第66話 勇羅side



―午前九時半・神在総合病院一階待ち合いロビー。


「友江さん。暫くは絶対安静だって」

「絶対安静が必要の患者を、無理矢理退院させた結果が再入院だよ…。聖龍の件もあるし、流石に今回ばかりは親も言い逃れ出来ないだろうね」


昨日は京香の拉致を和真から知らされた挙げ句、泪からも連絡以前に事件に関する情報すら何も得られなかった。幸い明日は休日と言う事で、結局全員が事務所で一晩を過ごす事となった。


太陽が登りかけた早朝。リビングのソファーで、客室から持ち出してきたブランケットを被って横になり眠っていた勇羅は、携帯から突然掛かってきた砂織からの連絡で、昨日から家族の目を盗んで家を飛び出し、また行方が分からなくなっていた友江芙海が、見つかった事と言う情報を受けた。すぐさま響や二羽にも連絡し、準備を済ませた一行は朝一番に神在総合病院へ集まっている。その場に泪や和真、京香の姿はない。


昨晩の経緯を整理すると、和真達に発見された友江芙海は、酷い錯乱状態に陥っており再び病院に搬送された。しかし昨日学校を休んでまで芙海を捜しに行った友江継美は、今も行方が分からず連絡すら取れない状態らしい。二羽が何度か継美の携帯に連絡を取ったようだが、彼女の携帯は電源を切られている状態だと言う。


聖龍の連中に誘拐された、京香の行方は今も掴めていない。和真は愛車で砂織を勇羅達が集まっている病院に送り出し別れた後、会社へ戻り自身のネットワークをフルに使い、全力で京香の行方を捜している。普段から周りの人間に対しては、フランクな為そう見られないが、京香は仮にも大企業のお嬢様だ。大企業の重役の娘が誘拐されたとなる以上、国内に複数の支社を持つ外国企業の重役でもある、水海父方の親族が動くのも時間の問題だろう。下手すれば彼女の誘拐自体が、国際問題にも発展しかねない。


そして聖龍のアジトへ単独侵入を行った泪からも、今だに全く連絡がない。和真の証言だと聖龍を追い詰める証拠となる、データ自体は送られて来たので、無事である事は確からしいが。


「どうして…。どうして、こんな事になっちゃったんだろ」

「二羽…」


心配そうな表情で、瑠奈と二羽は席で俯く。二羽は一番に総合病院に到着したが、芙海と面会出来なかった。聖龍によって日に日に友人が変わり果ていくのを、間近で見ていたのは紛れもなく彼女だ。


「友江さん。宇都宮の事以外は、本当に何にも知らないらしい。聖龍内部の情報も、彼女にはほとんど伝えられてなかったそうだ」


これまで東皇寺学園や、聖龍の件に関する情報を全て纏めると、友江芙海は聖龍に協力していると言う訳ではなく、彼女はあくまで夕妬個人に協力している。


日常から親のいいなりかつ、親に言われるまま過剰に干渉してくる姉を、単純に滅茶苦茶にしてやりたいと言うだけで、芙海は聖龍に協力を依頼したらしい。皮肉にも宇都宮夕妬が、誰にも媚びない態度を取り続ける、友江継美に執着してしまった事と、彼の牽制により芙海は聖龍の情報を、必要以上に与えられなかった。逆に泪個人に固執し過ぎた冴木みなもは、積極的に彼らに情報を与えた事で、聖龍の暗部に入り込み過ぎてしまい、命を失う結果になってしまったが…。


勇羅達の方へ、一人の女性看護師がやってくる。先程まで芙海を含めた、患者達の様子を見に行っていた看護師の奏だ。彼女は看護学部の研修も兼ねて病院に勤務している為、名札と一緒に研修中の札も付いているのですぐに奏だと分かった。


「奏さん。あの……芙海は?」

「残念だけど、家族以外は面会謝絶。面会を許されたご両親は、彼女の主治医とまた揉めてるわ。娘を退院させろ、継美に面倒を看させるって」


ゆっくり首を横に振りながら奏は深い溜め息を吐く。あんな事になってしまったと言うのに、まだ娘を外に出そうと言うのか。


「そんな…っ! 継美さんに芙海を看させるって、継美さんもまだ見つかってないんですよ!? それ以前に芙海はあんな状態で退院だなんて、無責任過ぎじゃないですか!」

「ええ…。主治医もお姉さんの捜査届は出したのかと、遠回しに質問していたけど、二人共彼女の事自体、まるで他人事見たいに答えていたから」


理不尽とも言える姉妹の惨状に、激昂する二羽に奏も同意する。芙海の両親は姉の継美の捜査届すらも出していないと聞き、この場にいる全員がざわつく。彼女の両親は仮にも娘であり芙海の姉でもある継美を、溺愛する妹にとって、都合の良い道具としてしか見ていない。何も与えられずただひたすらに搾取される姉と、親に愛玩されるだけに存在する妹。自分達の立場と世間体、妹の擁護しか考える事しか出来ない、歪みきった家族に哀れみすら覚える。



