第59話 泪side



―同時刻・学園都市郊外某所。


「全く…。いくら僕が軽傷だからって、和真先輩は人使いが荒すぎます」


前回の一件で受けた傷の完治もままならない状態の泪が、和真から直々に依頼されたのは、聖龍が宇都宮一族と手を組む前に起こした事件の情報収集。極端な話聖龍のアジトの一つへ侵入し、彼らが過去に起こした物的証拠の回収だった。和真や鋼太朗からこれまでに聞いた話を合わせると、聖龍は以前から裏社会にも通じている。更に和真からの情報では、聖龍の古参達は宇都宮一族の権力を後ろ楯に、自分達の縄張りを学園都市部から、更に広げようという魂胆だ。


しかし宇都宮一族をバックアップにした結果、当然彼らの行動に大きな弊害も出ている事が発覚している。元々は表社会では個々の事情で失墜し全てを失ったあげく、ドン底から這い上がる事も出来ずに歪んでしまったあぶれ者集団である聖龍。約一年前から裏ルートを通じて聖龍の噂を聞きつけた、宇都宮夕妬が直々にグループを仕切り始めた事で、半年前から聖龍内部で変化が起き始めた。宇都宮夕妬は持って生まれた優れた頭脳と、年端もいかない少年とは思えない線密な手腕を発揮し、聖龍の勢力を更に拡大。次々と入団したばかりの若手メンバーを、自分の手元へ取り込み始めた。


その間に夕妬の中性的かつ、アンバランスな魅力に寵落されていった少女達は、全て若手達の元へ捧げられ、彼が裏で行った取り引きによる、莫大な報酬の大半も全て彼らへ分配した。どんな相手にも怯む事なく恐れを知らない少年に対し、裏社会の伝手や夕妬を通じ、聖龍に入団し若い新人達は、次々と夕妬のカリスマ性に惹かれていった。常に古参の男達ばかりが甘い汁を吸い、日々雑用ばかりを押し付けられていた古くからの若手達も、こぞってとばかりに厚い待遇が受けられる、夕妬の側に付いた。


だがここに来て、若手や自分の息のかかった、新参メンバーばかりを優遇したのが致命的な仇となり、代々聖龍を纏めていた古参メンバー達の不満が溜まり始めている。最近は古参メンバーと夕妬を慕う、若手や新参達とグループ内の結束に亀裂が走り、聖龍内部でも小競り合いが続いているらしい。


砂織を拉致するに向かわせた聖龍の面子は、夕妬達若手の派閥と古参派が、半々に分かれている筈だ。同行した古参達は、主に夕妬の派閥の見張り役も兼ねているのだろう。和真や雪彦の協力の下。宇都宮一族の息が掛かっていない、アジトを割り出した所。東皇寺学園郊外の数ヶ所に、聖龍古参メンバーが宇都宮一族の目を盗んで、秘密裏に独自の活動をしている事が発覚。宇都宮夕妬の目の届かないそのアジトでは、当然夕妬が禁止していた行為も平然と行われていた。


夕妬は自分以外の相手が、手を付けられた獲物に触れる事を酷く嫌っている。更に夕妬が禁じていた行為の画像や動画は、夕妬の目を掻い潜りつつ、裏ルートでは堂々と流れ、取り引きされていると鋼太朗が話していたので、古参達は夕妬の命令を守る気は毛頭ないらしい。鋼太朗や瑠奈の証言である程度予想出来てはいたが、夕妬は同じ学園に通う友江芙海の姉・継美だけでなく、宇都宮本家が、半ば強引に持ち掛けた見合い相手であり、結果的に破談となった、元婚約者の京香や気の強い瑠奈を気にいっていたようで、聖域へ勇羅達を連行した際も、自身が一番に瑠奈へ手を掛ける気だった。


古参達もまた、15歳と言う年齢にそぐわぬ、女性的な体型をしていた瑠奈に目を付けていた。更に『一時の戯れ』として、瑠奈に手を出す気満々だった古参達は、当然夕妬の対応に納得せず、瑠奈に手を出そうとした夕妬に当然横槍を入れた。しかし『誰か』の念動力の暴走で、夕妬を含め誰一人瑠奈には指一本触れる事すら出来ず、完全に失敗しているが。


