第58話 和真side



―約一時間前・神在市郊外某私立大学正門前。


「こいつ……っ。お…鬼だ、っ……」

「これで終わりか?」


大学構内へ続く門の前には、数十人もの若い男達の山が積まれていた。そんな積み木の山の様に積み重ねられた男達を、冷めた目で眺めているのは水海和真。和真の両サイドに砂織と勇羅の連絡を受けて、和真達と合流した妹の京香もいる。


「やった場所が悪かったよねぇ」

「それ以前に喧嘩を売る相手も悪すぎたよね…」


男の山積みを眺めている三人の背後には、先程の騒ぎを音か何かで聞きつけたのか、大学の学生や講師やら沢山の野次馬も何があったのかと、興味津々で男達の山積みの周囲へと群がっている。


事の発端は正午前、大学のキャンバス内で和真と砂織が合流した直後の出来事。突然砂織の携帯から連絡してきた勇羅から、聖龍の面々が勇羅の姉であり、和真にとって大事な恋人でもある砂織を誘拐すると。しかも聖龍を率いる、宇都宮夕妬は大胆にも宝條学園へ出向き、勇羅へ直々に砂織達を手に入れると宣告してきた。


勇羅から事情を聞いた和真の怒り様は凄まじいもので、電話を代わった砂織だけでなく、和真達の周りに居た人間も引いていた。和真が電話を終えた数十分後に、勇羅から連絡を受けたのか砂織の大学へ、学校の授業の終えた京香も駆けつけて来た。そして京香と合流して約三十分後。三人揃って『彼ら』が来そうな場所へ待っていると、勇羅の読み通り砂織を拉致するべく、夕妬の命令を受けた聖龍の面々が、和真達に襲いかかって来た。


聖龍は自分達への反撃に供えていたのか、催涙スプレーやらスタンガンやら一般人の目から見ても、相当ヤバいものを所持していたようだが、いかんせん相手が悪すぎた。和真も京香も幼少からの空手有段者で、特に和真に至っては宝條学園時代、探偵部の危険人物とされていただけあって、荒事に慣れまくっていた。


更に襲いかかった場所も時間も聖龍にとって部が悪すぎた。和真と京香が避けて殴って暴れている間、砂織は二人の理不尽な猛攻を交わし、あぶれた聖龍のメンバーの攻撃を、持ち前の運動神経で危なげに避けながらも、慣れた手つきで持っていた携帯を使い、大学構内と警察へさっくり通報。結果的に大勢の学生や講師と言った人間が、彼らが暴れている現場へと集まる結果となった。


パトカーが来るまでまだ時間があると見た和真は、自分の足元で倒れている男の襟首を持ち上げる。


「聞いて当たり前かもしれないが、誰の命令だ?」

「ぐ…っ」


襟首を掴んでいる男を含め、聖龍の活動を裏から手を回している、宇都宮夕妬の事を吐く気は毛頭ないらしい。


「今のお前らに、警察の通報は意味ないのは分かってる。だが時間稼ぎだけはさせてもらう」


宇都宮夕妬の息が掛かっている状態の聖龍に、砂織が通報した警察は、夕妬の悪行の揉み消しに奔走する宇都宮一族が、聖龍のメンバー解放へ警察に圧力を掛けるので、現状ほとんど効果がない。この場で山積みになってる奴らを含め、全員事情聴取を受けさせるだけで精一杯だ。


「お、お兄ちゃん。警察が…」


説明の為に捜査員と話をしていた京香が、不安な表情と同時に何かを言いづらそうにしている。


「どうした」

「そ、それが……―」



―郊外警察署・取り調べ室。



「はぁ!? 何で俺らも事情聴取!?」

「今回の件、正当防衛かどうか怪しいんだって…」



和真と京香はやってしまったとばかりに、それぞれのこめかみを抑えて項垂れながら、二人同時に溜め息を吐く。幸い気絶させた全員、大した怪我はしていないと言うらしいが、捜査員の話によると和真達のやり方があまりにも一方的だと言う事。ただ車の中には完全に銃刀法違反とされる刃物もあり、そこに残されていた複数の証拠品や、相手側が他に実行犯が居ると匂わせる証言をしている事。


尚且つ計画的犯行である事と、彼らに反撃した内の京香が女性でもある為、和真達の証言次第では、正当防衛が認められる可能性は多少なりある。少しして相手側の聴取を終えたのか、一人の警官が和真達のいる部屋へ入室して来た。与えられた制服をキッチリと着こなしている、生真面目な雰囲気の初老の警察官だ。


