第68話 泪side



―午後一時・郊外某所。


「そちら側より与えられた指示通り、聖龍構成員の排除は完了しました」

「ご苦労。こちらも既に手配は済ませた」


郊外裏通りの寂れた路地裏で、赤石泪は一人の男と会話していた。昨日聖龍の古参構成員数名を惨殺し、アジトの手前で待ち構えていた、宇都宮夕妬との会話を終え現場を後にした泪は、この時間まで郊外裏通りへと潜伏していた。長い事時間が経ったせいで血に染まった白いコートは、すっかりドス黒く変色してしまった。


更にこんな状態では、和真達の元に戻る訳にも行かず、必要最低限の連絡すら取ることは不可能。念動力を使いながら血の臭いと自身の気配を巧みに眩まし、警察や報道が飛び交う通りを徹底して避けながら、最終的に郊外の裏通りへと落ち延び、人気のない路上で一夜を過ごす結果になってしまった。学園の方は和真の手配により、先日の怪我でしばらく欠席扱いになっている事が、せめてもの幸いだった。


「向こうの方は、少々派手にやり過ぎてしまいました」

「構わぬ。あの小童(こわっぱ)の下らない行為に比べれば、お前は実にやってくれている。お前の言う通り水海の娘も送り返した」


泪と会話している、黒いスーツを着た男は【暁村】からの使者だ。泪から任務完了の連絡を受け、車で駆け付けた。聖龍メンバー殺害を指示したのはこの男である。和真から依頼されたアジト単身突入を、自分達の任務遂行に使えると判断したのだろう。証拠のデータを送った直後。データを受け取った和真から、京香が聖龍に拉致された事を知り、自分の元に来る前に京香を、神在へ送り返すよう彼に依頼した。


本家の名前を出せば、宇都宮一族をバックにしている聖龍にとって、宇都宮一族の裏切りは大きな牽制となる。宇都宮家の伝手を、借りる事が出来なくなった聖龍は、今頃は間違いなく混乱している筈だろう。


「宇都宮夕妬は宇都宮本家の意に背(そむ)き過ぎた。例え分家の者とは言え、これ以上あの子どもを野放しにさせる訳にはいかん」

「…よろしいのですか?」

「本来なら他の工作員が、あのゴロツキ共を始末する予定だったのだがな。聖龍が他の裏組織とも関わっている以上、慎重に事を進めねばならん」


過去、これまで聖龍に拉致された者は全て女性。中には数年以上前に捜索届を出された者や、かつて有名だった、アイドルや政界の令嬢まで存在している。アジトに侵入し彼らが溜め込んでいる証拠のデータを、確実に転送する為に一部中身を確認した。証拠のデータには、殺伐な光景には慣れている泪でさえも、目も覆いたくなるような画像が、大量に保管されていた。あれもまた聖龍の闇の一部なのだから、あそこで邪魔が入らなければ、更に証拠を炙り出せただろう。


夕妬は友江芙海を通じて、継美個人に狙いを定めて以降。聖龍による被害が、格段に減っていったそうだが、普段から女性を利用して、日々の稼ぎを得ている彼らに、不満が溜まらない訳がない。そして約一ヶ月前に、古参達が目を付けたのが、夕妬を通じて引き合わされた冴木みなも。


宇都宮夕妬からしてみれば、冴木みなももまた友江芙海同様に、継美を手に入れる為だけの、駒の一人だったのかもしれない。古参達は何も知らずに、聖龍へ招き入れられた冴木みなもを、言葉巧みに利用し、自分達のターゲットとなる獲物の情報を、確実かつ夕妬の知らぬ間に着々と集めていった。結局宇都宮一族と言え夕妬一人の力で、裏社会で活動している者達を、完全に止める事など出来る訳がなかった。


男と会話する泪の表情は、機械のように冷たく無機質。今この場所に存在している、赤石泪と言う存在は『道具』でしかなかった。


「奴らが宇都宮夕妬個人を、舐めて掛かっている以上。裏の世界で【殲滅者】と、呼ばれている僕が適任だったと」

「…所詮、宇都宮一族も人間としか言い様がない。必要のないものは躊躇いなく排除出来るが、決して己の手は汚さない。あの傲慢な子どもが、聖龍に舐められているのも手の内だったようだ」


男の素性は宇都宮一族と、政府のパイプ役を勤めている裏社会の工作員。政府や宇都宮一族。そして裏の世界とも、繋がっている【ある組織】によって、戦闘マシンとして教育された工作員達を、表社会に潜り混ませるのが男の仕事であり、当然泪が異能力者である事も認識している。


今回は躊躇いなく、【殺人】を行える者が必要だった。聖龍の悪辣ぶりは、当然裏社会にも知れ渡っている。本来の聖龍は、数多くの猛者や異端者飛び交う裏社会では、あくまで小物そのものであり、結局は賢しいならず者が集まるだけが、取り柄の皺寄せグループだ。彼らがどう抵抗しようが、所詮後回しにしても構わなかった。


しかし宇都宮夕妬の介入で、聖龍そのものが変貌を遂げた。夕妬は己の人脈をフルに活用し、ありとあらゆる裏社会で活動している、小規模のグループに夕妬は積極的に交渉し、宇都宮の権力を介入させた。そして聖龍は、数ヶ月の間に瞬く間に規模を拡大し、聖龍は異能力者狩りをも始める噂まで飛んでいた。


更に予想外だったのは、有名歌い手の予期しない介入だ。聖龍が運営している、裏のホームページを何処かで知ったのか、歌い手は無謀にも、自分のツイッターでURLを流す行為を行った。現在URLを流した歌い手アカウントや、運営側は完全にパニック状態であり、普段ならば絶対に見つける事が出来ないホームページを、無断でURLを流されてしまった聖龍側も、必死に証拠の隠蔽や対応に追われている筈。


「宇都宮一族は『自分自身の手で誰も殺せません』よ。己の権力と他者への支配に、執着している限りは」

「薄汚い欲に身を任せ、富と権力に媚びへつらう奴らが、異能力者を殺せるなどとは思っていない。奴ら異能力者は、所詮人の形をした【化物】だ」


泪が宇都宮一族を知っているのは、泪自身が宇都宮一族の、『都合の良い道具』でしかない事を理解している為。男が泪と引き合わされたのは一年程前。泪を引き合わせた宇都宮一族は、泪を徹底して『塵』として扱えと言っていた。しかし男は、あくまでも泪を兵器として扱ったが、それ以外の扱いに対しては一線を引いていた。自分達以外の人間を人間として見ていない、宇都宮の意向に従う気など毛頭ない。


研究所の人間や同じ異能力者ですら、畏怖する力を持つ薄紅の髪の青年に対し、男は僅かながら哀れみを感じている。中でも泪が無意識的に、宇都宮家の意にそぐわない様に動いているのは、ある程度熟知している。宇都宮一族はそのように動く、泪の意図も見抜いており、泪の意図や願いを叶えず決して『殺さない』事も。


「お前は元の場所に戻れ。お前自身に手が入らないよう、報道と警察には手を回してやる」

「……仰せの通りに」


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