複数ある聖龍アジトの内、比較的見張りの薄い一つに的を絞り、侵入を試みる事にした。証拠の持ち出しに備え手にしているのは、タブレットサイズの端末のみ。証拠となる画像や動画データが大量になる事も踏まえて、端末のネットワークを使い、事務所へのデータ転送も兼ねている。既に神在にも宇都宮一族の魔の手が伸び掛かっている以上、絶対に失敗は許されない。


どうやって部屋に置かれている、サーバーのデータを持ち出そうかと考え事をしながら、周りを見回しつつ慎重に足を進めていると、背後からガタッと物音が聞こえた。泪は足を止めそのまま振り向かずに、泪の後をつけて来た人物に声をかける。



「誰ですか」

「あ………っ」



泪の背後に立っていたのは一人の少女。赤みの掛かった髪にツインテールが特徴の、勇羅や瑠奈のクラスメイト。毎日ように何か思わせ振りな態度で、泪に接してくる三間坂翠恋だった。流石に無断で後をつけて来た罪悪感はあるのか、泪にいきなり声を掛けられて混乱している。


「三間坂さん…」

「る、泪っ。あっ、あたし…その、る、泪の事が。し、心配で…っ。だ、だって…ウチの学校であんな事件が起きてっ。あ、あんな恐い事件に、泪が巻き込まれたら…あたし……あたし……っ」


何故翠恋がこんな人間が立ち寄らないような所にいる。和真が勇羅達に泪の別行動の詳しい理由を告げなかったのは、聖龍の古参メンバーは、裏社会に手を染めている事が明確である為。その裏には当然宇都宮一族のバックがある。アジト侵入の件を知っているのは、和真の他に雪彦と万里くらいだが、余程の事態にならない限り、雪彦と万里の二人が口を開く事はないし、勇羅達に話すとしても泪が別所で何をしているのか、遠回しにはぐらかしているはず。可能性があるとすればどこかで自分を見かけて、大方後を付けて来たのだろう。


「すぐに帰りなさい。此所はあなたが来る所ではありません」

「な、何でよっ! あたしだって泪の力になりたいの!! あたしにも…あたしにだって、絶対何か出来る筈よっ!!」

「しっ! 声が大きい」


この場所が何処なのか構わずに大声を出す翠恋に、声の大きさを指摘しても既に遅かった。泪が侵入してきた裏口側から、バタバタと複数の足音が聞こえてくる。



「おい、こっちだ!」

「奥の方に誰かいるぞ!」


「ち、ちょっと。どうなってるのよ? 一体何なのよ!?」

「……」



突然泪は翠恋に近づき、勢いよく米俵を担ぐと言った感じに翠恋を担ぐと、すぐに周りを見回し隠れられる場所を探し始める。


「きゃあっ! ち、ち、ちょ…!!?」

「死にたくなければ動かないで」


普段は全く見ることがない泪の気迫に圧されたのか、担がれた腕の中で暴れようとしていた翠恋は、あっという間に大人しくなった。とにかく翠恋だけでもどうにかしないと、まともに動く事が出来ない。ふと近場の部屋にあるロッカーに目をやる。ロッカーは開けっ放しになっており、そこは丁度人が一人隠れられる大きさだった。


すぐに泪はロッカーの所へ行き、担いでいる翠恋を雑に放り込むと、周りを確認しながらロッカーの扉を閉めようとする。放り込む勢いが強かったのか、涙目になりながら頭を擦る翠恋に、泪は顔を近付ける。


「痛ったぁー……な、何よぉ!?」

「三間坂さん。ここを生きて出たければ、絶対にロッカーから出ないで下さい」

「………」


真剣な表情で見つめる泪の様子を見て、反抗出来ないと判断したのか、翠恋は無言で首をコクコクと縦に振る。同時に翠恋が入ったロッカーを静かに閉める。ロッカーはちゃんと閉まったが、不運にもその扉を閉める鍵がない。翠恋の身の安全を確実なものにするなら、自分が囮になれば良いと判断した泪は黙って部屋を出る。連中は既に目の見える範囲にまで来ていて、泪は部屋を出てすぐに動く間もなく、あっという間に囲まれた。


「いたぞ!!」

「あっ、あいつあの時のカマ野郎!」


泪を取り囲んだ相手は四、五人。連中は聖域で見覚えのある男達ばかりで、皆が自分の事を覚えていた。全員がバットや鉄パイプなどの武器を持っているが、幸い刃物を持っている者はいない。ふと中央のガタイの良い男が片手で仲間達を制すると、空手の構えを取りかける泪の一歩目の前に出てきた。


「ちょっとツラ貸せ。てめぇに話がある」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る