第53話 泪side



―同時刻・神在総合病院一般病棟308号室。


瑠奈と泪は正門前で勇羅達と別れた後、バスを乗り継いで神在総合病院を訪れる。今日は病院へ何をしにと言えば、泪と同時に負傷し現在も検査で入院中の、四堂鋼太朗の見舞いである。本当なら瑠奈の隣にいる、負傷した泪も病院で、精密検査を受けなければならない筈だ。前に勇羅からも聞いたが、泪は病院へ行く事を酷く拒否するらしく、泪の病院での診察拒否を和真も大体了承しているのか、泪は自宅療養に切り替えている。その自宅治療の為に、泪の頬や腕やらには絆創膏が今だ貼られている。


一階ロビーで面会手続きを済ませ、鋼太朗が入院している病室へ入ると、頬に湿布を張り何ヵ所か手足に包帯を巻いた鋼太朗が、携帯を弄りながら病室のベッドで寛いでいた。


「なんだ。怪我した割には元気じゃん」


泪と共に病室に入って来た、瑠奈の場違いな呑気な声に対し、鋼太朗は一気にこめかみを引き吊らせながら、普段から全く聞いたことがないような、酷く低い声を出し始める。


「あのなぁ~…。元はと言えばお前と勇羅が、無知無謀でバカたれな事、やらかすから泪も怪我したし、俺もこうなったんだろうが!? お前らはちったぁ自分らの所業反省しろ!!」


鋼太朗の怒りの形相に、瑠奈は顔を引き吊らせ少し半泣きになりながら、隣で立っている泪に助けを求める。


…―が。泪も鋼太朗の顔を見ながら、能面でうんうんと頷き、鋼太朗の意見に完全同意していたので、反論は絶望的だと判断した、瑠奈はそのままガクリと項垂れた。


「冴木の件はテレビで見た。まさかとは思ってたが…」

「ええ…」


冴木みなもの一件は、既に鋼太朗も知ったようだ。元々彼女は完全に、聖龍や宇都宮一族などと無関係とは言え、間接的に自分達が関わった事が原因で、犠牲者が出たものであり、俯いていたが何か思い出したようで、すぐ頭を上げ鋼太朗は口を開く。


「……あいつ。一ヶ月位前から、聖龍と繋がってたらしい」

「一ヶ月前から?」

「いつもの場所で聞いたんだけどさ、実は聖龍が宇都宮家と手を組んだのは一年位前。連中が警察にマークされてるのは、ネットでも周知されてるし、元々集まってるメンバーも、かなり年期の入ってる連中だった」


かなり前から聖龍と言うグループは存在しているのに、今も罰を受けずあのような集団がのうのうと健在しているのは、相当裏社会の交渉が手慣れているだろう。


「冴木さんが彼らと繋がっていたのはどんな理由で? いくらなんでも、裏社会とは程遠い完全な一般人の彼女が、警察にもマークされている団体と、関わりを持つ事自体おかしいです」

「…宇都宮夕妬が、冴木を手引きした可能性が高い。あいつが聖龍と関わり出してから、聖龍そのものが急激に変わり始めたって」


これまでの聖龍に関する情報と、鋼太朗の話を合わせると、みなもは宇都宮夕妬や聖龍から、用済みと判断された可能性が極めて高い。


「芙海さんは?」

「そっちは分からねぇ。ただ宇都宮夕妬が、その芙海って娘の姉貴の方に、相当執着してたから」

「…私はあんまり覚えてないんだけど、実は宇都宮と聖龍のメンバー。何か揉めてた」


宇都宮夕妬と一部のメンバーが互いに揉めていた。男達の自分を舐め回すような、視線が今も忘れられない。ただ夕妬が自分に近づこうとする男達を止めた時、一部のメンバーは夕妬に対して、あらかさまに嫌悪の言葉を出していた。宇都宮と言う絶大な権力を持つ夕妬でも、聖龍全体を完全には制しきれていないのだろう。


