避していく。


「死ねやぁ!!」


「どこを狙ってるんです?」

「もう居ないだ! どこ行き-…ぐぅおぅっ?!」


一人の男が泪に向かって、勢いよく殴り掛かって来た。だがあまりに単調な動き故に、避けるのは安易だったのか、泪は男の拳の動きを読んだように、相手の攻撃を背後へと回り込むよう、するりと避けてかわした、と同時に反撃と言わんばかりに勢いの付いた泪の回し蹴りが、男の鳩尾へ綺麗にクリーンヒットし、身体をくの字に曲げながら男は吹き飛ばされる。


「こ、この糞共がぁ!!」

「お前らの攻撃が…ワンパターン過ぎるんだ、よっ!」


金属バットで殴り掛かって来た男のバットを、間一髪白羽取りで受け止める和真。腕力と腕力の競り合いが繰り広げられるが、武器による力任せの男に対して、和真は更に白羽取りをしていた両手に力を込め、握っていたバットもろとも同じ体格の男の身体を、捻り投げるように一気に地面へと叩きつけた。


「遅い!」

「ぐああっっ!」


和真や泪、雪彦達が護身の為に武道を嗜んでいるのは知っていたが、響も荒事に馴れていたのが意外だった。まるで複数相手の喧嘩は朝飯前と言った感じで、和真達と一緒に聖龍の武器攻撃や拳を難なくあしらっていく。


「ナナメがお留守なんだよ!! クソガキぃ!」


和真達の殴り合いを、眺め気味になっていた勇羅の側面方向から、いきなり鉄パイプを持った男が襲いかかって来た。



「! あっぶな! い……なぁっ!!」



勇羅も相手の鉄パイプ攻撃をギリギリの所でかわし、攻撃の隙を狙い男の懐に素早く入り込むと、相手の鳩尾に全力の正拳突きをお見舞いする。


「うごっ、っ!」


勇羅の正拳突きは男の鳩尾へ抉り込むように綺麗にヒットし、茶髪の男は拳を受けた衝撃でその場に崩れ落ちる。


「俺だけ弱そうだと思ってたら大間違いだよ。こちとら小学校の時から空手やってたんだ」


勇羅は仰向けに倒れた男に向け、意地悪くチロリと舌を出す。見た目が小柄かつ童顔だから、単純に強く見えないと言われるだけで誤解されやすい。実際普段から喧嘩慣れしているし、枷さえなければ十二分に暴れられる。


「おらあぁっ!!」

「ぐぁあぁぁっ!」

「うぎゃああぁぁ!!」


いつの間にか和真は、大柄の男を数人のメンバーがいる方向へ、力の限りの背負い投げで投げ飛ばした。和真に投げ飛ばされた男に巻き込まれ、不運にも固まっていたメンバーは、次々と将棋倒しに倒れていく。


「ひゃっほー! お兄さまエグすぎぃ!」

「やっぱ兄ちゃん強烈ぅ!!」

「からかうんじゃない、もうすぐ此所にも警察が乗り込んで来る。捕まって聴取に時間とられない内に次行くぞ」


はしゃぐ雪彦達を宥めながら、和真は何事もなかったかのように車へ乗り込む。勇羅達もこの場を離れるべく用意した車へと乗り込んだ。



―午後九時・移動中車内。



「宇都宮はどこに?」

「宇都宮夕妬は学園都市郊外・高級住宅街の高層マンションに滞在しています。今まで僕達は学園都市や神在に絞って聖龍の事件の捜索をしていたから、この場所自体完全にノーマークでした。

しかもこの郊外の住宅街は、警察の捜索範囲からも外れていたので、聖龍の事件上誰も気づく筈がなかった」


泪は和真が運転する車の助手席で、説明しながらノートパソコンのキーボードを手早く叩く。勇羅達は後ろの席で泪の話を黙って聞いていた。


「その場所。普段から二十四時間体制で警備員が在住していて、セキュリティに関しましても監視カメラを始め、常時最新の警備システムを取り入れるなどして、常に何重にも敷かれている状態です。何より前々から違法行為を行ってるグループが、大勢の通行人が行き来し、身なりの整った人間が沢山目に付く場所を、アジトにしている理由が無さすぎるんです。そもそも彼らがアジトにしていた場所は、常に年季が入っていて事故物件などと言われる、普通の人はまず近づかないような古い建物ばかりでした。…恐らくは友江姉妹も、そのマンションの中に監禁されている可能性が高い筈」


「流石、国内財界有数の一族言われてるだけあるよ。住んでる場所もガチガチに守備を固めてるとは」


まさか聖龍は、自分達が警察にマークされている筈の地域でなく、聖龍の管轄外とも言うべき、高級住宅地の方を拠点にしていたとは。これでは勇羅達の立てた予測が外れて当然だ。今まで見てきた聖龍のアジトのイメージとは、とことん駆け離れている。


「ただ………。この管轄外の場所を拠点にしているのは、宇都宮夕妬と彼の息が掛かったほんの僅かな者だけに過ぎません。この拠点の存在は、聖龍の大半の方々が知らされていないでしょう」


夕妬が主軸に活動している場所は、当然古参すら知らされていない。明らかに夕妬と彼に選ばれたごく一部の者だけが、立ち入りを許される事実上の『聖域』と言う訳か。


「…聖龍の大半が知らない場所か。聖龍古参連中が、不満漏らす理由も大体掴めて来た」


聖龍が知らない情報に響も色々と察したのか、眉を歪め表情が険しくなる。和真が運転している車を近くの有料駐車場に止め、勇羅達が走って向かった先は泪が示した高層マンション。外観の豪華さもさることながら、二十階は余裕で超えている高さに勇羅は口をポカンと開けたままの表情になる。


「うわぁ。家賃どの位するんだろ…」

「安く見積もっても軽く七桁……いや。八桁はいきそう、かな…?」

「宇都宮夕妬はこのマンションの十一階に居ます。そのフロア全てが、宇都宮夕妬の住居と思った方が構いません」

「やる事があらかさま過ぎ」


マンションの一フロア全てを自分の住居にしていると聞いて、雪彦は顔を歪める。


「流石…。『成金上がり』だとか言われて、財界でも陰口叩かれてるだけあるよ。後先の事何も考えてない」


宇都宮一族の悪評は知れ渡っている。勇羅自身は和真や雪彦から又聞きしただけなのだが、一族の権力を維持する為にはいかなる手段を選ばず、自分達の障害となるものを蹴落とすならば、裏社会の手を借りてまで、塵一つ残さず徹底的に潰す事を。だが所詮は成り上がりの一族かつ、権力争いのやり口も悪辣故に財界内でも敵が多く、宇都宮一族の権力の影響は、国内の数ヶ所だけに留まっており、結局は和真の親族の会社を始めとした、外部へ影響を及ぼす事が出来ないのだ。


そして何よりも夕妬一人の行動が原因で、宇都宮一族は少しづつ追い込まれつつあるのだから。


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