第74話 勇羅side



和真の呟きを合図に、バットが飛んで来た方向から、見慣れない顔の男達が、ぞろぞろと集まって来た。険しい表情になる勇羅達を尻目に、若い男達の顔を見た途端、待ってましたとばかりに和真と泪はそれぞれ車から降りる。


「ようやく追い付いたぜ」

「てめぇらが裏でコソコソと、小賢しい真似しながら動くのは、始めから分かってたんだよな。つか、夕妬の所へは行かせねぇよ」

「うわ…っ」


宇都宮夕妬の所へ向かうべく勇羅と雪彦。響の三人は、別所で行動していた和真、泪と合流し夕妬が滞在しているマンションへ向かう。和真が乗って来た車に乗り込もうとした矢先に、勇羅達の前へ立ちはだかるのはやはり来たと言うか、東皇寺周辺で数々の非道な悪行を行ってきた聖龍の面々だった。集まって来た連中はおよそ数十人で、勇羅が目で確認する限り、全員若いメンバーばかりだ。更に集まった男達をよく確かめると、以前瑠奈と一緒に拘束された時、勇羅を背後から取り押さえた奴も何人かいる。そして勇羅達を取り囲んでいる大半の男達は、夕妬がスカウトした新人達なのだろう。


聖龍の新人連中の容姿は、流石はあの魔性と噂される、宇都宮夕妬が直々に見立てただけあって、見目の良い男性ばかりが揃っている。何年も前から活動している、古参メンバー達が見た目も不摂生で、先日彼らに殴られた勇羅も彼らに近くに寄られただけで、激しい不快感を催した連中ばかりだけに、彼らの場違いな容姿は聖龍の中でも一層目立つ。


「つか、お前ら一体何もんだよ?」

「部外者がいちいち俺らの問題に首突っ込んでくるんじゃねぇよ!」

「大体なんだよ! この▲×□※○×が!!」

「うっわ、お下品……」


その見た目の良さに反して、次から次へとテレビ番組やネット動画では、絶対に放送出来ないような、下劣極まりない罵詈雑言を放つ聖龍の面々に対し、雪彦は不快そうに顔をしかめるが、逆に和真は不敵な笑みを浮かべる。


「聞いて驚け現代社会のダメ人間共!! 俺の名前は水海和真!! この世の社会の不正を暴き出す、正義の新人企業社員!!」

「んだとクソジジイ!? ブラック企業で骸骨みたいな顔して、バカみたいに労働する社畜の分際の癖に、いい子ぶりやがって!」

「汗水垂らして毎日を働く社会人舐めんなよ! ウチの会社は毎日フレックスタイム制、残業なし週休二日のホワイト企業なんだよド畜生!!」


「この物騒な場所で、堂々と実名を名乗って、自分が勤務してる会社の内情語る、新人企業社員がどこに居ますか!? 大体警察にマークされてるグループに、社内会議沙汰になる喧嘩を売る時点で、先輩のやってる事明らかに、おかしいんですってば!!」

「和真兄ちゃんの言ってること自体、もうおかしいよ……」


和真の挑発に、えげつない罵詈雑言を返す聖龍の面々も大概だ。しかしそんな罵倒を異にも返さず、ドヤ顔で自分の名前と職を名乗る和真に対し、すかさず泪が普段ではあり得ない声を出しながら激しい突っ込みを入れる。

ああ。泪はこの状況を楽しんでいる和真に、毎回振り回されてたんだな。明らかに場違いな二人のやり取りに、響は口を開けたまま唖然となり、勇羅と雪彦は引き吊った笑みを浮かべる。


「夕妬を傷付ける奴らは俺達が許さねえ」

「夕妬は俺達の希望なんだ。夕妬が聖龍に居るからこそ、俺達はこの世間でもやっていけるんだよ」


病的なまでに夕妬を信頼する聖龍の面々に、和真は興奮状態の表情を、深呼吸をしながら落ち着かせ、すぐ半ば呆れた様な表情になりながら口を開く。


「全く…おめでたい頭してる連中だよ。まぁ、そうだな。お前らは宇都宮一族の後ろ楯が無いと、宇都宮一族の膿(うみ)が溜まって、腐敗しきった東皇寺学園で、いつまでも好き勝手出来ないもんな」


