第73話 勇羅side



―午後八時・郊外某所。


「泪さんの言ってた場所って、このアパートか」

「そうだね」


泪や和真が持ち出した情報によって、判明した残りの聖龍アジトは、既に警察に抑えられた聖域と、聖龍メンバー殺人事件が起きたアパートを除いて三つ。夕妬をはじめとした主要メンバーは、現在は殆ど使われていない廃倉庫や、ネットのまとめサイトなどで事故物件と噂される、訳ありアパートなどを思われる場所を活動拠点にしている。聖龍と言うグループを確実に潰すべく、まずは外部のアジトから攻める。まずは二手に別れ、主に若手や新参メンバーが拠点にしている、二つのアジトへ侵入し聖龍が保管している画像データを、事務所へ転送して書き換える事にした。そのアジトの内の一つを引き受けたのは勇羅と雪彦、響の三人だ。


残りの二つは和真と泪が、聖龍メンバーのオトリを引き受けつつ、違法取り引きを中心に行われているアジトを抑えに行っている。その場所には前々から、聖龍の悪行を集中的にマークしていた警察部署に、和真は自分の父親を通じて部署に聖龍の情報提供及び、協力と応援を頼んだようでアジトへ向かう和真の顔は実に晴々としていた。幸いアジトと思われるアパートの中に聖龍の者は誰一人おらず、データが保管されている、アパートへは容易に侵入出来た。念には念を入れて、和真から受け取った会社特別製の赤外線警報装置を、アパートの数ヶ所に仕込んで置いた。踏み込んだ直後に、警報ブザーが作動する仕組みになっている。


事務所を出る前。泪が渡してくれたメモに記された部屋の中に入ると、予想通りその部屋の中にはいくつものサーバーが設置されていた。


「泪さん。アジトに入った時の事話さなかったね」

「仕方ないよ。無理に聞き出しても泪先輩の性格上、逆に一人で問題抱え込みそうだもの」


結局泪は侵入したアジトで何があったのか、何も話してくれなかった。雪彦の言う通り泪は一人で問題を抱え込む癖がある。砂織の話だと泪に昔何かあったのは間違いないが、過去については自分達だけでなく付き合いの長い和真にも語ろうとしない。


「このサーバーに聖龍のデータが…」

「任せてよ」


雪彦は勇羅達に向かって、ウィンクしながら悪戯っぽい笑みを浮かべると、持ち込んできたタブレットに同じく、USBケーブルで複数あるサーバーの一つへと接続し、キーボードを打ち込み始める。勇羅達が任されたのは、アジトに置かれているサーバー内部のデータ転送。当然サーバーに入ってる容量自体が、膨大すぎるので全て転送とはいかないが、証拠となるデータは最低限のみを、全てバックアップして丸ごと持って行く。雪彦がデータ転送の為に持ち込んで来たタブレットは、実家の会社が開発した特別製のアプリがインストールされている、特注のタブレットだった。母親に無理を言って借りてきたと言う。


「相変わらず胸糞悪いな…」


サーバーから、雪彦のタブレットへ転送されていくモニター画面へ、聖龍の犠牲になったと思われる、生徒達の画像や動画が次々と写し出されていく。持っていく画像全てに、予め解除前提のモザイクを、雪彦の家の会社が使っている、特注のアプリで処理を施したが、掛けきれていない箇所も幾つか見つかっており、目も充てられない凄惨な画像が、表示される度に三人は顔をしかめた。


「昨日聖龍のホームページの流出したって件は」

「うん、俺も聞いた。掲示板のまとめサイト関連、今も凄い盛り上がってるよね」


聖龍ホームページ流出は、勇羅も雪彦も既に知っている。当のURLを流した歌い手ぱふっこは悪びれもせず、謝罪以前にホームページに無断で画像を上げられた被害者を、批難する発言まで飛び出しており、今も凄まじい勢いで炎上を続けている。悪あがきにも彼は自分のツイッターアカウントで、必死に被害者への発言への弁明を続けているものの、普段から日常的に周りを煽る発言している所為か、全く効果がなく焼け石に水。歌い手の弁明は逆に、周囲へと火に大量の発火燃料を注ぐに注いでおり、ますますツイートの炎上に勢いを増しているだけだとか。


