第65話 和真side
―同時刻・郊外大学前駐車場。
完全に聖龍に一杯喰わされてしまった。自分の持っている頭脳や地力、権力を慢心していた訳ではない。ただ単純に相手側の行動力、先を読む力の方が遥かに上を行っていただけだった。
『お、お兄さま…』
「あぁ…」
携帯越しから会話している、雪彦の声も震えている。まさか大丈夫だろうと考えていた人物が、あんなに簡単に誘拐されるとは、和真も思っていなかったからだ。
「お前達は宝條学園に連絡して、理事長や先生達にも聖龍への警戒を強めさせてくれ。俺は泪にも連絡する」
『わ、わかりました…』
宝條学園の理事長は異能力者に理解のある人だ。素性の分からない泪を、学園に編入させてくれたのも、学生時代和真が部長を務めた、探偵部設立に一役買ってくれたのも、何を隠そう理事長のお陰なのだから。雪彦との通話を終えた和真は、通話終了の操作を押したが、その携帯を握りしめている手は明らかに震えている。
「和真ちゃん…」
以前から目を付けられていた砂織を、聖龍の魔手から守りきった。だが大切な恋人を守りきった代償は、その聖龍による実の妹・京香の拉致。
警察との事情聴取を終え、車を停めている駐車場へ向かおうとした直後。どこかで待ち伏せていたのか、聖龍の面々が再び和真達三人に襲いかかって来た。彼らは大学で襲いかかって来た連中とは、別のメンツであったが幸い人数は少なかった。彼らも警察に突き出すべく、一人つづ確実に気絶させていったのは良いものの、その後の対応が不味かった。
京香は最後に自分へ襲い掛かってきた、男を投げ飛ばした隙を突かれたのだ。突如待ち伏せていたと思われたらしい、数名の他の男達によって羽交い絞めにされた挙句、男達の腕の中で暴れた状態で無理矢理車に乗せられ、そのまま彼らの車で何処へと連れ去られてしまった。
「古参連中に拉致られなかっただけでも、まだマシだと思いたい…」
和真達に襲いかかって来た連中は全員若く、学生服を着ている者も数人いた。彼らは乱闘の最中にも、夕妬の名前を頻繁に出していた事から、宇都宮夕妬と言う存在に心酔している。夕妬を支持している面子は全員、夕妬の権力による甘い汁を吸っている東皇寺学園の学生や、聖龍に入ったばかりの若い新参ばかりのようだ。同時に彼の後ろに付いている、宇都宮家による権力の恐ろしさを知っている以上、余程の事でない限り京香に手出しはしないだろう。だが古参メンバーに、京香が目を付けられるとなると話は別だ。
現在入院中の鋼太朗の話によれば、聖龍の古参達は生まれ育ち構わず、容姿の良い若い娘ばかりを自分達の欲の食い物にしてきたと言う。夕妬は彼らが余計な行動をしないよう、何らかの手段を使いながら止めていたと言う。
しかし元々古参達が行っていた聖龍の活動を、夕妬が方針そのものを勝手に手を回した挙げ句、古参達の行動を大きく抑制した事で、逆に彼らを夕妬派が自分達の活動の裏で、更に彼らは暴走を起こしているらしく、結果的に夕妬の活動抑制も、無駄な行為に終わっている。
「た、大変だよ和真ちゃん。今ネットニュース見てたら、聖龍のアジトらしき場所から、複数の遺体が見つかったって…」
砂織は自分のスマホを操作しながら、聖龍の情報を集めていたが、何かとんでもないものを見てしまった顔をしながら唖然としている。砂織は動揺しながらも和真にスマホの画面を見せる。携帯の画面を見た途端、和真は己の目を疑った。
「どうしたの?」
「ちょ!? こ、この場所……!」
殺人事件が起きた現場には、和真も見覚えがあった。泪が単身侵入し、聖龍摘発の証拠になるデータを転送してもらい、聖龍のアジトであると確認した場所と同じであり、そこは事件が起きた場所とも完全に一致していた。そして当の泪からは、数時間前にデータの転送が終わったと、連絡を受けたばかりなのだ。だが泪の身に何かあったとは到底思えないし、万が一の事態が起こったとしても、泪一人ならば単身で逃げ出す事も可能だ。
「砂織。泪にメール送ってくれ」
砂織は無言で頷き、泪にメールを送るべくスマホの画面を操作する。砂織が端末を操作し始めた直後、誰かの足音がした。
「!」
不規則な足音に、砂織も思わず端末の操作の手を止める。二人の目に飛び込んだのは、シワだらけでよれよれの制服を着た少女。明るいブロンドに染めた髪は、もう何日も手入れをされていないのか、毛先からボサボサで全く艶がない。
「あ、あの娘…。確か……」
砂織は彼女の容姿に見覚えがあった。勇羅が何度か話していた、東皇寺学園の一年生・友江芙海だ。本来なら長期間の入院が必要である筈の彼女だが、家族の一方的な訴えで、半ば無理矢理病院を退院させられた。
と思いきや、彼女の友人の二羽からの報告によると、またも早朝。家族の目を盗み自宅を飛び出し、再び行方が分からなくなったらしい。更に芙海の失踪に伴い、今度は姉の継美までもが、自宅から消息を絶ってしまったと言う。まさかこんな場所で、寝間着姿のまま徘徊していたとは。
「ち……ちょーだい…ちょーだい…ちょーだい…ちょーだいちょーだい…ちょーだい……」
「ち、ちょうだい…って?」
ゆらりゆらりとおぼつかない足取りで、身体をふらつかせる芙海は、明らかに目の焦点が合っていない。心身共に不安定かつ危険な状態の彼女を、こんな場所に放置する訳にはいかない、と判断した和真は芙海の腕を掴む。腕を掴んだ途端、芙海は火が付き出したように勢いよく暴れ始めた。
「!!? ち、ちちちちちちちくしょうちくしょうちくしょう!!! 放せ放せ放せ放せ放せ放せえええええぇっっ!! 放せよ放せよ放せよはなせよちくしょうちくしょうちくしょう!!!
ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうがああああああああぁぁぁぁ!!!!!
があ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っっ!!!! ぎゃあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っっ!!!! ん"お"があ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!!」
「う、うおおおっ?!」
獣のごとき咆哮を上げながら、華奢な少女の腕力とは思えない力で芙海は暴れる。和真は咄嗟に芙海を羽交い締めにすると、芙海は殺されると思ったのか、更に狂った叫び声を上げながら暴れ出す。
「……っ」
同じ人間と思えない程に変わり果てた少女の姿に、砂織は携帯の操作を完全に止めてしまい呆然と立ち尽くす。
「ぐっ…さ、砂織っ!! 泪への連絡は後回しだ! すぐに救急車呼べ!!」
「き…京香ちゃんは!?」
「京香を助け出す以前に、目の前のこいつを、どうにかしないと何も出来ねぇ!」
「わかった!」
拘束から逃れようと暴れる芙海を、必死に押さえ込む和真の呼びかけで、我に返った砂織は、躊躇いなく携帯の画面から119番を押した。
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