聖龍が数年前より警察に目を付けられているのは、既に知っている。だがあれ程の悪事を働いて尚、表立って彼らを検挙出来ないのは、裏社会で暗躍している宇都宮家の存在があるから。分家跡取りである宇都宮夕妬が、単独で聖龍へ取り入った事により、一族の汚点的存在を表沙汰にしたくない宇都宮一族が、警察に対しても自分達の悪事が表面化しないように、金と権力にものを言わせ、強い圧力を掛けているからだ。例え見た目が良くても、やってる事がこのような有り様では正直救いようが無い。


しかし宇都宮一族の圧力も、元々妾の子と言う理由で、親族内からも煙に巻かれ疎外されていた夕妬は、外国企業令嬢誘拐と言う、ある意味では超えてはいけない一線を越えた事で、遂に本家から見限られつつある。当の関係者である和真や京香も、宇都宮に一時は追い込まれかけたが、本家が夕妬に対し掌を返した事により辛うじて難を逃れた。


「まぁいいわ。まずはあの時俺らを、コケにしてくれた生意気なチビと、赤毛のひ弱なオカマ野郎から潰してやる」

「ち、チビぃ……?」


表情こそ変わらないが、眉が何度もヒクついている泪と、身体的コンプレックスを突かれ、一気に沸騰状態になった勇羅。勇羅に至っては、もはや完全に臨戦態勢に入りかけている。


「あいつらぁぁぁ…!」

「…ユウ君、落ち着きなさい。こんな所で挑発に乗ったら、それこそ相手の思う壺です」


泪も表情こそ平静を保っているが、既に声が平静を保っていない。今回の一件でもう泪の周りの人間も巻き込まれているので、泪も相当腹に据えかねているようだ。


「相手は宇都宮夕妬が、直々に選んだ精鋭の美形集団だ。あの沢山のキレイな顔、正面から全力で殴り飛ばしてやれ」


和真は企んでいるかの如く不敵な笑みを浮かべる。と言うか始めからやる気満々だ。


「……良いんですか?」

「ああ。許可は貰ってある」

「き、許可ってー…」


久々に全力で暴れられると、嬉しそうに拳をボキボキと鳴らす和真。どうも自分達が合法的に暴れられるように、裏でも手を回していたらしい。探偵部部長時代も、校則違反や停学スレスレの範囲で、相当やらかしていたと雪彦や泪から聞いていた。だが学園を卒業したらしたで、更に理不尽行動に拍車が掛かっており、私欲の為に自分の親族の会社の権力までも行使するとは。


勇羅と響は構えを取りながら表情は呆然とし、泪はこめかみを押さえ、雪彦はあははと笑いながらも完全に顔が引き吊っている。和真は勇羅にとっても、幼なじみで姉の恋人でもある為、他人事ではないにしろ、ここまで来ると少々やり過ぎではないかと思ってしまう。あの夕妬までとは行かないが、やはり和真も和真で何とも恐ろしい事をする。


「いちいち格好つけやがって、グダグダうるせぇんだよ!!」


一人の血走った目をした男が、和真目掛けて襲いかかる。しかし和真は男が殴り掛かろうと、拳を振り上げた隙を突き、あっという間に懐に潜り込むと、すかさずがら空きの腹に拳を叩き込む。和真の鉄拳はおもいっきり男の腹にめり込んだ。


「ぐ、ぶっっ?!」


腹に鉄拳をモロに喰らった男は、情けない声を上げながら、よろよろと崩れるようにあお向けに地面へ倒れた。


「あれだけ大口叩いた割には脆いな」

「なっ、て、てめぇっ!!」


倒れた男は白目を向いて気絶いていた。探偵部で数々の騒動を起こし、その度に喧嘩をしていた和真の敵ではない。一撃で倒れた男を見た聖龍の残りの面々は、導火線に火が付いたかのように、次々と殺気立った視線で勇羅達を睨み付ける。


「な、何がなんでも夕妬の所へは行かせねぇからな……てめぇら全員纏めて潰してやる!!」


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