「すみません。聴取の前に少しだけよろしいでしょうか?」

「は、はい」


下手な言い訳はしない方が良いと思い、事の顛末を話せるだけ話そうと思ったが、和真達の前に現れた、警官の口から出た言葉は予想だにしないものだった。



「水海和真さん。貴方は【異能力者】ですか?」

「!?」



今、和真は表の世界で決して知られてはならない事を聞かれている。和真は普段こそ隠して過ごしているが、れっきとした異能力者だ。


和真の能力者としての覚醒自体は十年前。原因不明の体調不良による後天的な覚醒だ。覚醒当初は思念のコントロールが不十分で、和真は周囲に怪現象を幾度となく発生させていた。当然周りの人間から、異能力者だと何度も疑われた。更に日本人離れした容姿故に、当時の友人からも疑われ続け、ある出来事が原因で和真は心身共に追い込まれ、一時は自殺未遂を起こしかけた程だった。


「先ほど聴取した方々から、件の大学に【異能力者】がいると仰られました。彼らはその市民の生活を脅かす【異能力者】捕縛の為に大学に来ただけなのだと」

「違います」


言い訳は返って怪しまれるのは分かっているので、異能力者である事を否定すると、突き付けんばかりに返答する。砂織や京香も和真にあらぬ疑惑がかからないよう、緊迫した表情で黙っている。まさか聖龍が異能力者を探していると言う、世界規模の迫害対象を使うとは考えなかった。しかし異能力者という警察だけでなく、政府にとっても格好の迫害・摘発材料を突くとは和真にとっても盲点だった。


醜悪な私欲と表社会への歪んだ憎悪にまみれた『元々の聖龍』。本来の彼らは異能力者の存在すら知らないが故、異能力者の名を出す事はしなかっただろうが、異能力者を忌み嫌う『宇都宮一族』の考えならば、異能力の件を持ち出す事が大いにあり得る。


「元々聖龍は警察が、数年前からマークしてたグループの筈。警察は異能力者を排除出来るなら、裏取り引きをも平然と行ってる、グループの味方をするのか?」

「……」


和真の言葉を聞いた警官は俯いて黙り込んでしまう。目の前の警官が宇都宮一族の息の掛かっていない人間ならば何とかなるが、もし掛かってしまっていたら和真だけでなく、両脇にいる砂織や京香の身柄にも危険が及ぶ。


「聖龍が周辺近隣市民にとって、危険なのは十分理解しています。過去に行われた聖龍の犯罪行為は、決して見逃せるものではありません。ですが市民の生活に危害が及ぶのならば、市民にとって最大の脅威となる、異能力者の排除が最優先です」

「それが犯罪者を見逃す事になっても?」


幸いこの警官は宇都宮の息は掛かっていないらしい。ただ会話していると、良くも悪くも職務に忠実な人間のようだ。異能力者への迫害は世界規模に及んでいる。


「……しかし。異能力者摘発の捜査に協力して頂けるならば、こちらも聖龍に対する積極的な捜査と介入・摘発は惜しみません」

「わかった」


警官の言葉を機に、和真は机の上に一枚の名刺を差し出す。出来る事ならば出したくなかったが、この名刺は和真にとって最後の切り札だった。自分の家族の権力で警察に捜査協力だけでなく、取り引きをもする事になるとは。


「あ…。貴方は一体……」


警官は目を見開き、和真と名刺を交互に見ながら、口をパクパクと開けたまま固まっている。


「祖父の会社法務部の弁護士。欧州の大学院卒で腕の方は国内弁護士会お墨付き」


名刺に書かれている人物は、祖父の会社直属の弁護士の一人。子会社や国内支部観察の名目で、国内に滞在している祖父直属弁護士数人の内、今回の事件が財界にバックが広い、宇都宮一族を相手にするに当たり、財界や裏社会の問題に強い者を指名した。名刺の弁護士は財界との人脈も広く、和真とも幼少から面識があり信頼出来る。何より和真が異能力者である事も知っている、数少ない理解者の一人だ。


「警察の異能力者捕縛・摘発に可能な限り協力する。その代わりこの弁護士を通して、聖龍の団員関係者全員と彼らのバックに付いている、宇都宮一族当主に取り次げ。事と場合によっては聖龍と宇都宮一族に対し、法的手段も辞さない」


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