第52話 勇羅side



―午後四時・学園駅前


「あ、あの…。あなた方は宝條学園の生徒さんですね。少し…お話がありますので、宜しいでしょうか」

「?」


宇都宮夕妬と東皇寺学園の情報を更に詳しく聞き、自分達が現時点で持っている情報と纏める為、現状の学園に反感を持っている逢前響とコンタクトを取り、改めて今後に付いて話し合う事にした。東皇寺へ行くのは勇羅と同伴を申し出た麗二。そして同じく同行者の雪彦と共に到着した学園駅前で、携帯のメールを響へ送信し連絡を取れば、すぐに駅前へ向かうと返信が来たので、彼を待っていること数分。響を待っている三人の前に、一人の女子学生が勇羅達に声を掛けて来た。


「…誰だ?」


女子生徒は東皇寺学園の制服を着ていた為、前回東皇寺の友江芙海とトラブルに遭った麗二の方は、警戒を全く解いていない。勇羅もまた彩佳や二羽などの見知った相手ではない為、警戒を露にしていた。鎖骨のあたりまで真っ直ぐ伸びた、墨を被ったような艶のある黒髪と乳白色の肌が印象的だが、彼女の表情には機械見たいな無機質さを感じる。黒目勝ちの瞳には蝋燭の火を思わせる鈍い光を放ち、背筋を正して立つ女子生徒の無機質な美しさの中には、何処か陰鬱な雰囲気をも放っていた。


「…先輩。あなたは東皇寺学園の生徒さんですね。僕達他校の生徒に何か御用でも?」


普段女性に対し、距離なく気さくに接する雪彦ですら、目の前の女子生徒に対しほとんど警戒を解いていない。皮肉混じりの発言の前に、先輩と言った事から雪彦より年上は確定だ。


「…はい、はじめまして。私は、東皇寺学園生徒会副会長・友江継美と申します」


東皇寺関連の暗部と言える存在が、直接他校の生徒でもある勇羅達に介入してくるとは。東皇寺学園―いや。宇都宮夕妬は自分達の息のかかった生徒をも利用してまで、学園内の生徒達が起こした不祥事の揉み消しに、躍起になっているのは本当のようだ。


「私は東皇寺学園の生徒の皆を代表…いえ。東皇寺学園生徒会副会長として、率直に申しあげます。これ以上、私達の東皇寺学園に宝條学園の者は、二度と関わらないで下さい」


副会長の決して艶の良くないものの、桜色をした整った小さな唇から出た言葉は、勇羅達が思っていた通りの発言だった。東皇寺学園は自分達の一生徒が、起こした事件の揉み消しに必死になっている。最早目の前の彼女は東皇寺生徒会…―友江継美は宇都宮夕妬の刺客だ。


「貴方がた宝條学園の者達は私達生徒会が守る、皆の安全で平和な東皇寺学園を滅茶苦茶にしている。貴方達が…貴方のせいで……っ。宝條学園の生徒が居なければ、芙海は……芙海はあんな事にならなかった!!」


彼女は友江芙海が事件に巻き込まれたのは、宝條の自分達が関わったからだと思っているのか。継美の逆恨みとも取れる一方的な発言に対し、麗二の端正な顔が不服で歪む。


「何を馬鹿げた事を…。元はと言えば、あんたら東皇寺学園の生徒連中が先に、ウチの学校にちょっかい掛けて来たんだろう?」


継美の妹である芙海のちょっかいに巻き込まれた麗二の態度は、上級生を相手にしているとは、思っていない程刺々しい。それでも東皇寺に友人を傷つけられた怒りを、麗二は必死で抑え込んでいる。



「……それはあなた方宝條学園ぐるみによる出任せであり、全て宝條学園による生徒達の嘘を並べられ、私達は宝條学園の方々に陥れられたに決まっています!! 貴方達宝條学園の生徒は嘘つきです!! そんな出鱈目(でたらめ)な言いがかりは止めてください!! 貴方達宝條学園の人間は、私達の東皇寺学園を踏みにじっているだけです!! 宝條学園は私達東皇寺学園の敵です!!