「でもさ、あの歌い手まずくない?」

「社会への倫理観が伴ってないと言うか…。自分が中心に世間が動いてると思ってんのかなぁ」

「歌い手のファンも、似たような連中ばっかりだよね。言動も何もかも似るって言うか…あれが神様だなんて、どう言う神経してんだろ」


彼のファンもぱふっこ本人を批判するどころか、ぱふっこのあらゆる行動を神と称え全面擁護し、逆に彼を批判する者に対しては、相手が折れるまで徹底的に攻撃する。実際ファンに理不尽な攻撃を浴びせられた者は、歌い手と周囲の環境に付いて行けないと判断し、無言で去ったのが正しい。とにかくファンのマナーの悪さは、ネット上でも悪い意味で有名なようで、芸能関係の掲示板ではぱふっこファンのマナーに対する罵詈雑言吐き放題だ。


更に今回は、ホームページ画像の被害者は完全無関係だというのに、プライバシーもクソもない誹謗中傷を行っているので悪質極まりなく、ファンもまたぱふっこ共々猛烈な非難を浴びている。しかもぱふっこはその対立すらも利用しながら、自分の周りを取り巻いている、話題の炎上を煽っているのだから、尚更性質が悪すぎる。三人は作業を続けながら溜め息を吐く。


「作業、終わったよ」


雪彦が操作をしていたキーボードを止める。モニター画面には『完了しました』の文字が表示されていて、データ転送の作業が終わったのだ。雪彦の作業が終わったと同時に、勇羅の服のポケットからマナーモードにしていた携帯に振動がする。勇羅は振動を続ける携帯を取り出し画面を確認すると、すぐに通話ボタンをスライドした。


『俺だ。そっちは済ませたか』

「うん、今雪彦先輩が終わらせた」

『聖龍のメンバーがそっちへ向かって来てる。俺達もこっちに来てるから急いで合流してくれ』


携帯越しの和真から、聖龍のメンバーが勇羅達の方へ向かって来ていると、勇羅達は顔を見合わせながら無言で頷く。和真達の予想通りに聖龍のメンバーが此方へ向かって来ている。自分達のホームページのURLが流出している以上、現在の彼らは迂闊にサイトを弄る事が出来ない。サイトを無理矢理消そうとすれば、更に炎上し自分達の居場所が探られてしまうのを、理解しているのだろう。勇羅達の目的は証拠データ転送の他にもう一つ。聖龍のホームページを削除せずに、サイトをまるまる改ざんする事。


雪彦の側で響が肩を振るえさせながら、自分の携帯を見ているのを勇羅は横から覗き込むと、既に聖龍のトップページは、クレヨンで雑に塗りつぶした水色の空に、ヒヨコや公園といったいかにも子どもが描いた、幼稚な画像がでかでかと表示されていた。


「何これっ! 先輩性格悪ぅっ!」

「いーのいーの、細かい話はあとあと! さっさと周り片付けて行くよ」


勇羅の皮肉染みた突っ込みをあっさりスルーする雪彦。普段からあっけらかんとしてるし、感情の浮き沈みも激しい事から、性根の悪さも認めているのだろう。三人はすぐに手分けをして周りを片付け、全部のサーバーをシャットダウンすると、サーバーの無機質な機械音だけがなる部屋を速やかに後にした。



「和真兄ちゃん! 泪さん!」



アジトを抜け出し、和真が指定した場所に駆け付けると、既に和真と泪が車を停めて待っていた。何とか聖龍のメンバーより早く到着したようだ。


「もう連中が此所を嗅ぎ付けてる! 急いで宇都宮の所へ行くぞ!」



―ガッ!!



突然雪彦の方向目掛けて、何かが飛んで来た。雪彦は反射的に、側面からの飛来物を避けたが直接目にしたのは金属バット。


「あ、危なぁー…っ」


もう少しズレていれば、飛んで来たバットに当たる所だったと、顔を引き吊らせながら愚痴る雪彦。勇羅達がバットが飛んで来た方へ一斉に顔を向ける。


「……来やがったな」


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