第72話 勇羅side



―午後四時・水海探偵事務所。


「ええっ!? 聖龍管轄アジトと宇都宮の住んでるマンションに突入するって!?」

「ああ」


昨日ようやく事務所へ帰って来た泪が、持ち帰って来たアジトの情報やこれまでの話を、一つ一つノートパソコンやタブレットPCの、ハードディスクや内部ストレージなどへと、順序よく丁寧にまとめながら、突然の和真の聖龍本拠地突入宣言に呆然とする一同。


「学校から帰って来た途端に、これ程の発言が飛び出すとは…」


今日も教員会議で学校の授業が午前中で切り上げられた為、事務所リビングには探偵部の面々だけでなく砂織と京香。響や彩佳、二羽も揃っている。響達の方も友江姉妹の一件が、学校内で騒ぎとなっている事もあり、午前中で切り上げになったという。途中から事件に関わる事になった麗二は、別の用事で今回は席を外す事になった。帰り際、勇羅と別れる際に出来る限り協力すると言ってくれた。


東皇寺学園内で、宇都宮夕妬の息の掛かった生徒会の包囲網を避けながら、聖龍に関係する情報を探っていた響や二羽達の話によると、現在も行方を眩ましている友江継美だけでなく、和真達に保護され再度、総合病院に搬送された友江芙海までもが、昨日から再び消息を経ったと言う。更にこの短い期間の間に、学園の複数の生徒が立て続けに消息を絶った事で、最早東皇寺学園そのものが混乱状態に陥りかけている。


「継美さん…」


しかし泪が、宇都宮夕妬の方針に反発する古参派と呼ばれる、聖龍のアジトに潜入した結果判明したのは、数日前に行方しれずとなった、友江継美が聖龍に拉致されていた事。継美の拉致は現在の聖龍を仕切る夕妬を陥れるべく、夕妬に不満を持つ古参達だけの独断で行われたと言う。用済みと言わんばかりに、芙海を切り捨てた聖龍の古参達は、今度は夕妬が異常な執着を見せている、芙海の姉・継美に目を付けた。妹に執着し、狂気染みた雰囲気を持つ姉の継美を支配し、自分達の手元に置く事で、自分だけに対して、権力にもの言わせる生意気な子供も支配出来ると睨んで、継美の拉致に及んだらしい。


「それでも宝條の三間坂さんは、幸いにも無傷だったんですね。本当に無事に帰って来てよかったです。聖龍の被害にあった人達は、皆病院に搬送されて、中には重症の人も居ると聞きました…」


泪の後を追い、聖龍に拉致されたと思われた翠恋は、隠れていたロッカーを持ち込まれた工場で無事保護した。泪の指示に従いロッカーに隠れ続けていた為、奇跡的に聖龍に見つからず、無傷ですんだ。もしあの場で暴れていたなら、普通の怪我だけでは済まなかったに違いない。当の翠恋は現在何事もなく学園に登校しているが、自覚がある以上事件の詳細を話す事はないだろう。


「あそこまで宇都宮や聖龍共にコケにされた以上、絶対に許さねぇ。あの世間知らずのお子さまに、社会の厳しさと言う名の灸(きゅう)を据えてやる」

「和真君らしいわぁ~。もう少し早く会ってたら、私和真君の事ほっておかなかったのに~」

「和真ちゃんに手ェ出さないでくださいよ~! 真宮先生が言うと、発言が全然洒落になりません!」


和真の突拍子もない発言に、呆れながらも茶々を入れる茉莉。一部シャレにならない発言が飛び出しているが、婚約者持ちの男に手出しする程、真宮茉莉と言う女が、愚かでは無いのは周りが理解している。そんな茉莉の発言に、彼女が学園の男子生徒内で、危険人物認定されていると、弟から聞かされているので猛進型の和真が、茉莉に狙われるのではないかと気が気でない砂織は、衝動的に突っ込みを入れてしまう。


「私達は?」

「今回は瑠奈達はここで留守番。あの野獣共の巣窟に行かせるのは危険すぎる」

「なら裏方は任せろ。奴らの裏の裏を掻い潜るのは私達の役だ」


厚いレンズの眼鏡のズレを手で直しながら、万里は自信満々の表情で答える。幸い茉莉を含めた周りの面々も、警備を始め色々と身を護る手段を心得ているため、彼女達の身の安全は問題ないだろう。和真達の話を無言で聞いていた響がすっと手を上げる。