私達は…私達は私達だけの、安定した穏やかな学園生活を送りたいだけなんです!!」



他校の生徒―下級生に、刺のある言葉を言われても、目の前の友江継美は、全く怯まない所か更に反論し、自分達―宝條学園の人間を、一方的に嘘つき呼ばわりされた麗二は顔を歪ませる。学園内の暗部を見せ付けられて尚、自分の通う学園を一心に盲信するとはおかしすぎる。彼女を初めとする東皇寺生徒会の人間は、あまりに狂信的かつ狂気的だと思った。


「友江副会長。そこ、通行の邪魔です」


継美の背後から、メールで待ち合わせをしていた逢前響の姿が見えた。


「ひ、響先輩」

「逢前君……」


同じ学園の副会長に対しても、淡々と言って退けた当たり、響は真っ向から東皇寺生徒会に反発の意思を決めているようだ。


「どうして…。その人達は私達東皇寺の」

「友江副会長が敵扱いしているのは、自分の妹に近付く人間全部でしょう。正直な話、副会長は東皇寺学園や他の生徒の事なんて、最初からどうでも良いんですよね。だから学園の生徒会が。あの宇都宮夕妬の息が掛かっている事を、副会長自身だけは他の生徒会役員に聞かされていなくても、妹さえ自分の側にいてさえくれれば、友江副会長には学園周りの事なんて欠片も関係ない」

「!?」


宇都宮夕妬と聞き、継美は過剰なまで目を見開いて、ビクリと肩を震えあがらせる。彼女の様子だと、宇都宮夕妬が生徒会を裏で牛耳っている事を全く知らなかったようだ。



「ど、ど、う、し……て…? な、な……ん、で……宇、都……宮、君…が……?」



夕妬の名前を聞き、継美はいきなり過呼吸を起こしたかのように、息を吸ったり吐いたりを、過剰なまでの呼吸を繰り返し、継美は更にガタガタと身体を震わせる。


「…元々妹さんがウチに乗り込んで来たの。隣の麗二の事もあるけど、その宇都宮夕妬も一枚咬んでたよ」

「宝條の子達の言う通りだ。今の東皇寺学園そのものが、宇都宮夕妬に支配されようとしている。先生達は現状ほぼ教員全員が宇都宮夕妬の言いなりだし、教頭も学園長も東皇寺が腐敗している現状に見て見ぬふり。世間体を気にするどころか、芯の芯まで宇都宮の息がかかった、市の委員会も当てにならない。今朝、友江芙海がどうなったか知ってる? 発狂して訳の分からない事叫んで皆の前で暴れて、救急車で病院へ搬送されたよ」


「う……うそ…? う、そ……嘘………。ふ、芙海は……芙、海は……」


継美はいまだ異常な呼吸を、繰り返しながら地面に座り込む。学園が宇都宮に支配されかけている事よりも、妹に裏切られた事の衝撃の方が大きいのだ。


「俺達はアカの他人だから、あなたの妹さんの事まで分からないよ。でも、妹さんがお姉さんに反発してるのって……あなたの家族に問題があるんじゃない」

「……」


勇羅の指摘に麗二の表情も微妙なものになる。隣の麗二の表情が変わったのに気付き、勇羅は口を閉じこれ以上何も話さなかった。勇羅自身もあまり聞かされていないが、麗二もまた複雑な家族環境の持ち主だ。家族から受け継いだと言っていた特異な能力…異能力の持ち主でもある麗二が、自分の家の事情を話したくないのは理解できる。



「あんた……友江芙海の立場になって、自分の事考えた事あるか」



麗二の問いに対し、今もその場で座り込み自分の肩を両腕で抱いて震えたままの継美は何も答えなかった。


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