第60話 泪side
「…覚えていてくれて光栄です。自分達の事しか頭にないと思っていました」
「やっぱりオカマの癖に、俺たちの事舐め切ったようなすかしたツラ気に入らねぇなぁ…。ま、今日は俺ら機嫌が良いから、世間話くらいはしてやっても良いけどなぁ?」
異能力者だけでなく、人を人とも思っていない外道相手に、まともに取り繕う必要などない。一刻も早く翠恋の入っているロッカー部屋から、自分を取り囲んでいる連中と共に、この場所を離れる必要があった。ふと中央の男の隣にいた、小太りの男が呆れたように口を開く。
「まったく夕妬のガキにも困ったもんだぜ。あのガキが俺たちの縄張りで、あれやこれや禁止するおかげで、俺らの大事なモンは結局、こんな臭い所へ追いやられちまうんだからな」
「そうそう。あのクソガキが聖龍を仕切り出してから、俺達はさっぱり良い獲物にありつけなくなっちまったし」
やはり以前から聖龍を仕切っていた彼らは、数ヶ月で聖龍をまとめ上げた、新参の夕妬をも見下していたようだ。先日の言動からも、独自の考えで聖龍を仕切る彼に対し、今まで自分達の考えだけで好き放題してきた古参の男達は、現在の聖龍の方針に余程不満が溜まっているらしい。
「この前の二つおさげのボインちゃん、本当に惜しかったよ。夕妬の野郎はいつも自分だけ、目の前で見せつけるように上玉の女を楽しんでさ。俺達には純情ぶったギャーギャーうるせぇ、三つ編みブスなんざ差し出しやがって」
「……」
みなもや芙海は夕妬に見捨てられ、日頃から不満が溜まっている聖龍の古参達に差し出された。決定的に違うのは、夕妬達に散々利用された挙げ句、使い捨ての道具を乱暴に扱うかのように、あっさり切り捨てられ命を失ったみなもとは逆に、夕妬に利用され弄ばれ古参に差し出された芙海は、今も継美を手中に収める為に生かされている事。その友江芙海は突然聖龍から解放され、病院に搬送された彼女は、自分達の保護下に居る事を、強要する家族の働きによって退院した直後。過剰なまでの過干渉な両親や、姉に反発して再び自宅から飛び出し、現在また行方知れずとなっている事も。
「その友江芙海さん。彼女が貴方がたに解放された事、勝手に話して宜しいのですか?」
「別に放って置いても構わねぇよ、あんなバカ女。ウチが取り引きしてる商品バカバカ使いまくった時点でとっくに手遅れだろ」
男達の言動からして裏社会での噂通り、聖龍は薬の取り引きも行っていたようだ。手遅れと発言している事から、友江芙海の日常生活への復帰はもはや絶望的と見ても構わない。
「芙海も見た目だけは良かったぜ。夕妬はあいつの姉貴にやたらとご熱心の様子だが、あの頭のおかしい地雷女共に、触れた以上いずれ破滅するだろうよぉ!!」
友江芙海の事を思い出したのだろうか、男達は一斉にゲラゲラと大声で笑い出す。弱い者は自分達の楽しませる玩具である事を、さも当たり前のように語っている事から、こいつらは人を人をも思っていない。男達に異能力研究所の人間とはまた違う不快感を感じる。
「本来僕は侵入者ですよ。何故そこまで宇都宮夕妬の事を話すのです?」
男は付いて来いと言わんばかりにジェスチャーをする。男が親指を立てた先は、男達が走って来た奥の方向。泪が案内されたのは一つの部屋。部屋の扉は開いたままで、壊れているのか所々傷が付いている。
「見ろよ」
男に急かされながらも、周りを警戒しつつ泪は男が見ろと合図した部屋を覗き見る。
「!?」
泪の視界に写った部屋は狭く酷い湿り気の中に、生ゴミやら吐瀉物やらがいり混じった、凄まじい悪臭が鼻に突いた。散らばっている破れかけのゴミ袋には蝿が群がっているのか、周りに無数の羽音が部屋の中に響く。
「………彼女」