「…僕も同伴して良い? 東皇寺や聖龍の件で宇都宮の奴に色々聞きたい事がある」

「ああ」

「今も行方不明になってる友江姉妹。また行方くらました妹の方もそうだが、下手したら後戻り出来ない所まで突っ込んでる可能性が高い」


宇都宮夕妬に問いただしたいのは、何も和真達だけではない。東皇寺の響達も同じなのだ。聖龍の暗躍が表沙汰になりつつある中、現在学園全体が混乱に陥り、特に二羽は友人姉妹が犠牲になっている。


「勇羅、言っとくがお前も留守番だ。一度やらかした以上は先生達と居て貰う」

「そ、そんな…」

「大体一人で敵地に乗り込もうなんて無謀にも程がある。お前が突貫したから、砂織にも危害が行きかけたんだぞ」


和真だけでなく姉砂織が聖龍の被害を及び掛けた事実を突き付けられ、勇羅は頭を俯かせてしまうが、少しの沈黙した後附せていた頭を上げ和真を見る。


「…やっぱり俺も行く。今回ばかりは、和真兄ちゃんに反対されても行くから」

「勇羅!」

「駄目だって言われても行くからね。同い年の奴に、あんだけ言いたい事ベラベラ言われて、無様に黙ってたままじゃ俺の気が済まない」


もう後には引けなかった。これでは周りから短気と言われても仕方ないが、同い年の相手に彼処(ここ)まで好き勝手言われて、はいそうですかと、大人しくしている程勇羅は大人でもないし、自分で言うのもなんだが正直言って性格も良くない。


「先輩。僕からもお願いします」

「は!?」


泪からの思わぬ援護射撃に勇羅は目を丸くしながら瞬きする。


「僕も宇都宮夕妬と会って、確かめたい事があるんです。それに先輩が思ってる程、ユウ君はヤワじゃありません」

「……わかったよ」


泪に諭され溜め息を吐きながら、参ったと両手を上げる仕草を取る和真。泪も勇羅と同じ一度決めた目的に対しては頑固だと言うのを、長い付き合いで知っているのだろう。和真達の話が終わった直後茉莉が手を上げる。


「泪君。一つだけ聞いていいかしら? 一時的に拉致された三間坂さんの事について」

「三間坂?」


勇羅と瑠奈は顔を見合わせる。しかしすぐ思い当たる事があったのか、考えるような仕草を始め二人共無言になる。


「昨日瑠奈に聞いたんだけど…。泪君が三間坂さんと会った時の状況と、瑠奈達に保護された三間坂さんの証言が食い違ってるの。瑠奈達の顔見るまでの間はロッカーの中にいて、余り覚えてないから自分の発言は信用出来ないと、三間坂さん本人は言っていたけど…。実はあなたが侵入した聖龍のアジトの中で、男の悲鳴が聴こえたそうよ」

「……」


泪は茉莉と視線を合わせようとしない。瑠奈達と話した翠恋の証言は、泪は侵入した聖龍のアジトで誰かと揉めていたと。鉢合わせた時は泪にいきなりロッカーにぶちこまれた為、とにかく聖龍のメンバーに見つからないよう、必死に声も気配も潜めていたが、隠れていたロッカー越しから僅かに男の悲鳴が聴こえたらしい。先日駅前まで保護した翠恋と一緒だった瑠奈達は、彼女からある程度情報を聞く事に成功していた。そして家に帰った瑠奈は、帰って来た茉莉に告げたのが正解。


「お、男の悲鳴…!?」


アジトの殺人事件の事は知っていたが、泪が侵入した際に騒ぎが起きたのは知らなかったと、和真の声を遮り茉莉は会話を続ける。


「無理に話せとは言わないわ、私達にとって知らなくても良い事だってあるものね。でもいつか知らなくてはいけない事もあるの」


茉莉が泪へと向けた質問に対し、全員が泪に視線を向けている。もしかして泪はアジトで起きた殺人事件と関係しているのかもしれない。


「………全部終わったら話します」


泪からの返答は周りの期待に応えなかった。茉莉に視線を合わせようとしない泪の声は、まるで感情が込もっていない機械のような声だった。


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