第69話 真宮家side



―午後三時半・真宮本家。


「お兄ちゃん、連絡来ないなぁ」


朝から用事で出払っている茉莉からメールで連絡が来て、今日は琳と一緒に真宮本家。もとい瑠奈の家で泊まるように命じられた。暇そうにぶー垂れる主人達を察したのか角煮も鳴く。あれから泪に何度かメールを送ってみたが、泪からは一向に着信もなければ、返信のメールも届く気配すらない。泪が普段から、LINEをしないのは瑠奈も知っている。誰かとの通話など必要な時以外に、泪が携帯を弄っているのを、ほとんど見たことがないからだ。周りの知人達の口からも、泪自身学校周りでの友人が少なく、泪本人も必要以上に周囲と、親密な関係を取ろうとしないと語っていたのもあり、相手にメッセージをこまめに送る習慣がないからだ。


泪が周りに一定の距離を置き、自分を含め必要以上に他人へ踏み込もうとしないのは、訳があるに間違いない。昔の泪と交流があるのは瑠奈と、瑠奈が知っている中では現在怪我で入院中の鋼太朗だ。瑠奈と同じく過去に面識のある、鋼太朗に聞けば泪に以前何があったのか、分かるかも知れない。しかし残念ながら今の瑠奈には、現在の泪の複雑すぎる事情へ、土足で踏み込む根性はない。


「明日から瑠奈も篠崎君も、通常通りに登校するんだね。芽衣子達心配してたよ」

「うん」


病院での話し合いが終わった後、合流した京香に手配して貰った送迎車で実家に帰った。一先ずは聖龍周りの騒動が落ち着いた事で、明日からは本格的に学校へ行かなければいけない。実家に戻る前に茉莉の家に寄ってもらい、琳と一緒に制服などの荷物を取りに行き、角煮も実家に連れて来た。


担任や学園の先生達は茉莉の口添えで、瑠奈と勇羅の本当の欠席原因を知っている。学園の警戒体制を強めたのも、茉莉や理事長のバックアップがあったからだ。自分達の欠席原因はぼかされているだろうから、芽衣子を始めクラスメイトや他の友人達は心配してることだろう。なし崩しで東皇寺の事件に巻き込まれた翠恋も、迷惑を掛けてしまった泪に対し、後ろめたい事をした自覚はあったし、もし誰かに聞かれても彼女もまた、事件に巻き込まれた事に対して多くは語らないだろう。


「あ。電話だ」


玄関前の靴箱の上に置かれている、FAX兼用の受話器が鳴り響く。生憎両親も携帯を持っているが、普段から固定電話の方には、滅多に鳴らないと父親が言っていた。電話が鳴るときはFAX受信の時だけと言っていたので、実家の固定回線は、既にFAX送受信専用機となっている。しかし着信はFAXの受信ではなく、どうも電話の方だったようで、早く出ろと言わんばかりに受話器からは、しつこく音が鳴り続けている。あんなにしつこく鳴り続けるのは、どうせイタズラか何かの勧誘だ。困った事に茉莉や両親が帰ってくるのは夕方頃になる。


前にネットの詐欺撃退サイトで見た方法を使って、イタズラ電話を撃退してやろうと思い、瑠奈は無言で頷くと受話器を取った。



「モシモーシ。コノバンゴウハゲンザイツカワレテオリマセン。ワタシハウチュウ─」

『やぁ、瑠奈ちゃん。やっぱり君はとっても可愛いね』

「!!?」



瑠奈は訳の分からない棒読みで、イタズラ電話撃退を実践し始めようとした途端。受話器から自分の名前を甘ったるく呼ぶ男の声がした。中性的だが人を上から目線で苛立たせる声は、間違いないなく宇都宮夕妬だ。何故この男は実家の電話番号を知っている?

違う。聖龍は冴木みなもの伝手を利用し、生徒達の情報を受け取って自分達の連絡先を知ったのだ。みなもから既に入手していたなら夕妬が知らない訳がない。


「……当たり前の事聞くけど、なんでウチの電話番号知ってんの?」


夕妬の醜悪な本性を知ったおかげで、瑠奈の言動から完全に容赦がなくなっている。直接と言う訳ではないが、この男が原因で危うく自分の人生が終わる目に遭う所だったのだから当然だ。


『お願いだから、そんなに怒らないで…ね。僕、本当の瑠奈の気持ちが知りたいんだ。無味無臭でつまらない奴に固執する、本当の君の気持ちが知りたい。だから…僕は』

「芙海さんをあんな目に合わせて置いて、上から目線で偉そうな事よく言うよ。自分で目ぇ付けてた京香先輩や砂織さんにも、ボロクソに嫌われて良い気味じゃん」


遠回しに大好きな泪を、馬鹿にされたので更に頭にきたのか、通話相手が倫理観の伴っていない夕妬でも関係なく、瑠奈は京香や砂織に切り捨てられた話題を持ち出し容赦なく挑発する。