そんな吐き気を催す悪臭の混じる部屋の真ん中には、この時間ならば学園にいる筈の友江継美の姿があった。継美は椅子に座らされ、普段からろくに食事を取っていないのだろう。全体的に痩せ細った身体は鎖で拘束されており、腹が僅かに動いているので生きてはいるようだが、複数の人間が近付いて来た事に全く反応を示さない。
「夕妬のガキがお熱の芙海の姉貴。もう俺らがたっぷり頂いちまったし」
「最初は警戒心剥き出しだったけど、家出中の妹の名前出したら、あっさりこっちへ付いて来てくれたよ。始めからなにしても全然声出さねぇから、つまんねぇ女だと思ったが、やればやるほど味が出てきてたまんねぇわ!」
「お情けで流石に『アレ』は使ってはいないが、今はもうすっかりあっちの世界にいっちまったしなぁ!」
これまで学園都市周辺で入手した情報では、宇都宮夕妬と友江芙海は、中学時代からの付き合いだと知った。友江芙海と何度か交流した後、芙海の話から姉の継美の存在を知り、夕妬は興味を持ち始めたと言う。継美に執着を持ち始めた経緯までは知らないが、夕妬は妹である芙海を利用して継美を手に入れようと目論んでいた。夕妬の思惑通り継美は芙海の嫉妬を買い、夕妬の手中に動かされていくかと思われた。だが宇都宮夕妬はここに来て致命的なミスを犯した。その求めていた相手を内部の者に壊されてしまうとは。
「下衆(げす)が…」
「おいおいお前マジか~? こんなん見せられてんのに、こいつ平然としてんのかよ!?」
泪達が歩いてきた方向から一人の男がやって来た。長身だが痩せ気味で、不吉な雰囲気をも感じさせる。
「よ~ぅ。あそこの部屋のロッカー全部運んでも良いんだなぁ」
「どうせ全部鍵壊れてんだし、使えねぇからまとめて粗大ゴミ行きだよ。この際だから新品のロッカー代も夕妬の野郎にまとめて要求してやりゃいーわ!」
男達は他人事のようにゲラゲラ笑い出す。鍵の壊れているロッカーと言えば、翠恋の入っているロッカーに違いない。幸運にも本人は連中に見つかっていないが、このままでは翠恋ごとロッカーは粗大ゴミに出されてしまう。泪は表情に出さず口を開く。
「…このまま僕を殺しますか? 冴木みなものように」
自分以外の侵入者の存在を悟られずにするには、極論を言った方が確実だ。とにかく早くこの場を脱出し、彼らに見つかる前に翠恋を保護しなくてはいけない。
「あ、そうそう。話忘れてたわ。てめー、裏の世界で有名な【殺人犯】だろ? あぁ。ちょいとその手の裏の伝手に詳しい奴がいてさぁ~。すげぇよなぁ~。【大量殺人犯】が平然と表歩いてるなんて!! オメーの事警察に突き出したら、一体どうなるだろうなぁ!!」
―…。
彼らはもう【知っていた】。自分の事は大方宇都宮から聞いたのだろう。彼らは自分が【汚れている】事を知っていた。
「そう………ですか」
泪の表情が突然。【見た事もないもの】へ変貌した男達は、一斉に肩をビクリと竦めさせる。表情の変わった泪に目を放した数十秒の間だった。
「!!?」
急に何かが倒れる音と同時に水飛沫が上がる。男達はいきなり音が上がった場所に注目すると、小太りの男が大量の血を流して倒れていた。男は首の動脈を深く切られており、誰が見ても完全に手遅れだった。倒れた男の床下からゆっくりと男の流した血溜まりが出来ていく。
「て、てめぇ!?」
男の動脈を切ったと思われる薄紅の髪の男…―赤石泪はいつの間にか、右手にサバイバルナイフを持っていた。泪が持っているナイフは、先程斬った男の血で真っ赤に染まっており、色白の頬に数滴の返り血を付けた泪の中性的かつ端正な顔に表情はない。血濡れのナイフを見つめたまま何の感情もなく『ただその場所』に立っているだけ。
泪は無表情のまま今も尚、現在の状況に混乱する男達に向かい一言告げた。
「これ。借りますね」
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