「……やっぱりな」

「やっぱり、って?」

「ここで説明してやりたいが、瑠奈には相当キツい話になる」


瑠奈は聞きたそうにしているが、鋼太朗の表情を見る限り、瑠奈の前で話すべき話題ではなさそうだ。丁度良いタイミングで京香が鋼太朗の病室へと入室してきた。


「四堂君、見舞いに来たよ。今、お兄ちゃんが病院で聴き込みしてるから」

「京香さん、丁度良い所に来てくれました。瑠奈を連れてロビーで待ってて欲しいんです。僕はもう少し四堂君と話してからそっちへ向かいます」

「何かあったの…?」


瑠奈と一緒にロビーで待っててくれの言葉に、京香は少しだけ首をかしげるが、泪と鋼太朗の眉間に皺を寄せた表情を見て、何かを察したのか京香は無言で頷いた。


「聞きたかったのにー」

「この場で話せないなら仕方ないよ。また後で二人に聞けば良いじゃない」


ぶーたれる瑠奈を、まぁまぁと京香が宥めながら、二人は鋼太朗の病室から引き上げて行く。二人の足音が病室から、遠ざかって行くのを確認すると、鋼太朗は泪の方を向き話を始める。


「あの後、聖龍の事でも検索や情報収集してたんだけどさ。あいつら十年位前から、裏で相当やらかしてる」


鋼太朗が裏通りの店で、聞いた情報を頭の中で整理しながら、一から順に泪へ話を始める。数十年前から、東皇寺学園を始めとする学園都市の周辺では、何人もの女生徒が失踪している。失踪した女生徒達は、捜索届けが出されている者を含めて、今も全員が行方不明のまま見つかっていないと言う。その失踪事件の黒幕こそ、数十年前から裏社会で活動している聖龍。


学園都市女生徒失踪事件は、聖龍が自分達の活動の為の、資金集めに行っている行為だった。聖龍に拉致され、失踪した女生徒がどうなっているのかは、鋼太朗自身にも分からなかった。


それは聖龍の行為が、あまりにも人としての道を踏み外しており、君は若いから知らない方がいいと言われ、実際に教えて貰えなかったと言う。それでも分かる範囲で教えて貰えたのは、聖龍は年若い娘だけを狙い、失踪した女生徒の動画をネット上で流すなど、悪辣な行為を現在も行い続けていると言う事。


聖龍が自分達の私欲の為だけに、無関係の他者を踏みにじる、壮絶な行為を行っている事に対し泪は絶句する。


「………酷い事を」

「…他の先生が話してるの聞いて知ったんだけどさ。冴木の奴、宝條学園生徒の個人情報や学園内の情報を、何度も聖龍の連中に流してたらしい。冴木の家族は、その娘が流した情報流出の件で、学園理事長から直々に、何度も呼び出し勧告を受けてたそうだ」


これで聖龍がみなもを排除したのも辻褄が合う。自分の家族が学園から何度も呼び出しを受け、既にみなも自身にも後がない状態。聖龍や宇都宮一族の情報を漏らさせない為に、四方から追い詰められたみなもを、夕妬や聖龍は直接排除したのが正しいだろう。


「奴らの悪行聞いてたら、宇都宮の方がマシに思えてくると思ったけど違う。宇都宮夕妬は聖龍すらも取り込む気だ」


聖龍を取り込むとの言葉に、泪は雪彦の話を思い出す。宇都宮夕妬は庶子ではあるが、表面上では正式な分家跡取りと認識されている。しかし夕妬の実の母親を陥れた、分家夫人が本家の一族である以上、本家当主との関係も良いとは思えない。


「本家と分家の確執…」

「ただ。生まれて二十年も立ってないガキが、所詮チンピラ程度に留まってる組織を、思うままに利用出来ると思ってないけどな。宇都宮本家と一族は、宇都宮夕妬が考えてる以上に……」


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