―☆※×☆○?※△☆~!♪



「!?!」


突然砂織の携帯端末から、カン高い着信音が鳴り響く。だが恥ずかしい事に、その着信音は電波系アニソン。癖がある歌詞の反面ノリの良いリズムと、明るい曲調で人気があったので、勇羅も時折耳にしていた歌のメロディ。携帯端末からは清々しい程に、電波な音楽とカン高い歌が響いていた。


この場の全員が病院の雰囲気にそぐわない歌を鳴らす砂織に注目し、唖然とした表情になる。


「お姉さまぁ~…」

「やば」

「姉ちゃん、マナーモード設定忘れてただろ…」


頭をポリポリとかきながら参ったと苦笑する姉に、雪彦は苦笑いを浮かべ勇羅は呆れた顔をする。砂織がスマホの着信画面を確認すると和真からだった。


「もしもし、和真ちゃん」

『砂織。全員に聞こえるようにスピーカー入れてくれないか』


砂織はオッケー、と一言告げ和真との通話を全員に聞こえるよう、自分の端末のスピーカーを慣れたスライド操作でONにする。


「京香ちゃんの方は?」

『宇都宮本家が本格的に動き出した。さっきこっちに、宇都宮本家の人間から連絡が入って来たんだよ。京香の事なんだが…実は京香の奴、聖龍に連れて行かれて二時間程経った直後に、宇都宮本家の人間に保護された。本家も京香とは面識あったし、どこかで跡取りが起こした騒ぎを嗅ぎ付けたんだろうな。『水海嬢の身柄は宇都宮本家が保護した。至急そちらへ水海嬢を送り帰す故に、身柄の心配はしなくて良い』…だとさ』


とうとう宇都宮本家が動いたか。だが宇都宮本家の矛先は自分達ではなく、完全に分家跡取りの夕妬に向けられているらしい。宇都宮一族の動きは気になるが、和真の話からすると連れ去られた京香の無事は、保障されたと見て構わない。


『さっき京香本人からも連絡が来た。五体満足異常なしで、話してる時の口調もピンピンしてたよ。もうすぐそっちに来るってさ。向こうが散々やらかしたお陰で、大事な分家の跡継ぎ様を、本家の力でも庇いきれなくなってるようで』


どうやら保護された京香からも、和真に連絡が来たらしく、自力で病院へ向かって来ると言う事から、京香は完全に無傷なのが判明している。皮肉にも一人の人間に執着し過ぎた事が原因で、夕妬はまさか最大の後ろ楯でもあった、血の繋がった自分の一族と、敵対する羽目になるとは思っても見なかっただろう。


「無事でよかったぁ…」

『京香の無事が確認出来たからって、油断はしない方が良いぞ。あくまで宇都宮本家は、俺達の対立相手に違いないからな。宇都宮夕妬の出方次第で、また敵に回ると思って良い』


和真の言う事は最もだ。宇都宮本家はともかく、当然夕妬個人や聖龍相手には通用しない。夕妬の出方次第では本家が再び牙を向く可能性もある。


「そうだ、泪君から連絡は?」


京香の安否確認の件はほぼ心配なくなったとして、泪からは以前連絡が来ていないのだ。


『……まだだ。幸い泪から送られて来た、データの解析は進んでる』


事件が発覚する数時間前に、現場へ侵入した泪から送られてきた、聖龍内部の情報解析は進んでいるらしい。送られてきた内容が聖龍古参の件に関しては、現状蚊帳の外である勇羅達から見て何なのかは分からない。だが聖龍を仕切っていた夕妬が、現在の聖龍のパトロン的存在とも言う、自分の一族を敵に回す致命的なミスを犯した以上、聖龍の悪行はいずれ表に晒されると見て構わない。


『…それから、今現在行方不明の友江継美。聖龍に拉致されてる可能性が出てきた』

「!?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る