「る、瑠奈っ…」


壊しかねん勢いで受話器を握りしめている、瑠奈を落ち着かせようと琳が宥めるが、怒りで興奮状態の瑠奈には全く効果がない。



「ただいまー」



琳が誰かに連絡をしようかと思った所、丁度良いタイミングで茉莉が帰って来たようだ。瑠奈が誰かと電話している事に感付いた茉莉は靴を脱ぎ、興奮状態で夕妬と通話中の瑠奈に背後から近付きポン、と肩を置く。


「…瑠奈。電話変わって」

「うえっ?! えっ? あ、あ、うん」


茉莉に背後から肩に手を置かれ、幾ばくか平常心を取り戻した瑠奈は、自分の肩に手を置く茉莉の意図を察したのか、すぐさま茉莉に持っていた受話器を渡す。


「はぁい。あなたが宇都宮夕妬君ね」

『君は誰? ……僕は貴方に用はないんだ。僕が欲しいのは瑠奈の甘く蕩ける声。僕を癒してくれる瑠奈の甘い声が聴きたいんです』


興味ないと言わんばかりの声で、夕妬から用がないと聞いた瞬間、茉莉の淡い紅を引かれた、形の良い唇からはドスの入った低い声を発する。



「そんな餓鬼臭いチンケで下手くそで、低頭極まりなダッサイ口説き文句で、女が簡単に墜ちると思ってる? 極上の良い女を口説きたいなら、もっと強くて理知的で精悍でたくましい、大人の良い男になってからいらっしゃいボウヤ。大体ウチの学校に土足でズカズカ入り込んでくれた挙げ句、今度は外国企業会長の孫兼社長令嬢の誘拐? 宇都宮一族って身内の国内スキャンダルだけでなく、国際社会の外交問題に発展するのがとことんお好きなようね」

『別にそんなことはありませんよ。僕は僕なりにこの国の…この世界の未来を見据えています。ですから、貴方のようなつまらない女に用はありません。瑠奈に代わって…』


「はんっ! 二十年も生きてない未成年の分際で、よくも生意気な罵詈雑言が、次から次へと出てくるわね!! ウチや妹達の個人情報、勝手に盗み取ったのはどう説明するの? あぁそうね。ウチの学園の生徒の命、犠牲にして入手したんだっけ。口先ばかり偉そうな口叩いて何もしないで、その癖悪い噂は、金で揉み消してばかりの成金一族の甘い汁ばかり吸ってるような連中に!」



茉莉の攻撃的かつ挑発的な話し方から、既に年下の学生を相手にしていると思えない。実年齢にそぐわない童顔な茉莉の眉間からは、深い皺が刻み込まれ、完全に本来の顔である魔性の本性が剥き出しになっている。


冴木みなもを利用するだけ利用した挙げ句、心身を弄び最終的に命すらも奪った。もちろん夕妬自身は手を下してないだろうが、夕妬が冴木みなもの命を奪った元凶であるのは間違いない。夕妬の巧みな言葉を一蹴し、容赦なく正論を突き付ける姿に、普段学園で『保健室の魔女』呼ばれている茉莉の顔はどこにもない。


『そうだ。貴方達の学園に、三年の赤石泪さん………いましたよ、ね?』

「……泪君?」


今だ行方のしれない人物の名を効いた、茉莉の表情が険しくなる。通話越しから泪の名前を聞き、瑠奈と琳も茉莉に注目する。


『先生は彼が裏で何をしているのかご存知ですか?』


眉間に皺まで寄せていた茉莉の顔が更に険しくなる。依然泪から連絡が取れない状態が続いているのだ。正直宇都宮夕妬でも構わないので少しでも情報が欲しい。ただし夕妬には個人的な恨みも兼ねて、瑠奈や京香。そしてその周辺に危害を与えた分、相応の制裁を受けてもらう。



『赤石さんは……―っっ!!!』



―…プツッッ!!……ツー…―…ツー……。



「な、何なの…?」



当然切れてしまった電話に茉莉は何度か瞬きをし、目を丸くしながら、通話切れの音がなり続ける受話器を見つめる。


「どうしたの」

「切れちゃったわ……。でも一瞬、向こうで銃声が聞こえたの」


銃声と聞き、瑠奈と琳はお互いの顔を見合わせる。受話器の向こう側の夕妬に何かがあったのは間違いない。今度は瑠奈が持っていた携帯から、着信音が鳴る。着信画面を確認すると、瑠奈達が待ち望んでいた人物からのメールだった。



『To:ただいま戻ります

文:連絡が遅れてごめんなさい。

事件現場に警察と報道が予想以上に集まっていて、今まで身動きが取れなくなっていました。夕方には事務所に帰ります。

メールは転送後、履歴ごと削除 泪』


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